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マイペースな自由人。話しかけると愛想の良さが目立つ男。第一印象はクール系だが、その本質は残念な印象。学習能力は第一印象を裏切らない、と。
教室に入る前に自分の設定を思い起こす。大丈夫、俺はできる。自分を励まし、教室に入る。珍しい人物の登場にクラスは一瞬静まりかえる。遠巻きな視線を感じながら、俺は近くにいたクラスメイトに話しかける。
「俺の席、どこ?」
「あっ……と、窓際の一番後ろです」
「ですって。俺ら同級生じゃん」
ありがと、と礼をして席に着く。甲斐はまだ来ていないようだ。あいつは皆の前では優等生を演じていた。他推で学級委員になっているくらいだから人望もあるのだろう。だからこそ、できるだけクラスメイトに囲まれていれば変な気は起こさない……筈だ。
考え事をしていると、おずおずと先程のクラスメイトが話しかけてくる。
「椎名くん、今日はなんで教室に? や、来ちゃダメとかじゃなくて……! 気を悪くしたらごめんだけど」
「ふはっ、んなことで怒ったりしないよ。俺、屋上がお気に入りだったんだけどね? 最近すげぇ寒いじゃん。まだいけるって粘ってたけど流石に風邪引きそうだから授業受けよっかなって」
「自由か!」
「おいおい、褒めるなよ。照れる」
へらっと笑うと「褒めてないからぁ!」とツッコミ。聞き耳を立てていたらしいクラスメイトも、想像していた人物像と違ったのかわらわらと近寄ってくる。
「ちょ、なんだよー。俺が椎名くんと話してんの! 俺の番! 分かる?!」
「うるさいわよ谷口。アンタだけじゃなくて皆椎名くんと話してみたいの! どきなさいよ!」
「……谷口くんは人気者かぁ」
「今のやりとり見てたッ?」
言うなり噛みつく谷口くんにきょとんとする。気安いやり取りだから人気なんだなぁと思ったのだが……。違うのか。
「んん~? 椎名くん、思ってた感じと全然違うなぁ。ちなみに今までの対応が塩っぽかったのにも理由があったり?」
「塩~? 覚えがないけど……んー。俺寝起き悪いからまだ覚醒してなかったのかも。それって朝が多かったんじゃない?」
朝話しかけられるなり屋上に逃げてたから、十中八九あってるだろう。本当のところは構われるのが煩わしくて殻にこもっていただけなのだが、それを打ち明ける訳にもいかない。
「言われてみれば」
ハッとする谷口くんに「でしょー?」と頷く。
「……さっきから薄々気付いてたけど、椎名くん案外自由人だね?」
気付いてしまったと言わんばかりの厳かな声に、へらっと笑みを見せる。
「入学早々屋上でひなたぼっこばっかりしてる奴が自由人じゃない訳ないじゃん?」
「確かに!」
「でも、椎名くん。ずっと来てなかったから授業追いつけなくて大変じゃない? 私でよければ教えるけど」
「あっ俺も俺もー!」
「うるさい谷口!」
控えめな提案に頬を緩める。
「じゃあ教わろっかなぁ。いいの?」
「勿論。私、近藤文香よ。よろしくね、椎名くん」
「あ! 俺、谷口まさき! よろしく!」
「えと。椎名由、趣味はひなたぼっこ。よろしくー」
差し出される手を握ろうとしたその時、甲斐の姿が目に入る。
「あれ。甲斐、今日は教室の日なんだ」
そういえば初めこそたまに屋上に姿を見せるだけだった甲斐は、終盤にもなるとほとんど屋上に通い詰めだった……気がする。ただ、今の周囲の反応を見るに、どうやら奴はほどほどに授業には出ていたようである。
俺の姿を見た甲斐は、にこりと笑い答える。
「うん。椎名くんを教室に誘ってたんだけど、その必要もなくなったみたいだからね」
「あ、それで最近いなかったの」
納得の様子を見せるクラスメイトを尻目に、甲斐は俺に近寄ってくる。びくりと肩が震えた。
「? 椎名くん?」
俺の様子に谷口くんが首を傾げる。無邪気を偽り谷口くんの背に隠れる俺に、甲斐はすっと目を細めた。
「俺、甲斐苦手……」
「えっ、あの人当たりのいい甲斐が苦手?! まぁだ俺を苦手っていう方が分かるよ!? あ、でも傷つくから言わないでね」
言わないけど、と断り理由を話す。
「だって甲斐、昼寝の邪魔ばっかするし……。日向の良いとこ取ってくるし……」
「うーん! 椎名くんっぽい理由で大変結構です!」
