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『7年間中二病の俺とピアノに住んでる蝶』
『7年間中二病の俺とピアノに住んでる蝶』
あらすじ/7年間中二病の憂樹(ゆうき)がバーで知り合った男、鷹田はピアノの先生だった。憂樹は彼のピアノの中に住んでいる幻の蝶を探す。
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「憂樹、君いつも忘れずに時間通りに現れるのに、先週はどうした?」
精神科のドクター。優等生タイプの嫌味なヤツ。ほんとのこと言うつもりじゃなかったけど。
「少し眠ろうと思って薬飲んだら、2日後に起きちゃったからまた飲んで、それから3日間寝てました。」
なにをどれだけ飲んだか聞かれて、別にどうでもいいや、と思ったから正直に話して、入院させると言われたからそれは全力で断って、そしたらドクターはこういう意見を述べた。
「君が前言ってた、自分はまだ中二病なんだって。あれ、本当かも知れないな。なん年中二病やってることになるの?」
「7年です。」
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中二病。自分の居場所が見付からない。18才の時、家の電気製品を全て破壊して、追い出されて、このマンションをあてがわれた。他のことにはなんの未練もないけど、ピアノが弾きたい。時々そう思う。家にはいいグランドピアノがある。どうでもいいけど、そんなこと。
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わざわざ電車に乗って、知ってるヤツのいないバーに行く。男しかいないバー。カウンターに座ってしばらくして気が付くと、天井の小さいライトがひとつ、俺の方を向いている。ほんとなら、酒のボトルや吊るしてあるグラスに当たるはずの、スポットライト。俺は席を変わろうか、と思ったけど立つのが面倒だから、カウンターに肘をついて、両手で顔を覆った。
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理解のあるバーテンダーが俺のことをそのままにしてくれて、俺はなんにも考えたくなかったから、なんにも考えてなくて、そうしてると俺の指の隙間から、なにかとても白い物が見える。バーテンダーがビジネス口調で客と話しをしている。
「鷹野さん。今夜もまたアレでした?」
「そうそう、アレアレ。今日のは帝国ホテルだったよ。」
「さすが、すごいですね!」
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なにがそんなにすごいんだろう?と思って俺は手を外す。俺の左隣りに目の覚めるような白い物体が光っている。俺は暗い所にいたいのに。ガタイのいい男が真っ白なタキシードを着て、俺の隣に座っている。今時白いタキシードを着るような場面ってなんだろう?男は俺の方を向いて、軽く敬礼する。大分酔ってる?そんな感じ。
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「鷹野さん、いつものですか?」
「ああ、頼む。」
俺は真っ直ぐ前を見て、なるべくタキシードの男を見ないことにした。しかし、そうすると天井からのライトがまた俺の目を直撃する。今度は両手で目だけを隠す。鷹野と呼ばれた男がバーテンに聞く。
「この子はなに飲んでるの?」
俺達の周りには他に客はいないから、「この子」というのは俺のことを言っている。俺もいい年だし、そのことについて言いたいこともあったけど、どうでもいいや、と思って黙っていた。
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「なんでそうやって顔を隠すの?」
これは俺に発せられた質問だから、なにか言った方がいいか考える。俺は黙ってライトの方を指差す。鷹野がバーテンに伝えて、ライトの向きが変わる。
「電気切れちゃって、さっき取り替えたから。」
バーテンダーが俺に言い訳する。鷹野は酔っ払って調子がいいのか、普段から調子がいいのか知らないが、また俺に話しかける。
「せっかく可愛い顔をなんで隠してんのかと思った。」
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俺、実はそれに弱いんだよな。ナルシシストだから。さっきもドクターに言われた。薬のオーバードースは肌に悪いよ、だって。バカじゃないよな、あのドクター。俺の目の前にビールが出て来る。俺は男に向かって3ミリくらい口端を上げてお礼の代わりにする。俺は少しずつビールを飲んでて、鷹野はバーテンダーと話しをしている。こうやってわざと俺を無視するのは、気を引く作戦なのだろうか?そう考えたけど、バカバカしいから、なにか他のことを考えようとしたけど上手くいかなくて、俺は鷹野の身体を盗み見る。筋肉相当付いてるけど、水泳部とか野球部とかじゃないんだよな。ボクシングとかそういう格闘技系の筋肉。悔しいけど白いタキシードがよく似合う。
