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15一4

橘の自宅は変だ。 巨大な平屋建ての本宅があるにも関わらず、敷地内にポツンと建つごく普通の二階建て一軒家。 由宇はこの場所へも久々に来たので、庭池を優雅に泳ぐ錦鯉達に挨拶しようと思っていたのに、車から降りた途端、無言の橘から腕を掴まれた。 え、と戸惑う間もなく、腕から手のひらへと移動した橘の右手が、恋人繋ぎを求めてきた。 こんな事をする男だったかとあたふたして、車内からのドキドキを引き摺る由宇も何も喋る事が出来ず、黙って橘に手を引かれておく。 大人しく恋人繋ぎされた手を見てニヤついていると、自宅の鍵を開け、中へ入ったと同時に橘から熱烈なキスを受けた。 (─────っ!) 「………んっっ」 玄関の扉を背に左頬を取られた由宇は、何が起こったのか分からないほどの早業にキュッと橘の腕を握る。 「んーっ、……っ…」 (ちょっ……先生、突然過ぎるってば…! また飴玉飲んじゃったよ!) 風邪予防に舐めていたレモン味の飴を、扉に押し付けられたと同時にゴクっと飲み込んでしまった。 唇を重ねただけではない、橘の意志を持った舌がさらさらと由宇の歯列をなぞる。 突然の事に縮こまった由宇の舌を見付けると、まるでぶつけ合うように強く絡ませてきた。 すでに充分密着しているのに、靴底がザラリと音を立てて橘が由宇への距離を詰める。 (先、生……くるし…っ) 「………っん、…ンっ……」 橘が舌を絡ませてくる間、自分から出ているとは思いたくないほど、鼻にかかったような上擦った吐息がひっきりなしに漏れた。 キスすら久しぶりなのに、こんなにも濃厚で大人の遊びを仕掛けられると膝が笑ってどうしようもない。 (ど、どうしよ…! 立ってられない…!) それは数分数秒の出来事ではなかった。 うまく息が出来ない由宇が、苦しさのあまり橘の胸を思いっきり押し戻すまで、休みなく延々と口腔内を弄ばれた。 「ぷはっっ………っ」 橘からの猛攻から逃れた由宇は、肩を揺らして酸素を吸いまくる。 不服そうな悪魔が由宇を見下ろし、グッと腰を抱いてきたが、生死に関わるため今はそれにドキドキしている場合ではなかった。 「なんだよ。 まだ足りねんだけど」 「う、うるさいなっ、……はぁ…はぁ……」 「お前、腹減ってる?」 「えぇっ、お、お腹? 空いてはいるけど、まだいらないって感じ…」 出た、と思った。 この橘のマイペースさについて行けるのは由宇しかいないと自負するが、キスの余韻はどこ行ったと少しだけイラッとした。 大好きだけれど、橘の全部を理解するなんて事は一生無理かもしれない。 仏頂面の悪魔を見上げた由宇に向かって、再び唇が重なりそうなほど顔を寄せてくる。 悔しいが、この悪魔面さえ今は惚れ惚れした。 (そのマイペースなとこも、一応長所って事にしとくよ、先生…) ポッと頬を染めて、整ってきた呼吸に安堵していると抱かれていた腰をいやらしく撫でられた。 「シャワー浴びたい?」 「え……えぇ? ちょっ、何なんだよ!」 「今から口では言えないような事を何時間もやるから、腹ごしらえとシャワー浴びときたいなら今のうちに言っとけ」 「く、口では言えないような事って…っ」 「セッ…」 「あぁぁー!! 分かった、分かりました!」 「うるせーな。 …で、どうする」 初な由宇にド直球な球は投げてこないでほしい。 ここに泊まりだという事はそういう事なんだろうと、車内で想像を巡らせていたからそこは驚きはしなかった。 緊張するけれど、今の濃厚なキスが予習的な役割を果たしてくれた。 覚悟は出来ている。 太腿の辺りを橘の熱いもので何度も擦られる、あのいやらしくも濃密な行為をする覚悟なら、とっくに。 「………ぜひ、ご飯とシャワーを頂きたい、です」 「チッ」 「舌打ちした!? ねぇ、いま舌打ちしたよねっ?」 「俺我慢出来っかなー。 シャワー中は背後に気を付けろよ」 「何でだよ! 怖いじゃん! おばけでも出んのっ?」 「っつーかお前また甘いの食ってたろ。 口ん中レモンの味すんだけど」 「た、食べてたけど、先生が突然その…キ、キスしてくるから、飴飲んじゃったんだよ!」 「キャンキャン鳴いてねーで、上がれば」 「〜〜〜っっ! お邪魔します!」 必死で言い合いをしていたら、いつの間にか橘は靴を脱いでスリッパに履き替えている。 (もう〜〜! 俺のドキドキ返せよ〜!) 懐かしい橘が目白押し過ぎて、嬉しいやら腹立たしいやら感情が忙しい。 フンッと鼻息荒く由宇も靴を脱ぐと、しゃがんで律儀に靴を揃える。 橘の革靴も並べ直して立ち上がれば、目の前に居た橘がニヤリとご機嫌な笑みを見せていて……ギュッと鼻を摘まれた。 「フッ。 俺お前のそーゆーとこ好き」 「………ッッッッ!」 「めっちゃアホ面。 アホポメー」 「うるさいよ、先生!」 突然の「好き」にドキドキしたかったのに、すぐに悪口が飛んできた。 忙しい。 そういえば以前から、橘といると何もかもがどうでもよくなっていたっけ。 出会った頃と何も変わらない、橘の下手くそな笑顔と減らず口に、由宇はイライラしながらも笑みを絶やさなかった。

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