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第1話
優しいキスは好きだ。
唇を合わせた時の柔らかな感触。
所謂バードキスは、ほんの少し相手の一部に触れるだけだけど、優しく啄ばまれると大切にされているんだなと実感できて、心があったかくなって幸せな気分になれる。
だけど、激しいキスも好きだ。
唇を重ねた途端、唇を割って口腔に強引に侵入されて、舌を絡め取られる。
慣れてないせいで、あまりの激しさに息をするタイミングがわからなくなる時もあるけれど、頭の芯が痺れるようなキスは、求められていると実感できて、嬉しい。
33年生きてきたのに恋愛経験皆無だった市道 紀也 に、色々と恋愛のいろはを教えてくれたのは、彼だ。
「先生、キスしたいから目ぇ閉じて?」
「え?あ、ああ。うん。ちょっと待って…ーーーんっ……っん」
優しく押し当てられた唇。触れ合うだけかと思ったのに、唇を舌先で突っかかれ、紀也は教えられた通りに薄く唇を開く。
ゆっくりと、紀也を驚かせないように侵入してきたそれに歯列を舐められる。
一本一本丁寧に舐め上げられ、上顎をそっと舐められ、さらに舌と舌を絡め合わせられると唾液が溢れてくる。
それをどうすることもできないでいると、「飲んで」と促されるように喉元を撫でられ、こくんっと嚥下する。
「よくできたね、上手かったよ」とでも、言いたいのだろう。
彼は18とは思えないほど背が高く、それに見合う大きな手をしている。その手で引き寄せられた頭を、唇を触れ合わせながら優しく撫でられ、紀也は心が踊るのを実感した。
彼ーーー川崎 裕太は紀也の教え子だ。
彼が美南高校の二年生の時に担任を受け持っていたが、彼が進級し三年生になった時には違うクラスを任されたから、今では別の人が川崎の担任だ。
だけど、川崎と紀也は毎日顔を合わせている。
大概は放課後、川崎が「ここに来て」と場所を指定するメールを送ってくる。
彼とは所謂恋人というやつだ。
付き合うようになったきっかけは、川崎からの熱烈なアプローチがあったからだ。
客観的に、冷静に自分自身をみても、メガネをかけた一回り以上も年上の自分は、地味だし、十代の川崎から見てとてもじゃないが魅力的に見えるような要素はないはずなのだが……彼は僕を好きだと言う。
『先生の声を聞いてると落ち着くし、一緒にいると心地いい。なんかさ、ずっと見つめていたくなるんだよね。たまにしかみせてくんないけど先生の笑顔、めちゃくちゃ可愛いし。見てると幸せになんの。だから、独り占めにしたいんだけど、ダメ?』
年齢より何処と無く落ち着いているように感じることもあるが、年相応に明るく、女にも男にもモテる、所謂クラスの人気者。
視野が広く、面倒見がよく、クラスにいなくてはならない存在として、彼のことを認知していた。
そんな川崎は周囲にいる同年代の可愛い女の子じゃなく、紀也を好きだと半年以上いい続け、これは本気にしてもいいのかなーーーと、恋愛に臆病だった紀也の心を陥落させた。
付き合ってから、三ヶ月以上が経過しても、彼の熱が冷める気配は一度もなかったから安心したいられた。
でも、今日は彼と会うのが怖かった。
『悪いんだけど、時間作れる?』
今はいつものように放課後じゃない。
普通の生徒は今、授業を受けているだろう時間であり、彼は所謂サボりをしてしまっているわけだ。
呼び出されたのは屋上へ続く階段。滅多に人が来ない場所だ。
