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 それは単に由宇をあっぷあっぷさせるための意図的なものなのか、彼の得意なマイペース天然発言なのか、その辺の判断がとても難しい。  いつも唐突に投げられる由宇への甘過ぎる口撃。  もちろん由宇だって橘と過ごしたかった。  放課後の勉強もランニングも決して手は抜かれないし、何日も橘に甘える事が出来なかったのは由宇も寂しくていじけていた。  本音でそんな事を言えば、意図的か天然かのこうした台詞が返ってくると分かっているから、素直に甘えられなかったのは「遠慮」ではなく「照れ」だ。  橘からのメッセージに狂喜した事など知らない彼は、無防備な由宇のハートをたった一言でかっ攫う。  嬉しい。  橘がそう思ってくれたのなら、これ以上ないほど嬉しい。  自分の事は二の次、由宇を優先したい、と言ってくれた橘の気持ちは本物だった。  同じ気持ちだったと知って、嬉しくないはずがない。  ただし状況を考えてほしかった。  由宇には免疫のない幾多の感情が同時に襲ってきたせいで、せっかく美味しく頂いていたゼリーが、喉の奥で飛び散ってしまった。  ゴホッ、ゴホッ、と咳き込む由宇の背中を、悪魔顔で擦る実は甘々な恋人の心は何ら乱れていなさそうに見える。 「なんでゼリーでむせるんだよ。 この世で一番喉越しのいい食いもんじゃねーの」 「せ、先生が急にあんな……っ!」 「あんなってどんな?」 「分かってるくせに! 分かってて言ってるって分かってるんだからな! 分かってないと思ってんのか!」 「……は? 何言ってんだ。 お前そんな会話能力ない奴だったっけ」 「っっっ! キィィィっっ!」 「うるせー! 鳴くなっつの!」 (鳴くよ! 鳴くに決まってんだろ! 先生めっ、…先生めっ……! 先生の意地悪なとこまで大好きになってる俺に、どんな怖い顔したって無駄なんだからな…!)  叱る橘から差し出された湯呑みを受け止り、由宇はちびちびと煎茶を啜って呼吸を整える。  息が乱れるのは、桃ゼリーでむせたからだけではない。  橘の事が好き過ぎるあまり、隣に腰掛けているだけの今も、心穏やかでいられなくなってきている。  桃ゼリーの誘惑に負けてドキドキを忘れてしまっていたが、突如として意識し始めるともう止まらない。 「皿持て」 「え? なん、…っ、うわっ」  咳込んで濡れた瞳を橘に向けると、皿を寄越されて抱き上げられた。  皿の上を動き回る桃ゼリーを落とさないように慌てて両手で持つと、意識を削がれている間に向かっていたのは寝室だった。  由宇をベッドに腰掛けさせた橘は、カッターシャツのボタンを外して不敵に笑む。 「お前は食ってていい。 勝手に始める」 「えぇぇ………!?」 「落とすなよ、それ」  美しく引き締まった上半身を晒すと、由宇の背後に回って包み込むようにしてふわっと抱き締めてきた。  橘の素肌から体温を感じ、桃ゼリーと由宇の心がたちまち揺れる。 「え、……何しようとしてんのっ?」 「何って…野暮な事聞くなよ」 「………! 先生…っ、せめてこれ食べ終わってからに…!」 「待てねー」 「先生ケダモノじゃん! わわっ、溢れるっ……んむ、っ」  伸びてきた手から顎を取られての無理な態勢でのキスに、皿を持つ手がぷるぷると震えた。  ぬる、と入り込む力強い舌が由宇の全身をも翻弄し、瞳を開けていられない。  頬と顎を橘にがっちりと捕らわれていて、口腔内を蠢く舌と、心許ない両手で支えた皿も気になり身動きが取れなかった。 「……ン…っ、……ふっ……」 「甘………」 「んん、っ……美味しいだろ…っ」 「風味だけじゃ分かんねーな。 はい、あーん」  とろとろなキスの余韻に浸っているとスプーンを奪われて、ゼリーを掬った橘が口を開けて見せてきた。  「あーん」につられた由宇が口を開けると、すかさずスプーンを差し込まれる。 「………? あーん……んんんっっ」  直後、唇を押し当てられて口腔内のゼリーと唾液をくまなく持っていかれた。  そのついでに舌をベロっと舐められて、体が大袈裟なくらい揺れる。  瞳を見開いて驚く由宇の背後でフッと笑う橘に、今度は桃ゼリーが乗った皿ごと奪われた。 「ゼリーの旨さは分かんねーけど、お前の舌は美味い」 「あ、ちょ、それどこ持ってくんだよ!」  皿を持ったまま寝室を出て行こうとする橘の背中に、無駄だと分かっていながら腕を伸ばす。  橘が御所望する事は分かったから、そんなに急がなくても食べ終わってからでいいじゃないかと呼び止めても、振り返った悪魔は平然としていた。 「待てねーって言ったじゃん。 これ邪魔なんだよ」 「ひ、ひど…っ、邪魔じゃないし! 返して!」 「冷蔵庫入れてくっから裸になって待ってろ」 「はだっ!? 待ってろって言われて待つバカがいるかーっ!」  …なぜあんなにもワンマンなのだろうか。  勝手に始めるから食ってろと言っていたはずが、キスで余裕が無くなったのかついには取り上げられてしまった。  リビングに置き去りの湯呑みにも飲み残した煎茶があって気になるし、欲情した勝手過ぎる恋人から桃ゼリーを奪われた由宇はご立腹である。  橘の言う事など聞いてやらない。  その前に、裸で待つなど恥ずかしくて出来ない。 「おい、なんで脱いでねーんだ」 「言う事聞きたくなかったからっ」 「……その気の強いとこマジでいいな。 普段はピクピクしてんのに」 「ピクピクってなんだ! してないよ!」 「小せぇからそう見えるんじゃね?」 「あっ! 可愛い恋人に悪口言うな!」 「お前それ自分で言ってて恥ずかしくねーの? 俺はそう思ってるからいいけど」 「恥ずかしいに決まってんだろ! 言わせるな!」  由宇の前で仁王立ちし、腕を組んだ橘が三白眼で見下ろしてくる。  優しくなったり意地悪になったり悪魔に変身したり、変化の著しい橘も忙しいのかもしれないが、対応に追われる由宇も相当に忙しい。  どちらかというと、苛立ちを覚えるほど整い過ぎた俳優面から、まじまじと見詰められて胸をキュンっとさせる由宇の方が、忙しないかもしれなかった。 「俺の「可愛い恋人」くん、さっさと服脱げ」 「わーんっ! 助けてー! 恋人が高圧的だよーっ」 「誰に言ってんだ」 「………………先生の上司の魔王様!」 「───は? 頭いかれた?」 「いかれてない! …っ魔王様ー! 指導が行き届いてませんよー!」 「ったく…うるせーな。 タオルで口塞ぐぞ」 「………っ…!」  調子に乗って喚き過ぎた。  ギシ…とベッドに膝を付き、真上から見下ろしてくる恋人の瞳が副総長のそれになっている。  本気でイラついた目をした橘に、対応の早い由宇は可愛く微笑んでプルっと小さく首を振った。  「口を塞ぐのだけはやめて?」の無言の微笑みは、何とか通じた。  ───良かった。

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