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解毒薬

 そう、メル様の事を聞いてみたんだけど、今はあの豪邸にはいなくて、別の安全な所にかくまわれてるんだって。団長さんが戻ってくるまではそこにいるらしくて、残念ながら会いにはいけないみたい。  ヴィル様にすごく謝られたけど、事情が事情だし、メル様が元気になってからお会いできたらそれでいいからね。       今朝までヴィル様と一緒にいた幸せを噛みしめながら、薬の調合をしてると、外がやけに騒がしく聞こえた。  なんだろうって、ちょっと野次馬気分で窓から覗くと、焔亭のマスターが誰かを担いで城壁門をくぐっているところだった。  門番兵さんが走り回って、包帯や薬をその誰かの所に運んでいて、かなりの重傷なことは予想が付いた。    薬師の血が騒いで、思いつくだけの薬をもって店を飛び出してきてしまったけど、負傷した冒険者さんと門番兵さんが十数人運ばれてきて、門番兵さん達も騒然。僕が入る隙もなくて、立ち竦んでしまった。 「坊主! 頼む、診てやってくれ!」  マスターと目が合うと、怒声のようなびりっとした声が飛んでくる。マスターの目線の先に僕がいるのに気付いた冒険者さんが次々に道を開けてくれて、マスターの所まで通してくれる。 「治癒師が来るまでで構わん。応急処置だけでも頼む!」  「はいっ」  冒険者さんたちの怪我は酷いものだった。傷が深く骨や内臓まで達しているものまであって、悲惨な状態だった。でも一番の問題は毒だった。血に混じったどす黒い液体。 「ドゥンケモーデ……?」 「当たりだ。坊主、よく知ってるじゃねーか」  森の奥深くにしか棲まないと言われてる猛毒を持った巨大なモグラのようなAランクの魔物。旅の途中に一度だけ出くわしたことがあるけど、その時もなんでこんな所にっていうところに出没してたんだよね。そういう習性があるのかもしれない。  だからって比較的魔物の少ない王都の近くにもでるなんて…。サッと血の気が引いた。 「大丈夫だ、もう始末してる。だから集中してくれ」  そうだ、そんなこと考えてる場合じゃない、解毒薬を作らないと。この毒を解毒できる治癒師さんが来てくれるとは限らないんだから。  僕は紙を取り出してペンを走らせる。 「マスター、解毒薬を作ります。この薬草を採ってきてもらえますか。店に戻って準備しておきます」 「わかった。すぐに戻る」  マスターを使うなんて申し訳ないけど、今はそんなこと言ってられない。  この魔物の毒は即効性のものと遅効性のものが混ざってるんだ。即効性の毒は一般の解毒薬で対処できるけど、解毒剤が効いたと安心してるところに遅効性の毒に侵される。しかも上級解毒薬も効かない凶悪な毒なんだ。僕もおじいちゃんから教わらなければ対処で来てなかった。  遅効性の毒が効いてくるまでに解毒薬を作ってしまわないと。  周りの門番兵さんと冒険者さんに応急処置の指示を出してから、店に戻って、器具を組み立てる。倉庫に入って、命の雫と呼ばれている、猛毒類の解毒薬のベースになるリンテの花を乾燥させたものを取り出す。それからクォルの根、ママニアの実も。  おじいちゃんと旅しながら集めていた材料がこんな所で役に立つなんて。  マスターは本当にすぐに採取して戻ってきてくれた。さすが、名の知れた元冒険者だよ。    マスターの採ってきてくれた薬草を一気に乾燥させて、一緒に混ぜて細かく砕く。熱を加えて撹拌して、反応させる。液が青白色に変わったら蒸留。  材料が限られてるから慎重に慎重に。間に合ってくれることを祈ろう。  僕が戻るころには治癒師さんも到着していて、治療し始めてる。治癒師さんに邪魔がはいらないように騎士様達が周囲を囲っていて通せんぼされてしまう。どうせ僕は薬師には見えませんよ…。 「坊主!」  おろおろしていると、また肌がビリっとするようなマスターの声が響いて、顔見知りの門番兵さんが僕の所まで駆けつけてくれる。囲んでいる騎士様に事情を説明してくれて、中に入れてくれた。   「解毒はもう…?」 「まだだ。上級治癒師は遠征に行ってるらしくてな」  被毒した人達は詰所まで運ばれていて、マスターはそこまで案内してくれる。すでに遅効性の毒が回り始めているみたいで、苦しそうに呻いてるけれど、最終段階までは至っていない。ギリギリ間に合った。 「始めます」 「頼む」  うんとね、この解毒薬ちょっと問題があって、経口だと効くのに時間が掛かりすぎるから、その、おしりから投与しないといけないんだ…。毒を受けてから時間が経ってるし余計にね。  毒で魘されてる方々の心の傷を抉るようで申し訳ないんだけど、命には代えられないからね。ごめんなさい。  さすがに皆に見られるのはかわいそうだから、一角をパーティションで囲ってもらって、薄い皮の手袋を付けて、いざ!    僕が冒険者さんのズボンを脱がしにかかると、マスターの目が点になってた。  うん、わかるよ、その気持ち。僕も師匠がしてたの見たことあるけど、同じ反応したもん。  マスターも覆いを付けた理由を正確に理解してくれたから、後は滞りなく治療できたよ。  叫び声とかすすり泣きとか聞いてないよ。うん、聞いてない。 「坊主、意外に逞しいな…。じいさんを見て育つとそうなるのか?」  って言われたけど、薬師としてはこのぐらいなんのその!   えっと、これが逞しいってことかな…。  黒毒に侵されてた六人の解毒は無事に済み、ギルドの治療室に運ばれて行った。  