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12一2

12一2 怜からジリジリと距離を詰められて、仕方なく真琴を解放した由宇は体育座りをして膝の間に顔を埋めた。 こんな事、目を見てなんて話せない。 「うん、…した」 「……何回?」 「え………えーっと…………」 回数なんて覚えていなかった。 指折り数えながら、橘の車内と、学校と、ペンションと……と数を進めていくと、ペンションでのキスがやたら多い。 やっぱり正確に何回とは言えない、そう言おうと顔を上げると、怜があまりにも驚いた形相をしていた。 「そ、そんなにしたの!? なんでっ? 由宇、橘先生と付き合ってるの!?」 「付き合ってない。 ていうか、これからはもうしない。 ……できない」 「…………どういう事? もしかして、それが由宇の相談事?」 「いや、相談したかったわけじゃないよ! ……悩む前にもう諦めてるし…」 由宇は誰かにこの事を打ち明けたいなどさらさら思っていなかった。 うっかり真琴が口を滑らせたから、怜にも話してしまっているが…あまり進んで話したい内容ではない。 橘と結ばれる事はないのだから、せめて誰にも悟られずこっそりと自分の中で消化し、抹消していくつもりだった。 「………由宇は橘先生の事、好きなの?」 「………………好きじゃない」 「うっそだぁぁ!!」 「君は黙ってなさい」 「……ふぁいっ」 今のは完全に真琴が悪い。 本気のトーンで叱られて、さすがにここは空気を読んだらしい真琴はいそいそと自分のスペースで宿題を再開するフリを始めた。 由宇が答えなかったら林田くんを問い詰めたらいいね、と言っていたのに、怜は真琴を介さず由宇を一心に見詰めてくる。 首を振った。 好きじゃない、と。 もしもここで好きだと言ってしまうと、自身の中の決意が揺らぐどころか、ボロボロと想いもろとも崩れてしまいそうだった。 「由宇」 「………好きじゃない、好きじゃないよ!」 怖いほど見詰めてくる怜の視線がすべてを察したのか、小さく溜め息を吐いている。 たちまち由宇の瞳がうるうるし始めて、それが決定打になってしまった。 このどうしようもない気持ちの経験が無い由宇に、隠し通せるはずなど無くて。 我慢出来ずにくしゃっと顔を歪めた由宇を、怜が優しく抱き締めてくれた。 「…………そう。 橘先生の事、好きなんだね。 おいで、由宇」 「………うっ…ぅぅぅ………」 「よしよし。 橘先生、婚約者居るもんね。 それで、諦めなきゃって思ったんだね」 「……………ぅん、……ぅん…」 「由宇、強いね。 そんなに好きなのに、我慢してるんだね」 「………ッッ……ぅぅぅぅっ……!」 (なんで怜はこんなに優しいんだ…!) 抱き寄せて背中をゆっくり撫でてくれるそれは、由宇がいつも夜中に泣きながら目を覚ました時と同じ擦り方だった。 諭すように、心が穏やかになるように、ただただ優しい掌にさらに涙が溢れてくる。 誰にも分かってもらえないと思っていた。 由宇にとっては真剣でも、傍から見ればママゴトのように捉えられてもおかしくない関係性だ。 全部話したわけではない。 むしろ真琴がポロッと溢した少しのヒントだけで、怜は由宇の気持ちを悟ってくれている。 それがどれだけ由宇の心を落ち着かせてくれたか、怜は気付いてくれているのか。 「よしよし」と囁かれながら、そのまましばらくギュッと抱き締められていると、いくらか目の奥の熱が引いてきた。 頼れる胸元で啜り泣いていると、怜の背後から「あの〜」と、らしくなく遠慮気味な真琴が声を発した。 「れ、怜様…? そこまでする必要は…」 「うるさいよ、林田くん。 少しの間大人しくしてて」 今は由宇が最優先だと言わんばかりの物言いに、真琴もくしゃっと顔を歪ませた。 由宇の位置からはバッチリその表情が見えてしまい、「あ!」と声を上げて怜の腕から逃れようとしたが一歩遅かった。 「う、う、うわぁぁーん!!」 「…っ!? ちょ、ちょっと、林田くん!」 「ま、真琴! シーッ!」 突如、真琴が大きな泣き声と共に怜の背中に飛び付いた。 大胆じゃん!などと軽口を叩けない雰囲気の中、真琴はわぁわぁ泣きながら怜に縋りついている。 あらぬ事態に、由宇の涙は一瞬にして乾いた。 (真琴…………) 「怜様っ、由宇の事ばっかり!! 由宇、由宇、って!! うわぁぁん!」 「そんなの当たり前でしょ? なんなの、これ」 背後からガッチリ抱いている真琴を指差し、怜が困惑気味に由宇へ救いの視線を寄越してきた。 (すごい……今日初めて怜と話したのに、こんなに自分を出せるなんて…) 確かに怜は優しくて面倒見がいい。 だが二人は今日、初対面だ。 いくら覗きのプロの真琴が怜を凝視していたとしても、怜はその事を知らないのだから、鬱陶しがられるに決まっている。 由宇はそんな事をあれこれ考えてしまっていざとなっても行動出来ないけれど、この真琴はまったく打算計算をしないのだ。 入学した時から怜の事を好きだと言っていた真琴にとって、今日は浮かれた一日でありながら、怜と親しくなる絶好の機会だった。 そんな場で、由宇と怜が仲睦まじく抱き合う姿など見たくなかったに違いない。 眉を顰めて由宇に視線を寄越し続ける怜と、怜の背中に顔をグリグリ押し付けて泣く真琴を、由宇はどこか冷静な気持ちで見ていた。 (本気で恋してたら、怖いものなんかないのかも……)

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