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 き、気まずい。バレないように隣を伺うと、いつもより表情の読めない牧田がいる。 「椎名、そっちの教室よろしくねィ。俺はあっちの影を確認すっから」 「お、おう」  牧田の指さす教室が施錠されていることを確認し、念のため人気がないか目視する。風紀委員お決まり、放課後の見回りだ。今日の元々の担当は牧田と木下の筈だったのだが……まさか、こんなに露骨に仕組まれるとは思わなかった。  今頃執務室で鼻歌を口ずさみつつ書類仕事をしているであろう青のことを思い、溜息を吐く。そりゃ、牧田と微妙な空気が漂っているのは何とかしなくちゃと思っていた。思ってはいたが、「何とか」のセッティングが急すぎるし雑すぎる。元々の担当を入れ替えて二人にするとか、さっさと仲直りしろ以外にどう捉えろというのだろう。  表情の読めない牧田も十中八九青の意図には気づいている。ありがたい筈の気遣いにこんなにも追い詰められているのはどうしてだ。  南校舎の見回りを終え、北校舎に行く。F組が幅を効かせる北校舎は、先日のF組風紀参入騒動以来大分見回りやすくなった。これまでは北校舎にいけば何かしらの諍いが起きていた。喧嘩という程ではないいがみ合いも、刺々しい雰囲気を作り出すには十分だ。それがどうだろう。若干のガラの悪さに目をつぶれば、取り締まり件数は他の校舎より低いくらいだ。そりゃまぁ、風紀の実働部隊のくせに取り締まられていては目も当てられないと言えばそうなのだが。 「あっ、牧田さん、椎名副、チワッス!」 「えっ、フック来てんの?!」 「っわーす!」  形が崩れた挨拶に片手を上げる。牧田は慣れた様子で視線を送る。というかフックって何だ。某片手の船長か。呆れつつ利用申請の出ていない教室を重点的に見て回る。悪いこと、というのは得てして隠れて行われるもので、特に利用申請の出ていない教室ではそれが行われやすい。とはいえただのミスということもあるため、申請なしの利用は口頭注意。申請があってもなくても、中で悪いことをしていれば捕縛の上風紀室行き、ということになっている。  今日の確認箇所も残すは旧体育館のみになったが、幸いにも捕縛者は出ていない。このまま何もなければいいが――と考えたのがフラグだったのか。旧体育館から声が聞こえた。 「落ち着け、やめろって! やめっ」  切羽詰まった悲鳴に廊下を蹴る。今日の旧体育館の申請は、ない。  俺を庇うようにか素早く前に出た牧田が扉を開ける。牧田の背で前が見えない。俺が風紀だと声を張るより早く、牧田が駆け出し――跳び蹴りした。 「ややこしい真似してんじゃねぇ!!」 「ほげぇ!」  ガチャンと何かの崩れる音がする。 「ああああああああ!!!」 「牧田さんッ、何してんスか牧田さん!」 「てっめ~らが何してんのって話だよねィ。利用許可とか色々言いたいことはあるけどホント、てめーら何してる訳ィ?」  あ?と言いつつ牧田が誰かを足でにじる。その周りにはジェンガ。……ジェンガ。は?  散らばっているジェンガと悔し涙さえ浮かべるガラの悪い三人組に事の顛末を察する。つまりこうか。俺たちが強姦の現場だと思ったのは野郎どもがジェンガに勤しんでいた遊技場だったと。 「だってコイツがタワーの下のやつを無理矢理引き抜こうとするから……」 「こんくらいの高さまでやるつもりだったンすよ、本当は」  言いつつ手をかざしたのは自分の頭ほどの高さ。 「大丈夫、倒れなくてもそんな高さまで行きっこないからねィ」  牧田は三人組をにらみつけると、「ほら早く片付けて出て行きなァ?」と顎で使う。 「んで、とっとと出てきな。お前ら、ここ出禁にすっから」 「ええええ! ここ俺らの遊び場っすよ! オウボーだ!」 「あ? 楯突くのか」 「サーセン!」  大人しく謝る彼らに牧田が鼻を鳴らす。牧田の気持ちは分からなくもないが、流石にちょっと良くない。