ちなみにこの黒毒から麻痺薬や毒薬を抽出できるから、マスターに頼んで毒袋を採ってきてもらったんだ。街の外に出るときには僕の身を守ってくれるものになるからね。  マスターから恐ろしいものを見る目で見られたような気がするけど、気のせいだと思いたい…。  その毒を受けた方たちは順調に回復して、次の日にはお店にお礼に来てくれたんだよ。本当に凄い回復力。やっぱり日々鍛えてると違うのかな。  冒険者さん達はよくお薬を買ってくれるようになったんだ。でも、いっつも顔が赤い気がするんだよね。日焼けにしてはずっと赤いし。顔色悪い時しか見てないからかな? 元からなんだね、きっと。  ***    後日、ギルドを通じて国からなんと報奨金が出たんだよ!  そんなこと考えずに手伝ったから、嬉しいやら申し訳ないやら。でも「命の雫」の代金としてありがたく頂戴したけどね。  なかなか手に入らない代物だし、それを分かってるから払ってくれたんだと思う。僕一人では取りに行けるような所ではないし、在庫が切れてしまったらもう作れないからね。  またこんなことがあったら困るから、ギルドで採取依頼をしておいた方が良いかもしれない。  ドゥンケモーデが出た原因については騎士団が全力で調査してるみたい。その調査中はできるだけ街から出ないように、っていうことと、護衛にはBランク以上の冒険者パーティを雇うことを推奨します、って通達が来てた。    まだ団長さんも戻ってきてないみたいだし、上級治癒師さんも不在だから、皆不安になるのも仕方ないよね。  僕もかなり不安。なんて言ったって門が近いからね…。でも今回はそのおかげで冒険者さんたちを助けることができたし、よかったんだけど……怖いものは怖いよ。  はやく解決するといいな。   「エール」 「わっ」  薬学書を広げてぼんやりしていたら、例のごとくヴィル様が僕の肩に手を置いて、驚かしてくる。 「もう、ヴィル様!」  ヴィル様は涼しい顔でにっこり。どれだけ怒ったって効果なしなのはわかってるけどね。  まあまあ、っていいながら、抱きしめられたら、もうね。どうせ僕はヴィル様の手のひらで転がされてるんだ。それでもいいんだよーだ。 「エル、すごい活躍したんだってね」 「活躍?」 「解毒薬を惜しげもなく使ってくれたって聞いたよ」  ヴィル様にも話が行ってるんだ。当たり前だよね。騎士様なんだから。 「そういう訳じゃないんです。持っていた素材で即席で作ったので、そんなに純度の高いものでもなくて…」 「ううん。皆感謝してるんだよ。エルがいなかったら、間に合ってなかったかもしれない。今回は本当にありがとう」 「そ、そう言ってもらえると嬉しいです。僕にはこれぐらいしか取り柄がないから」 「エル。それってすごいことだと思うよ。もっと自信を持っていいんじゃないかな」  ヴィル様に褒められるとぐっと胸が熱くなる。こんな僕でも役に立ててるって思うとどんどんやる気が出てくるよ。   「俺からもご褒美があるんだけど」 「ご、ご褒美ですか?」 「うん。まず、」  ちゅっと音がして軽くキスされる。  う、確かにご褒美。  どれだけキスされても慣れなくて、やっぱり恥ずかしくて、いつものように顔が熱くなってしまう。  甘い笑顔で見つめられて、頭を撫でられて、うう、幸せ。子ども扱いされるのは複雑だけど、やっぱりほっこりしてしまうんだ。 「それとね、前くれたお薬、すごく助かってるよ。ありがとう。疲れてたのに気付かなかったけど、薬飲んでからはっきり違いが分かったよ」 「よかった…」 「それで、同じように悩んでる同僚にも試してもらったんだけど好評でね、騎士団でも使わせてもらいたいんだけど、どうかな?」 「き、騎士団で、ですか?」 「うん。遠征時の疲労って緊張してるから取れにくくて。命が掛かってるから体調が万全であることに越したことはないからね」 「僕は皆さんに使って頂けるなら、こんな嬉しいことはないですけど…」 「なら決まり」  ええ、そんなにあっさり決めちゃっていいの?!  って内心思ってるけど、もうヴィル様だからしょうがないんだよ。  話し合った結果、騎士団にはレシピと販売の権利を買い取ってもらうことになった。騎士団での消費量を僕個人で作れるわけないからね。王宮お抱えの薬師さんたちにお任せすることにしたんだ。  なんだか売り込んでしまったような形になって、とっても申し訳ない。そんなつもりなかったのに。  ヴィル様はそんなこと気にすることないっていうけど、やっぱり立場を利用したみたいで、すごい罪悪感。  うーん、ヴィル様って騎士団でもすごい上の役職に就いてると思うんだ。だって、全部一人で決めちゃったんだよ。はぁ、これ以上考えないようにした方が良いよね。     ただね、ヴィル様の分は僕が作るらしい。僕の手作りがいいんだ、って言ってくれて、僕にとっては騎士団との契約よりもこっちの方がご褒美だよ。    ほんの少し前からだけど、ヴィル様の態度が少し変わった気がするんだ。普通に会話してる時でもギュって抱きしめてくれたり、一緒にいるときは常時どこかが触れてるような状態。  今までも積極的だったんだけど、なんだか求められてるって言うのかな。僕も心が満たされてるんだ。  もう、ヴィル様がいないとやっていけない度合いが加速度的に上昇してるよ。朝にヴィル様と離れるのがつらくなっちゃって、気持ちを抑えるのが大変なんだよね。

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