教師であるならそれを咎めるべき立場のはずだが、紀也にはそれができない。
本格的に受験へ向けて勉強を始めた川崎と会える時間はだんだん少なくなっていて、少しでも長く触れ合っていたいと思ってしまうからだ。
本当に、教師としては最悪だと思う。
けど、この甘い誘惑には勝てない。
特に、『これで最後にしよう?』と言われてしまうかもしれないのなら、なおさら最後に少しでも多く彼と一緒に時を過ごしたかった。
呼び出した理由は、『言いたいこと』は多分、別れ話だろう。
覚悟は……できていないけれど、彼を縛り付けていい権利を紀也は持っていないのだから仕方がない。彼の人生を台無しにしたくはない。
会って早々キスをしたのは、紀也に少しは未練があるから、かもしれない。
「川崎……その、話があるんだろ?」
銀糸を引きながら、離れた唇。それを名残惜しく思いながらも紀也は話を切り出した。
別れるなら未練など残さないように、きっぱりと振ってほしい。
たぶん、かなり凹むし当分立ち直れない自信があるけど……時間が解決してくれるだろう。だから、早く言ってくれーーー。
そう思いつつ、先を促す。
ほんの少し高い位置にある川崎の目を見つめると、「うっ……」と言葉を詰まらせたのが分かった。
まぁ、それはそうだろう。言いにくいのはわかる。自分から付き合ってくれって熱烈にアプローチをしたのは君なんだし。
でも、言ってくれないと困る。紀也から別れを告げるのは、絶対に無理だから。
「あー、無理だ……無理無理無理……あーもう!!マジで勘弁してくれよ!!そういう無防備な感じ!マジで不安しかない!!!」
突然、大声をあげた川崎に紀也はギョッとした。本当に、突然なんなのだろう。
「は?あ、あの川崎……無理って?言いにくいのは分かるんだけど、ちゃんと言ってくれないと、僕も困る……」
だよね、そうだよねーーーと、なにやら苦悶の表情を浮かべて、川崎は頭をガリガリと掻いている。だが別れを切り出される……感じにはとてもじゃないが見えない。
何やらブツブツ言っている川崎もきになるが、紀也も静かに混乱し始めていた。
唐突に、川崎に肩を掴まれ、ぐいっと顔を近づけられた瞬間には、いよいよかと思ったがーーーそれもなんだか違う気がした。
川崎の様子がいつもと違うのは分かるが……理由はわからない。いつになく血走った川崎の目がほんの少し怖い。
「ねぇ、あのさ。ちょっと確認なんだけど、先生さぁ、お菓子とか持って……ないよね?」
「は?お菓子?いや、悪いけど持ってないよ。おなか、空いてたのか?」
「本当に?!嘘ついてないよな?!!ってか、なんで持ってないの?!!」
「いや、あんまり甘いもの好きじゃないから、持ってないよ……」
もしかして疲れてるから甘いものが欲しかったとか?だからって唐突に、それも授業をサボってまで呼び出すだろうか?ーーーもはや疑問しか湧かない。
首を傾げ、うーんと頭をひねってみるがやはりわからない。
助けを求めるようにちらりと川崎を見やれば、なぜか睨まれた。
「だーかーら!!先生はなんでいっつもそんななの?!その調子じゃあ、今日がなんの日かも分かってないんだろ?!!これだもんなぁ〜もう!危機感が足りない!ーーーってか、だったらいいよね?!!」
「えっと?……え?なにが?」
もはや、川崎の言っている言葉の半分もわからずに紀也は目を白黒させた。
モテるのは、君だろーーー?
そう突っ込みたいのに、ぎゅっと抱きしめられ言葉を失った。
(あれ……別れ話は?)
