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 受け取ったスマホを耳にあてると、橘によく似た口調の、ただし相当ハイテンションな男が電話口に居た。 「……も、もしもし…」 『ポメ君か! 橘とヤったんだって? おめでとう!』 「お、おめ、っ? ありがとうございます…」 『風助って見た目と違ってすげぇノーマルセックスしかしないって噂なんだけど、どうだった!?』 「えぇ!? い、いや…俺の口からはなんとも…」  ノーマルとは言い難いセックスをしました、とはさすがに言えない。  そして、橘自身も言っていた通り、本当にこれまでノーマル趣向だったのだと知って驚いた。 (あんまり聞きたくなかったけど……俺だけに意地悪なんだって事も分かって嬉しいような………複雑〜……)  由宇の苦笑を見た橘が、スマホを奪って頭をポンポンと撫でてくれた。  総長様の声量がハンパではなかったので、橘にも会話が丸聞こえだったらしい。  あの橘が、やれやれ顔を浮かべている。 「おい樹さん。 余計な事は言うな。 デリカシーどこいった」 『見るからにドSっぽいじゃん、風助! 俺ずっと気になってたんだよな! マジでノーマルセックスしかしねぇのかって!』 「んな事はどうでもいいだろ。 体位の話に戻せ」  樹の思わぬ暴露に複雑な心境だったのは、由宇だけではなかった。  やれやれ顔のままの橘がその話はやめてくれとばかりに口調を強め、包帯が巻かれてある左手にスマホを持ち替えた。 『あ〜体位か! 俺なら処女奪う時は正常位かバックだなー! バックは寝バックな!』 「バックいいのか」 『そうそう! ちょっとだけケツ上げて貰って、前に枕か何か入れ込んで相手が楽な姿勢になるようにしてやんだよ! こっちも挿れやすいしなぁ、バックは!』 「ふーん。 関係ねーけど樹さんまた徹夜してんの?」 『お! なんで分かった!?』 (な、なんて会話してるんだよ〜〜! 先生も総長様も平然と喋ってるし! 俺ベッド行ってていいんじゃないかな…!)  ざっくばらん過ぎる会話が漏れ聞こえてきて、たまらず由宇は耳を塞いだ。  それに気付いた橘が由宇の肩を撫で、髪にちゅっ、とキスを一つ落とす。 (わわっ…! 頭にちゅってされた…!)  照れくささのあまり、今度は違う意味で赤面した。 「すげー声がでけぇ。 うるせー」 『今な、ざっと…三十五時間ぐらい起きてんだよ! 年末年始に向けてフル稼働で仕事しねぇと終わらねぇんだこれが!』 「なるほどな。 忙しいのは良い事じゃん。 樹さんが担当した人は全部売れてんだろ」 『ありがてぇよなぁ! ……でもな、風助だから言っちゃうけど、ほんとは俺が葉璃を育てたかったよ、俺が…葉璃をな…金の卵だったんだよあの子はマジで…マジで可愛いんだ…葉璃は……今なんてまーた綺麗になりやがって……目の前で見定めて、俺の手で育てたかったんだっつーの、この俺がさぁ…』  何やらトーンを落として嘆き始めた総長様が、徹夜で仕事をしているせいで情緒不安定気味である。  しょんぼりと項垂れている姿が想像出来てしまうほど、声が聞こえにくくなった。  黙って話を聞いていた橘はテーブルからお茶を取って啜ると、由宇以外の他人にはほとんど見せない優しさを樹に向けた。 「…センチ入ってんな。 樹さん少しでいいから寝たら? 仮眠ぐらいは出来んだろ。 睡眠取らねーと脳細胞どっかいくぞ」 『……おぉ! 風助がまともな事言ってんな! ありがとう! あ、おぉぉっ!? ちょ、ちょっと待て、葉璃から着信だ!』 「こんな時間にか? そのハルって子も未成年じゃなかった?」  電話口の向こうで「ゴホン」と咳払いをして、橘を待たせたまま樹は別のスマホに応答し始める。 『はいはい。 葉璃? どうした?』  ハイテンションだったり嘆いてみたりと情緒不安定だった樹の声音が、がらりと変化した。  橘も、由宇も、樹の会話など聞くつもりはなかったけれど、切らずに通話中のままにしてあるため否が応でも会話声が聞こえてくる。 『あっ、こんな時間に仕事スマホの方にすみません。 佐々木さん、今大丈夫ですか?』 『あぁ、もちろん。 大丈夫。 何かあった?』 『えっと…年末年始の歌番で、もしmemoryと俺の出演時間被ったら楽屋にちょっとだけ居させてもらえないかな、と…。 隅っこでいいんで…存在消しとくんで…』 『例の件だな。 了解。 俺が居る限りスタッフにもバレないように根回ししてあげるから心配しないで』 『ありがとうございます…! 良かったぁ』 『葉璃も今は大変だろうから早く休めよ、おやすみ』 『はい、佐々木さんもちゃんと寝てくださいね。 それじゃ、おやすみなさい』  由宇と橘は、示し合わせたかのように顔を見合わせた。  「ハル」という男との会話が、電話越しにも関わらずやけに鮮明に聞こえた。  今のは一体誰なんだと由宇は唖然とする。  ハイテンションだった総長様は、「ハル」との会話の際は「良い大人」を取り繕っているように感じたのだ。 『風助、聞いたかっ? 今のが俺の愛しの葉璃だ! 可愛いだろ! 存在消しとくとか言って! あんなキラキラしといて消えるかっつーの! 可愛いな畜生!』 (なるほど……総長様、さっきの「ハル」って人の事めちゃくちゃ好きなんだ)  もしかして樹は、意図して二人にも会話を聞かせていたのではないかと勘繰ってしまう。  二重人格のような変わり身の激しさに、橘も仏頂面を崩して思わず笑ってしまっている。

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