1 / 2

前編

 いつにも増して静かな夜だった。  空爆もなく、悲鳴もサイレンの音も聞こえてこない。  連合軍と戦争状態の革命軍の本部は転々と拠点を移し続け、今は孤児院だった建物を使っている。  基地の裏には小高い丘があり、一本杉に続く小道がある。  アリは街灯もない暗闇の中、ライトを片手に丘を登った。銀色の髪が月に照らされて揺れている。彼は軍服にTシャツというラフな格好だ。数年、履き続けた軍服はところどころ擦り切れている。  丘の上に立つ木のそばに、一人の青年が片膝を抱えて座っていた。 「ここにいたのか、ザイド」  アリが声をかけると腰掛けていた青年……ザイドは顔を上げた。  癖のある茶髪に褐色の肌と引き締まった軽そうな体。年はアリに比べると一回り以上若い。青年……ザイドは名を呼ぶと薄く笑った。 「なんだ、一丁前にたそがれてたのか」  アリが茶化してみたが、ザイドはそれには乗ってこず、丘の上から見えるコンクリートづくりの基地を見下ろした。 「もう見納めかと思って」 「……そうだな」  辛気臭い空気は苦手だが、感傷に浸っているザイドをこれ以上茶化すのはやめた。  アリはザイドの隣に腰を下ろした。湿った草に尻が冷えそうだと思ったが、そのまま座った。ザイドと同じ視線で景色を見たかった。  四角い打ちっ放しのコンクリートの建物から、黄色い光が漏れている。  独裁政治に対し、革命軍が反旗を上げて二十年が経つ。外国からの干渉もあって、早くに政府を打ち倒したものの、その後は革命軍が分裂し、泥沼の内戦状態となった。  革命軍はさらに細分化し、難民は絶えず、その混乱に乗じた犯罪者やテロリストが街に紛れ、治安がさらに悪化するという悪循環。  この状況を打破しようと、先進国は連合軍を作り、革命軍の統合を図った。圧倒的な武力と資金力の差で革命軍は次々と白旗を上げた。  連合軍は統合に協力すれば、新政府の設立に関わることができるという触れ込みだが、その先にあるのは、服従か屍のどちらかだ。  長い年月の中でアリたちの帰属意識は国ではなく、所属の革命軍そのものにあった。 『服従か屍ならば、屍を選ぶ』  それが、アリたちが出した答えだった。  明朝、連合軍の野営基地を攻める。アリたちにとって、攻撃によって身を守るという手段しか知らなかった。相手がいかに格上か知っている。それでも身を守るためには、命がけで戦うしかないのだ。  アリは隣に座るザイドの肩を叩いた。 「ザイド……、今からでも」 「今からでも逃げろっていうなら怒るよ」  アリの言葉に被せるように、ザイドは言った。彼は険しい表情で覚悟を口にする。 「あの爆撃から助けてもらった時から、俺はアリと共に戦うって決めたんだ」  十二年前、政府軍の爆撃によって市街地が襲われた。子供だったザイドは救出に来た革命軍のアリによって助け出された。  律儀に恩を感じているらしい。  爆撃で家族を失い、落ち込んでいた子供が、立派に成長し大人になった。それだけで恩はとっくに返してもらっている。しかし、ザイドはアリの元を離れようとはしなかった。 「こんなことさせるために拾ったわけじゃねぇ」 「知ってる。でも、俺も大人だから。自分の道は自分で決める」  革命軍の基地で育った少年は大人になると、兵士として仲間に加わった。  アリにとってそれは誤算だった。そんな恩など忘れて、さっさと旅立って欲しかった。戦争という名の鳥籠に囚われた自分では味わえなかった自由を彼に味わってほしかった。

ともだちにシェアしよう!