どこにいったのだろう。そもそも呼び出された理由って本当に別れ話だったのか、自信がなくなってくる。
「あの……川崎?」
「ごめん、先生……学校では嫌だって知ってんだけどさ、我慢できない……お菓子ないんなら、イタズラ、させて?一回でいいから、ここで、抱かせて?」
「え?……え?はぁ?!なんでそうなった?がっ、学校ではヤらないって約束だろ?!」
「いやごめん、受験終わるまで、なるべく禁欲するとか自分で言った手前申し訳ないけどマジでもう限界だし無理なんで、今日だけここで!!やらせて!!お願いします!!!」
いいともダメだとも言ってない。いや、ダメだと言わせる気がないのだろう。
問答無用で身体をひっくり返されたと思いきや、壁に押さえつけられ、紀也は川崎の手によりベルトを外され下着をスラックスごと降ろされていたーーーー。
「んんっ……あっ、あ……んくぅう」
声が出てしまわぬように、紀也は壁にすがりつきながら、己の手の甲に唇を押し付けて極力声を殺した。それでも、シャツの上から乳首を揉まれたり摘まれたりすれば変な声が出てしまうし、むき出しにされた尻の狭間に唾液で濡らした指を入れられれば恥ずかしくて死にそうになる。
誰に見られるかもわからない学校でという状況が、紀也を怖がらせ、そして興奮させていた。
生徒に……川崎に指を入れられて、紀也は感じてるーーー。
「あー……もう、なんでこんなエロいんだよ…まだ指しか入ってないのに、こんな必死に食い締めちゃってさぁ………。腰揺れてるし……もう、マジでエロい」
二本咥えさせられていた指がもう一本増やされて、再び媚肉を掻き分けられる。
川崎しか触れたことのないそこは、彼に触れられるのを喜ぶように、挿入された途端きゅうきゅうと嬉しそうに締め付けてしまう。
条件反射、というやつだ。
これが川崎以外の人間からされたらたぶん吐き気しかしない。
「先生のここ、すっかり俺のこと好きになったね。……もう始めの頃みたく痛いって言わないし」
「そういう事……言うなっ……、大人をからかうもんじゃないっ」
「いいじゃん。俺は他の奴が知らない先生を知ってんだなぁって、優越感に浸りたい気分なの。先生も男なら分かるでしょ?」
「わか……ん、ない」
それは残念ーーと、ちっとも残念そうじゃない声で囁かれながら、前に回った川崎の手に屹立を掴まれる。
既に腹につくほど反り返ったそ紀也のそれは先走りを垂らしていて、砲身をしっとりと濡らしていた。
己の指に絡みつくそれが嬉しいのか、『先生も、感じてんだね』と吐息で笑われる。くちゅくちゅとわざと音を立てて扱かれると、羞恥で顔だけでなく全身が真っ赤に染まってしまう。
「んんぅ、……はぁ、んっ」
「このままイッちゃったら、床汚れるよなぁ……。流石にそれは不味いか。ねぇ先生、ハンカチ持ってる?」
「ポケット……の中に」
「あー、スラックスの?悪いけどちょっと借りるね」
何をするのかと思えば、片手は指を挿入したまま、空いている方の手で器用に床に落とされたスラックスのポケットからハンカチを探り当てた川崎は、それをそのまま紀也の屹立を覆うようにすっぽりと被せ、くくってしまう。
綺麗に包まれた屹立から垂れる先走りが、ハンカチにいやらしいシミを広げていく。
それを直視してしまい、慌てて紀也は視線を逸らしたが、その光景は目にしっかりと焼き付いてしまっている。
「〜〜っ!」
「あー、恥ずかしい?でも、スーツ汚したらヤバいし、こうしないと、ここで何してたかバレちゃうかもしんないからさ。先生、俺の入れたらすぐ我慢できなくてイっちゃうっしょ?だから、早めに対策を、ね」
それは嘘じゃない。川崎に入れられたら、何故か紀也は年甲斐もなく我慢できなくなってすぐにイッてしまう。だから反論もできない。
バラバラに指を動かされ、溢れそうになる声を必死に抑え込む。それでも、ヒクンヒクンッと激しく蠢きだす秘部の蠢きだけは止められない。
「ふぅ……ンン、んぅ……」
「うん、だいぶんほぐれたね。そろそろ良さそう」
カチャカチャと、川崎が自分のズボンのベルトを外す音がする。しばらくごそごそとやっているなと後ろをちらりと振り向けば、己の屹立にゴムを被せているところだった。
「ゴム、一個しかなくて。本当はそのまま入れたいけど、後始末できないから……」
