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一、不良にはカツアゲされる 前

「ねえ、アンタがサキモトミドリ?」  旧校舎への渡り廊下を歩いているとそう言って僕の前に立ちはだかったのは、北欧の血が混じっていることがはっきりと分かる、目を奪われるような美少年。  アーモンドアイに収まる青みがかった瞳に射すくめられて、僕は固まるしかなかった。 「……返事ぐらいしたら?」 「…え、あ、そ、そうですけど………な、なにか?」  幼馴染以外に対して極度のコミュ障の僕はその美少年の強すぎる眼差しを長い前髪で何とか緩和させ、おどおどしながら答えた。  そんな僕をつま先から頭の天辺まで眺めた後、その少年は鼻で嗤った。その表情でさえ様になってて、鼻で嗤われてもしかたない、なんて納得してしまう。  その輝くような姿が眩しすぎて直視できずに俯きながらも、こんな子がこの学園にいたんだと感激してしまう。そのぐらいに可愛い。 「僕の事分かる?」 「……いえ…」 「ホントにアンタ、僕の事知らないんだ」 「………す、すみません…」 「でも、北條竜哉の恋人って言ったら、流石に分かるよねぇ?」  顔を上げるとクスクスと笑う少年が目に入った。    この子が竜ちゃんの今の恋人?  ちょっと気が強そうで我が侭そうだけど、すごく表情豊かな子。  そうなんだ。  竜ちゃんはこんな子が好きだったんだ。僕とは全くの正反対の…。すごくお似合いだ。 「恋人…」 「そ。竜哉がさー、アンタに付き纏われて困ってるって言うから、ハッキリ迷惑だって言ってあげようと思って」  え…。 「つ、付き纏われ…?」 「幼馴染って勝手に思い込んでるって、竜哉すっごく迷惑そうだった」 「…そ、そんな…。そんなの竜ちゃんが言うはずない!」     僕が叫ぶみたいに言うと、美少年は大きい目をさらに大きくした。 「…ぅわ…コワ…。ホントに思い込んでるんだ」  向けられる哀れみと蔑みの混ざった眼差しに、僕はどうしていいかわからなくなる。本当に竜ちゃんが僕の事を迷惑だと言っていたのかもしれないって。  でも竜ちゃんがそんなこと言うような人間だと思いたくなくて、その思いに挟まれた僕の感情は行き場を失って、ギリと噛みしめた奥歯と、強く握った拳に溜まった。 「もしかして、僕の事殴ろうとか思ってる…? うっそぉ…」  さすがに美少年も顔から笑顔を消し、そう言いながらわずかに後ずさった。  確かに彼が悪いわけじゃないし、殴ろうとなんてもちろんしていない。でも渦巻く感情を抑えるのに必死で、否定する言葉も発せられなかった。声が出てしまえば、目の前にいる彼を責めてしまいそうで。 「――ヒカル?」  その時、運悪く良く聞きなれた声が廊下に響いた。 「竜哉!」  美少年はその声に振り返って、竜ちゃんに抱きつく。それから僕から身を隠すように竜ちゃんと立ち位置を変えた。 「旧校舎なんかに来たら危ないだろ! 襲われでもしたらどうする」 「でも…竜哉が困ってるの見てられなくて…」 「ヒカル…」  目の前で行われる美男美女――もとい美男美少年とのやり取りをただ茫然と眺めるしかできなかった。 「…俺に付きまとうだけなら許せた。ヒカルにまで危害を加えるつもりなら、これ以上黙っているつもりはない」  『ヒカル君』を背中に守るように立った竜ちゃんがそんな言葉を投げつけた相手は僕。    何言ってるの?  だって、つい数日前、部屋に来てたじゃないか。  美味しいって僕の淹れた紅茶飲んでたじゃないか。 「…ヒドイよ、竜ちゃん…。なんで、なんでそんなこと言うの…?」  信じられなくて、悔しくて、悲しくて。  竜ちゃんが元々から思っていたのか、変わってしまったのか、僕にはわからなかった。    ただ僕が何かをしたかのように睨みつけてくる竜ちゃんと、演技なんじゃないかって思えるぐらい怖がって、竜ちゃんにしがみ付いているヒカル君。  僕の心はただ悲しみで埋め尽くされた。  竜ちゃんに――大好きな人に理由もわからずに拒絶された悲しみに。   「これ以上、関わるなよ。関われば…容赦しない」  竜ちゃんは、その場にいることが精いっぱいの、何もできるわけがない僕にそう言い放った。

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