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次に俺がチラっと彼を見た時、丁度あっちもこっちを見ていて、つまり目が合った。
「俺、男口説くの自信あるんだけど、君は難しいな。」
それは俺が7年間、中二病やってるから。いつも機嫌が悪い。でもコイツのことは嫌いじゃない。素直になれない。酔ってるのも、下半身緩そうなのも嫌じゃない。あっちも酔っ払ってるし、こっちも酔ったらどうなるだろう?と考える。目の前にまたビールが出て来る。今度はさっきの鷹野の敬礼を返してあげる。
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少し酔った時の癖で、バーカウンターをピアノにして指を動かす。
「あれ、君、ピアノ弾くの?」
その時は酔ってたし、もうどうでもいいや、と思ってとうとう俺は喋り始める。
「もう3年弾いてないから。」
彼は俺の手を取って指を見る。
「いくつの時からやってたの?」
「覚えてない。」
「覚えてない位の時からか。そういう指してるもんな。」
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彼はそのまま俺の手を軽く握る。
「君を落とすにはどうすればいいか教えて。」
俺はどうやったら落ちるの?それはよく考えてみないと分からない。
「俺は7年間、中二病やってるから。」
彼は完全に沈黙して、酔った頭でその意味を考える。
「分からない。少なくとも君の年は分かった。」
「別に普通でいいですよ。普通はどうするんですか?」
「君にそれをするのは難しい。」
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起きたら、俺はフカフカの羽根布団の中に沈んでいた。白いタキシードがキチンとハンガーにかけてある。ピアノの音?二日酔いの俺の頭に微かに聞こえる。ベッドルームのドアを開ける。ピアノの音が大きく聞こえる。階下から。俺は見知らぬバスルームに入って、ナルシシストらしく鏡を覗く。俺がなにも着ていないのに気付く。クシャミをひとつして、大きなバスタオルを身体に巻いて、階段の半分まで下りて行く。階下を若い女性が歩いて行く。もう少しで見られるところだった。
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鷹田が女性を玄関まで見送って行く。
「先生さようなら!」
元気いっぱいの声。彼は、階段の真ん中でタオルに包まれた俺を見付けて笑う。
「よく寝てた。」
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コーヒー豆を挽く音。
「さっきの子で今日は終わりだから。」
ピアノの先生?1番らしくない。誰が見ても彼がピアノを教えてるとは思わないだろう。
「彼女、中二だぞ。確かに難しい年だな。さっき君ことを考えてたら、先生!私のピアノ聞いてないでしょう?って怒鳴られた。」
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大きなタオルに包まれてると、安心する。俺はそのカッコのままコーヒーを飲んで、ピアノを見に行く。俺の家のも立派だけど、これはイタリア製だ。音の響きが全然違う。どこからこんな音が鳴っているのだろう?俺はピアノの中を覗き込む。そして音を出してみる。中になにかいる。蝶の羽ばたきのような音がする。俺はピアノの下に潜って蝶を探す。
「今夜はまた演奏があるけど、それまでは一緒にいられる。」
蝶を見付けられなくて、きっと俺は困惑した顔をしている。
「昨夜のは結婚式。今時、300人だって。今夜のは大きな業界のパーティー。なんの業界かは知らないけど。」
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シューマンの小曲を弾いてみる。妹が持っていたオルゴールの曲。バレリーナが回っている。あれは今どこにあるんだろう?蝶の羽ばたきが気になって、俺は途中で手を止める。オルゴールの透き通った音を思い出すと、涙が出て来る。
「おいおい、やっぱり情緒不安定だな。さっき中二病について調べてみた。」
「このピアノの中に蝶々がいる。でも隠れてて見付からない。」
彼は泣いてる俺の顔にウインクする。
「アイツ等はね、昼間は静かにしてるから。夜にならないと出て来ないよ。」
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