年下のくせに自分のモノよりも逞しいそれに、男としての矜持がほんの少し傷つきつつも、あれが今から自分の中に入るのかと想像しただけで、ぶるりと背筋が震える。
どうすれば楽に受け入れられるのか。呼吸のタイミングも方法も、何もかも、紀也は川崎に教えられた。
「ーーーいい?入れるよ?」
「うん……ーーーっ、うんんぅ、あ、ぁあっ、んっ、あっあっあっーーっ」
いつもなら紀也の様子を見ながらゆっくりと焦らず入れてくれる。
なのに、今日は何が焦りのようなものを感じた。
挿入が、いつもより強引だ。ズブズブと埋め込まれていくそれが、紀也の呼吸を奪う。ズリズリズリ……と媚肉を太く逞しいそれで擦り上げられ、我慢がきかない。
圧迫感は相変わらずだが、気持ちいい。気持ちよくて、たまらないと、紀也の睾丸がきゅっと収縮する。
「イクゥぅ、ぁあっ、いぁあ?!……なんでっ?!!」
「ごめん、やっぱ今日はすぐにイかせるの、なし」
「ぁああ!!なんで?!川崎っ、ぁあ、手を離して!!」
「ああもう、声やばいって。ごめんけど口、ちょっと塞ぐよ?」
「うぐ?!うううっ……」
大きな手で口元と、屹立の根元を塞がれ、紀也は驚きに目を見開いた。なんで今日はこんなに意地悪をするんだと涙の浮かぶ目で睨めば、『だから!そういうのが可愛すぎるから危険なんだって!!』と意味不明な言葉を叫ばれたが、紀也にはさっぱり理解できない。
「今日、なんの日か、思い出せない?」
「?」
「あー、その顔は分かってないやつだ。んー、じゃあ今日は何日?」
10月の31日ーーー、そこまでは紀也にも分かる。
が、それがなんだというのか。川崎は明らかに呆れ顔だが、わからないものはわからないのだから仕方がない。
川崎の誕生日でもないし、自分も違う。二人の記念日ではないのは確かだ。だったら一体なんなのかーーー
「……本気でわかんない……んだね。うーん、じゃあ大ヒントってか、むしろ答えになっちゃうけど、これなら分かるでしょ?ってか寧ろ最初に言うべきだった? えーっとね、マジで今更だけど、一応言うよ?『trick or treat』。ね?どう?ピンときた?」
「!!!」
ハロウィンか!ーーーとようやく紀也は思い当った。ハロウィン、trick or treat、お菓子をくれなきゃイタズラするぞという意味だ。
つまり。
(お菓子を持ってるかって聞いたのは、お腹が空いてたわけじゃなかったのかーーー)
目をパタパタさせ、わかったと無言で告げると、川崎はやれやれと呆れつつも笑ってくれた。
「そう、正解はハロウィン。だから、お菓子をくれない恋人に堂々とイタズラしてもいいんだよ」
言いながら、すっかり紀也の体温に馴染んだそれを、川崎はゆるゆると腰を回して動かしてくる。
屹立は握り締められたままだから、イクに行けない。
「んむぅう、んんっ、んんんっ」
「ごめんけど、学校だし、声出ちゃうとヤバイからこのままね。でも、もう意地悪しないから、イッていいよーーー」
クンッと、奥を緩く突き上げられると共に、屹立を解放される。物理的に堰き止められていたせいか、ストッパーを失ったそこからすぐさま白濁が溢れてくる。
「んぐっ、んぐぅうんんんぅーーー!!」
吐き出したそれはハンカチに受け止められ、どうにか床を濡らさずに済んだが、紀也はすっかり気が抜けてしまった。
脱力してぐったりとした紀也を、川崎が背後から危なげなく支えてくれる。
後ろから紀也の股間を覗き込み、ニヤリと口の端をあげる。
「ちゃんとイけたみたいだね。んじゃあ、次は俺ね?……一回だけで我慢するから。悪いけど口、自分で塞いでて?」
「……え?あっ、ぁあ?!……ぐ、んんんっ、んんっ、んっ!!」
イタズラというには度を越した激しい抽挿。
容赦無く抜き差しされ、突き上げられ、必死に口元を両手で塞ぐ。それと同時に、必死に後孔に穿たれた屹立を締め付けた。
(無理っ、声が……出る!早く……頼むから早くイッてくれ……っ)
そう願った矢先、ぶるりと大きく川崎が身震いした。
「先生っーーー紀也っ、出すよ……っ、いい?!」
いいも悪いもない。早くしてくれーーーと、紀也は思いっきり川崎を締め上げた。
結局一回では済まなかった。
いや、それは紀也にもなんとなくわかっていたのだ。
育ち盛りで、やりたい盛り。そんな年頃の川崎が一度で満足するとは思ってなかった。
しかしここは学校で、自分たちは生徒と教師で、色々問題が山積みなのだ。少しは自重して欲しかった。