なぁ、と声をかけると三人組は胡乱な目つきで振り返る。見た目の厳つさとジェンガの小ささがどこかアンバランスで面白い。 「どうして旧体育館でジェンガなんだ?」 「……え、理由によっては殴られるやつ?」 「いや、そういうバイオレンスな質問ではなくてだな。ここでないとだめな理由があるならそれで同好会の申請が出来るんじゃないかと思って。同好会、確か三人から許可下りるだろ」  表情が明るくなるや否や、勢いよく手を取られる。 「フック!!」 「誰がフックだ」 ***  意気揚々と同好会の申請を出しに行った三人を見届け、壁にもたれ掛かる。 「まァた誑し込んで」 「誑し込むも何も、牧田が勝手に鞭をやったから結果的に飴になったってだけだろ」  ジェンガでドミノ倒しやったりもするから、という理由で旧体育館を使った同好会の設立許可が下りるかは微妙なところだが、やってみる価値はあるだろう。何より許可なしであんな悲鳴上げられるとややこしいし。  溜息を吐き、体育館の倉庫を見る。ここは、宮野が被害にあった場所でもある。だからこそ焦ってしまった。また同じような事件が起こるのではないかと思った。  中学の頃、甲斐から受けた暴行は今も胸の奥に刻まれている。誰かの傷つく姿を見るたび、自分の傷をほじくり返している。  だからこそ、何もなかったことに安心した。ふと、宮野の言葉を思い出す。  ――だって牧田、さんは先輩のためF組に暴力行為を禁じたんですよね? 人のために動けるって、すごく愛じゃないですか!  あれは文化祭前のことだったか。あの時は牧田に好かれているという驚きでいっぱいいっぱいだったが、今になって気づくことがある。  俺は牧田に救われていた。  牧田の行動が、誰かの被害を減らしていて、結果俺のことも守っていた。  牧田の方を伺うと、呆れたような眼差しが向けられる。言いたいことは色々とあるだろうに。思えば、自然と口を開いていた。 「牧田、ごめん」  唐突な言葉だったが、青によってセットされた場ということもあってか、意味は牧田に通じたようだった。 「告白イベントの時、牧田の言うとおり俺は青が好きだった」 「……うん。知ってたよ」  牧田の相槌に励まされ、なんとか言葉を紡いでいく。 「でも、俺は椎名の跡取りだから、夏目の跡取りの青とは一緒になっちゃいけないと思ったんだ。……でないと、俺が青の邪魔になる。一緒になんていれっこない」  ずっと一緒にいたかった。甲斐に馬鹿だと笑われたけど、それでも俺は一生一緒にいたかった。学生の間だけの夢を見るという選択肢もあったと思う。それでも、全部をくれないなら1ミリだって欲しくないと思ってしまうほどに 「俺、青がどうしようもなく欲しかったんだ」  牧田が息を呑む。交わった視線は切なく絡んでは溶けていく。 「これが青を振った理由。……俺が青と付き合うことにした理由」  苦笑いをこぼすも、牧田は同じ調子で相槌を打つ。 「うん、……知ってたよ」 「……そっか」  付き合うことに、謝罪をするつもりはなかった。謝罪は牧田への侮辱になる。 「牧田には全部お見通しだな」  無理矢理笑って、前を向く。牧田の目が一瞬潤み、伏せられる。 「よかったねィ」 「……ああ」  暫くの沈黙が続いた。ふと、牧田が明るい声を出す。 「じゃ、帰って夏目に報告しようかねィ。きっと待ってる」 「そうだな」  見回りの報告か、仲直りの報告か。はっきりと口にしない優しさに甘えつつ、旧体育館の施錠をする。外に出ると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。 「ああ、そういや椎名と夏目には非公式親衛隊があるから付き合った報告がいるねィ。もうした?」 「はッ??!」 「いや、報告」 「じゃなくて!!」  青に非公式親衛隊なんて聞いてないんだが。

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