ふふ、と笑いながら俺っぽいとはなんだろうと考える。少なくとも谷口くんの指す内容と違うのは確かだ。
「全く、酷いなぁ。あんなに通ったのに。仲良くしようよ」
邪気のない顔で困ったように笑う甲斐。これじゃあ優等生に苦手意識を持つ劣等生の図だ。仲良くしたいと公言した分、甲斐の思惑の方が有利に働く可能性もある。
「やだよ。寄るな」
ここで曖昧な反応をして周囲に協力されたら堪ったものではない。できるだけ嫌そうな顔をし、そっぽを向く。
「えーっと。甲斐、ドンマイ」
ハラハラと周囲で見守っていたクラスメイトが息を吐く。甲斐は肩に置かれた手に項垂れる。一先ずこれで最悪の展開は避けられた筈だ。小賢しい。ころりと表情に笑みをのせながら内心で舌打ちをする。
手は無意識に首を擦っていた。
***
椎名由としてクラスに馴染んで二週間。雪も降っている今日、世間はすっかりホワイトクリスマスを謳歌しているようである。ビードロもクリスマス用の装飾がされ、いつもより華やかだ。
「あら赤。いらっしゃい」
「赤だー! おかえり!」
「……ただいま」
入るなりまとわりついてきた桃に挨拶を返す。店の奥へと歩を進めると、青が一角を陣取っていた。
「赤。おかえり」
「……た、だいま」
落ち着いた物言いになんとなく気恥ずかしくなり、返事が不格好になる。
「ん? 赤、照れてるー! なんで? なんで? 僕たちの時は平気そうだったのに」
桃に指摘され、顔が赤くなるのを感じる。できたらスルーして欲しかった。青は首を傾げふむと頷くと、ぱっと表情を明るくする。
「赤ーッ! おっかえりー!」
「ただいま?」
幾分かテンションの高い二度目の挨拶を不可解に思いながらも返事する。
「なるほどな」
「……何に納得したんだよ」
「赤、大人っぽいのに弱いだろ」
唐突な指摘に顔を顰める。
「頭でも打ったか」
「でも、青の指摘も外れてない気がするなぁ」
「ッスね。赤、渋川さんに弱いし」
「……そ! れは、」
否定しようと口を開くも、言葉を探しあぐねて黙り込む。ほらぁとなぜかどや顔で桃は頷く。
「赤は面倒見のいい大人に弱い、と。やー、大発見だね!」
「ってなると、青が外れたネジをはめ直せばいいってことッスね! ファイト!」
「おう。ちょっと落としたネジ拾ってくるわ」
「……ちげぇし」
往生際悪く否定をする俺に、青はハイハイと笑う。余裕のある表情がずるい。軽く拗ねていると、青は頭をくしゃりと撫でてくる。徐々に口元の解ける俺に、桃と緑がひそひそと会話する。
「これぞ青の本領発揮ッスね……」
「うん、このところテンションおかしかったからねー」
「今すごいはしゃぐの我慢してる。あとちょっとで叫びそう」
何と戦ってるんだ。
すぅ、と長く息を吐き何かに打ち勝った青は、「そうだ」と話を切り出す。
「今からColoredでクリスマスパーティーをします」
「……おう」
決定事項のところが青らしい。
半ば呆れながらも頷くと、青は白い箱を持ってくる。
「ケーキを作ってきたから、渋川さんに頼んだ料理食い終わったらこれ食おう」
「えっ、青、料理なんてできたの!?」
「できたできた」
軽く肯定する青は、既に料理の並んだテーブルを前に着席している。早く、と急かされ全員着席する。クリスマスパーティーなんて、いつぶりだろうか。思いだしかけ、首を振る。考えても仕方ない。今はそれよりも目の前の料理に集中しよう。渋川さんの料理を前に呆けるなんて勿体ない。
「じゃ、食おうか!」
手元の紙コップを持つ。
「乾杯!」
青のコールで始まったクリスマスパーティーだが、暫くは黙々と食べる時間が続いた。料理もなくなった頃、青は白い箱を開け始める。現れたのは黒い何か。
「わ、わー。チョコレートケーキ?」
「いや、ショートケーキだ」
「全く白くないけど!?」
「生クリームも焼いたからな!」
生クリームを焼く……?
あれは熱を入れても炭になるような代物ではないと思うが。もしかして、ケーキに塗った状態で焼いたのだろうか。炭化したケーキ(?)を見るに、その説が濃厚そうだと考える。というか、そもそもなんで生クリームを焼こうと思ったのか。
緑も同じ事を思ったらしく、青に尋ねる。え? と青は瞬きし、呆れたように顔を反らした。
「だって、生だろ。腹壊すじゃん」
「はー。バカッスね!」
「もう、緑! オブ……シート? オブシートに包んであげて!」
オブラートか?