言葉では言わないが、言わなくても紀也の態度から感じるものがあったのだろう。
身なりを整えたものの、立つ気力が湧かず、その場に座り込んだ紀也の前で、川崎は正座している。怒ったふりをするべきだろうと紀也は無言を貫いていたが、別れを切り出されるのではないかと怯えていたのが嘘のように、紀也の心は満たされていた。
激しく抱かれるのには慣ていないが、嫌いじゃない。
「いや、その……なんていうか、ごめん。無理……させちゃったよな?」
「まぁ、お陰で腰が痛くて立てないくらいには。ハロウィンだからイタズラされたのはわかったけど、他にも理由がありそうだな?」
「いや、そのね?ハロウィンだろ?クラスの奴らがさ、それでちょっと盛り上がってて。なんとなくそいつらの話を聞いてたら、先生の名前が出てきて……」
「それで?」
「うん、それで……市道先生に『trick or treatって言ったら、イタズラしても許されるんじゃね?』的なことをそいつらがね、言っててさ。いやいや紀也は俺のだし!!って、ちょっと慌てて先生を捕獲したら案の定、お菓子持ってないっていうし?他の先生は、持ってんだよ。お菓子。こういう時はさぁ、普通念のために持ち歩くもんなの。去年だったっけ?先生、菓子持ってなくてイタズラされてたろ?」
川崎に言われて、紀也は去年の今頃を思い出しーーーそういえばそんなこともあったようなと手を叩いた。生徒に『trick or treat』と強請られたが生憎お菓子を持ってなくて、そしてーーー
「尻を揉まれた、な。でもそれは君にだろ?」
ぎくっと肩を震わせたのは、去年ハロウィンの時に尻を揉んだ張本人だ。そんな物好き、後にも先にも川崎だけだ。他の生徒は自分になど見向きもしない。
「だから……そういうのが甘いんだよ……っ、先生は……紀也は知らないかもだけど、結構モテてんだってーーーて、言ってもどうせ信じないんだろうなぁ」
信じる信じないというか……実際モテてないので信じられない。
川崎の思い込み、としか思えない。
「まぁいいや。先生は俺ので、俺は先生のものってだけで、いまはいいや。でも、いい?これあげるから、絶対に俺以外のやつにイタズラされないでよ?絶対に絶対に絶対にだからね?!!」
そう言われ、どこから調達したのか、差し出した両手いっぱいにチョコやらアメやらを渡された。
というか、両手からこぼれ落ちていく。
「いくらなんでも多すぎじゃ……」
「いいや、足りないくらいじゃん?」
いや、どうみても多すぎる。堅物……とまではいかないけど、生徒に気軽に声をかけてもらえるタイプじゃないのは自分が一番よく知っている。だから多分、生徒に渡したとしても一個か2個がいいとこだろう。
「余ったら、食べていいから。あー、でも甘いの苦手なんだっけ?」
「いや、うん、食べるよ。せっかく貰ったんだし。ありがとう」
「どういたしまして」
受け取ったそれらをスーツのポケットにとりあえず押し込む。川崎もようやく納得したのか、不機嫌さはなく満面の笑みだ。
「次の授業はちゃんと受けなさい」
「わかってるって。んじゃ、またね、先生。今日だけだからお菓子、ちゃんと常備しててよ?」
これも、嫉妬のうちに入るのだろうか。もしそうなら嬉しいかもしれない。
去りゆく背中を見送りつつ、紀也は思わずくすりと笑ってしまう。
恋愛とは優しい感情だけでなくどうしても独占欲ゆえに、ドロドロした感情を引き起こしてしまう。けれどそれすらも、心地いい。
(来年は僕が彼にtrick or treatって言ってみたいな)
どんなイタズラをしてやろうかーーーなんて、想像すると、また笑いがこみ上げてくる。
こんな冴えない中年のおじさんを好きになってくれるのは君だけだと思うけどねーーー。
そんなこんなで、色々ありつつも紀也は今年も10月31日を終えた。
結果として川崎に渡された菓子の半分が、生徒に掻っ攫われた。
が、別に自分にイタズラをしたかったわけではないと、紀也は結論づけた。多分、彼らはお菓子が欲しかっただけだろうーーーと。
悪く言えば地味で華がない。だがよく言えば儚げな美貌と洗練された無駄のない所作……それがいかに人を惹きつける要素になっているのか、紀也はおそらく一生気がつかない。
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