41 / 196
5一1
5一1
(旧家の橘家がどうのって、怜が言ってたっけ…?)
由宇は、橘の自宅に到着している、はずだ。
テレビでよく聞く、「この土地は東京ドーム〇〇個分です!」というナレーターの声が聞こえてきそうなほど、橘の自宅は広大だった。
まず自宅の門が自動で開いたのに衝撃を受けて、橘の車から降りて口を開きっぱなしでとりあえずキョロキョロした。
平屋建ての邸宅があまりにも広く、由宇の視界からは見えない位置にまでそれは続いている。
植物園のように広がる庭園には、金持ちの特権である小さな池が掘られていて、その中には鯉が四匹泳いでいた。
「なぁ、もういーだろ。 中入るぞ」
(これ錦鯉ってやつかなぁ? マジで先生ってお坊ちゃんなんだ…)
由宇が覗いたせいで、餌をくれると勘違いした鯉達が集まってきた。
それをニコニコで眺めていると、橘は目の前の邸宅ではなく少し離れた場所に建つ一軒家へと入って行った。
「んっ? あれ、そっちに入るの?」
「こっち俺個人の家」
「個人のっ??」
どういう事だろう。
こんなにも広ーい自宅がありながら、敷地内にもう一つ離れのような家を建てるなんて、金持ちの道楽としか思えない。
そこも立派に二階建て一軒家そのもので、思ったより洋風な佇まいだ。
招き入れられたそこは生活感がほどほどにあって、普通に橘が独り暮らしをしているのだろうと分かる。
あの大きな家に住まず、わざわざこんな家を建てるなど由宇には理解不能だった。
広さも十分にあるリビングには、二人掛けソファが対面に置いてあり、中央には丸いガラステーブルとその上にはガラス製の四角い灰皿がある。
壁掛け55インチの大きめのテレビが存在感を示しているが、あまり見ないのかリモコンが目に入る場所にはない。
整頓された綺麗な室内を見ると、誰かが掃除を毎日行っているようだ。
キッチンで茶を沸かす橘が、ウロウロと落ち着かない由宇を捉えた。
「30分後にメシ来るから。 バスルームそっちな、風呂入っとけ」
「う、うん、ありがと…。 って、俺着替えがないよ」
「バスローブあっから。 今着てんのは全部洗濯乾燥してもらって、朝には綺麗な状態にしてやる」
「それはありがたいけど、それだとパンツないんだよ」
「ノーパンでいーだろ?」
「えっ!? よ、よくない! 全然よくない!」
「俺寝る時はノーパン主義なんだけど」
「いやいや、先生の主義は知らない! ヤダよ、お腹壊したらどうするんだよっ」
「一晩くらいで壊すかよ。 俺毎晩ノーパンだけど一回も壊してねぇ。 っつーか、グズってねーで早く風呂入れよ」
グズってるわけじゃないし!とぼやきながら、「そっち」としか言われていないバスルームを探し当てて服を脱ぎ、それらを律儀に畳んでシャワーを浴びた。
橘が後から入るかもしれないので、すでに張られていたお湯に浸かるのは悪い気がして遠慮しておく。
シャンプーもコンディショナーもボディーソープも、何もかも見た事のないボトルで読めない英語が書かれていて、「どれがどれなんだよっ」と涙目で嘆いた。
シャワーを浴びる前に脱衣所でバスローブの置き場所は確認済みだったので、とにかくそれを着て、下はノーパン主義らしい橘に合わせるしかなかった。
橘用のバスローブだからか由宇のくるぶしまでしっかり守られているので、これならお腹を壊す心配もなさそうだ。
リビングへ戻ると、長い足を組んでソファに腰掛け電子タバコを吸う橘が、得意の一睨みを仕掛けてくる。
「あ? 早くね?」
「シャワー頂きました」
「何でシャワーなんだよ。 湯張ってただろーが。 …らしくねー遠慮が見えんだけど」
片目を細めてフッと笑うのは、いつもの悪魔な橘だ。
「先生が後から入るかなと思って」
「いんだよ、んな事気にしねーで。 入り直して来い」
「ヤダ、もうめんどくさいからいい。 それより先生、喉乾いた」
「冷蔵庫開けて勝手に飲め。 そこのメシ食っていいぞ」
言われた通り冷蔵庫を開けると、由宇が好きな麦茶を発見してその場で飲んだ。
メシ?とダイニングを覗いてみるとそこには、見事な懐石料理が二人分並んでいた。
「うわっ、いつの間に!? ていうか……何これ、旅館みたい…」
「嫌いなもんは?」
「特にないけど……あ、嘘、あった。 豆腐キライ」
「じゃ豆腐は俺んとこやっとけ」
「…え? 先生も食べようよ、俺一人で食べさせる気?」
まるで橘は一緒の席に付かないといった言い回しに、招いてくれておいてそれはないだろと由宇は膨れた。
ただでさえ一人の食卓は嫌なのだ。
怜と食べる週末の温かいご飯がどれだけ由宇の癒やしになっている事か。
せっかく豪華な料理が二人分あって、現にここに橘は居るのだから、揃って食べたい。
「いや、お前根本的に俺の事嫌いだろ? 嫌いな奴とメシは食いたくねーかなって俺の優しさよ?」
ともだちにシェアしよう!