ぷんぷんと自ら音を付ける桃は楽しげだ。やいのやいのとケーキについて話す三人を尻目に、俺はケーキを切り分けた。
「赤ッ? 食べるの!? 炭だよ!?」
「止めた方がいいッスよ!」
「美味いと思うけどなぁ」
「青は黙ってて!」
再び言い争いを始めた三人を放ったまま、ぱくりと一口。
「ちょっと! 赤食べちゃったじゃん!」
「美味いか?」
「なんでまだおいしいって信じてるの!? 炭じゃん! レシピ見た!??」
「見るかよ。生クリーム生なんだぞ? そんなもの赤に食わせられるか」
「こっちの方が食べさせちゃダメって思えなかったの!??」
ぱく、ともう一口食べると桃は顔を真っ青にし駆け寄ってくる。
「だだだ大丈夫なの、それ!?」
「……青」
短く青を呼び、ケーキを掬う。ざりっと石を削るような音がしたがそこはスルーだ。
「ほら。あーん」
「!? あ、あー」
ぱく、と食べた青は、渋面で俯く。
「……もしかして、生クリーム焼かなくてもいい?」
「だから言ってんじゃん!」
「バカッスね」
唖然とする青に苦笑しつつ、ケーキを完食する。
「ごちそうさまでした」
「青~~ッ!! どうすんの、赤が体壊したら!」
「ま、まずかっただろ!? 今からでも吐くか?!」
まずいと分かった途端、青も慌てて止めはじめる。いい、と言うと心配の色を濃くした。
「折角お前が作ってくれた奴だから、いい。美味いよ。ごちそうさま」
来年に期待だな。
苦笑すると、青はぱっと表情を明るくする。
「来年っ? 来年って今言ったか?!」
「あー、あぁ。青が嫌でなければ」
遠慮がちに言うと、青は俺の手をとり大きく頷く。
「やるッ! クリスマスもッ、誕生日も作るからッ!」
張り切る青に、桃と緑の二人は渋い顔をする。
「……来年はちゃんとレシピ見てくださいね」
「消し炭はちょっと……ねぇ」
うんうんとしきりに頷く青に少し不安になる。ほんとに分かってるのだろうか。眉を垂らしていると、「そうだ」と桃が何かを取り出す。
「これ。クリスマスプレゼント!」
手ぇ出して。
言われるままに手を出すと、赤いストーンピアスと赤いビーズのブレスレットを乗せられる。
「ブレスレットは僕と緑の合作だよ。ピアスは流石に買ったけど!」
「皆お揃いなんスよ」
見れば青には俺の青バージョンというように、各々の色のあしらわれたものが宛てられている。
「Coloredのトレードマークになればなと思って」
「あ、でも赤はピアスホール開いてないッスよね。しまった」
「開ける」
被せるように言ってしまって、少し恥ずかしい。
「開けるから、」
視線を逸らし、お願いする。
「……穴、開けてくれないか」
***
帰り道、何度も耳に触れピアスを確認する。ひやりとした石の感触は、どこか心を落ち着けた。
ふと、家の前に誰か立っているのが見える。こんな時間に誰だろう。
溜息を落とし、スイッチを切り替える。対ご近所さん用のにこやかな笑顔で、俺は人影に話しかける。
「こんばんは。我が家に何かご用ですか?」
びくり、肩を揺らした人影は、怯えたようにゆっくりと振り返る。声が、漏れた。
「円……」
「ゆか、り」
久しぶり。
ぎこちない挨拶をする円に、「あぁ」と応える。なんでここに? もし、母さんと鉢合わせたら。
最悪の予感に冷や汗をかく。
「家、入ってもいいか」
緊張した面持ちで尋ねる円。
「ダメだ」
考えるより早くはねつける。なんとしても止めなければ。円の出方を窺うようにじっと見つめる。円は一瞬表情を強張らせた後、諦めたように薄い笑みを浮かべた。
「……そう、だよな」
「……、ごめん」
「いや。俺は桜楠、だから」
噛み合わない会話に違和感を覚える。円は、何を考えている?
昔なら手に取るように読めた思考が、まるで分からない。それなのに、円の心が急速に離れていく事だけは分かる。分かってしまう。
「にぃ、」
「悪い、帰る」
遮るように言った円は、俺にあっさりと背を向ける。ずっと焦がれていた背中は、拒絶しているように見えた。
「あぁ、そうだ。……メリークリスマス、由」
「……メリー、クリスマス」
呆然と返事をする。どれくらいの時間が経っただろう。頭は雪にまみれており、肌寒い。
「……入らなきゃ」
ぼんやりとポストに積もった雪を払い、中の郵便物を取り出す。封筒に書かれた名を見た瞬間、封を破き中を見る。
差出人は、椎名円。
中にはメモが一枚と、写真が数枚あった。
『由へ。俺の学校生活の写真を同封しました。メリークリスマス』
写真の円は、どれも無表情で。未だに表情を失ったままなのだと気付く。だが、心配する気持ちは沸かなかった。無表情ながらに円が今を楽しんでいると伝わったから。
「……よかった」
よかった。そう言う一方で、モヤッとするのを感じる。
「……なんで」
――今俺、何を思った?
咄嗟に口を押さえる。
口を押さえても、どろどろとした感情は走り出す。
なんで。なんでこんなに楽しそうなんだ。俺は、俺のことはどうでもいいのか。一人で幸せになりやがって……ッ!!
全てを忘れさせたのは自分のくせに。
忘れてくれてよかったと思う一方でこんな身勝手を考える。
「にいちゃん」
押さえたままの口から、言葉が漏れる。
「好きだよ。幸せになって。ごめん、にいちゃん、ごめん……ッ。だいすきなのに、」
膝から力が抜け、しゃがみ込む。地面を引っ掻くと、指の間に雪が埋まった。
「円なんて、嫌いだ」
相反する気持ちを吐露する。ずきん、呼応するように頭が痛んだ。
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