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騎士団との契約

 うーん、何なんだろう。  昨日の朝からずっとベッドに寝てたいぐらい体が重いんだ。疲れてるのかと思ってお薬も飲んでみたけど効果はなくて…。    最近、短期間にいろんな出来事があったから、ちょっと体じゃなくて精神的に疲れてるのかな、なんて思って、昨日は調合をお休みにして、ぼーっと店番だけしてることにした。  食欲もないし、本当に何にもしたくなくて、椅子に座って机に突っ伏して、ただそれだけ。  頑張るって決めてから二週間も経ってないのにな。  うー、こんなの初めてかもしれない。  でも今日はお出かけしなきゃいけないんだ。お昼までは結局店番しかできなかったけど、何とか重い体を動かして一張羅を着る。変な格好では行けない所に行くからね。    な、なんと初めて騎士館にお邪魔するんだよ!  すごいよね。騎士館は王宮の敷地内にあるから初めて王宮門をくぐるんだ。中はどんなふうになってるんだろう。突き出た棟しか見たことないから、それ以外は未知の領域だよ。  それで、お店の前で待機してるんだけど、本当に怠い。我慢もできるし、立っていることもできるけど、辛い。ベッドが恋しいなぁ…。  馬車で迎えがくるみたいだけど、お土産とか献上品っていらないのかな。ドキドキする。一応、疲労回復薬を50個ほど用意しておいたけど。    馬車が着いて御者さんが扉を開けてくれる。中から、どうぞって僕の手を引いて馬車に載せてくれたのは騎士団の事務官さん。  座席に向かい合わせに座って、僕ががちがち固まってたら、優しく微笑んでくれるとてもいい人。  貴族街に入って、大教会前の広場横を通り、濠にかけられた橋へ。小さく見えてた王宮の壁が目の前にある。  橋を渡ったらもう王宮の敷地内だ。もう緊張を通り越して怖くなってきちゃった。とんでもないところに来てしまった気がするよ。 「そこまで緊張する必要もない。さあ、着いた」  目の前にあるのが騎士館らしいけど、なにこのお城。どう考えても館っていう名前がふさわしくないよね。予想以上の大きさと豪華な装飾に言葉も出ないよ。    事務官さんに案内された僕の家の居間の三倍ぐらいある応接室で座って待つように言われて、一人ポツン。  広すぎて居心地が悪すぎる。しかもこの肘掛椅子かなりの高級品だよね。座り心地が良くて、このまま寝ちゃいそう。  眠気を我慢しながら出されたお茶を頂いていると、扉が開いて、騎士様が二人入って来た。  赤い髪を一つに束ねた人と、白金さらさら髪の人。  騎士様ってもしかして顔で選ばれてるの?   僕はもちろんヴィル様が一番だけど、それにしてもかっこいい。ヴィル様と同じくらいの年齢なのに落ち着いてる雰囲気っていうのかな。  あ、別にヴィル様がどうこう言ってるわけじゃないよ。ヴィル様はころころ変わるから掴みどころがないんだよね…。  失礼にならないように、僕は勢いよく椅子から立ち上がって、礼をした。 「は、初めまして、薬師のエルヴィンといいます」  そうそう、この子この子、って赤い髪の騎士様がニコニコしながら僕のことを観察してくる。なんだか赤い髪の騎士様はヴィル様よりも軽い感じがする。  あれ? この騎士様、朝ヴィル様と一緒に走ってる方かも。僕にはヴィル様しか目に入らないんだけど、この赤い髪の方と、あとここにはおられないけど灰色の髪の方の三人で走ってるんだよ。 「あ、ごめんね。近衛隊のディータだよ。ディーって呼んでね」    うん、とっても軽い。貴族な騎士様をそんな愛称で呼べるわけないからね。 「同じく、レオンハルトだ。前回の解毒の件の含め感謝する」 「い、いえ、そんな滅相もありません」  こっちの騎士様はいかにも貴公子って感じだよ。  どうぞ座って、ってディー様に勧められて、座ったけど、二人の動きを見てるとやっぱり優雅で、なんともかっこいい。本当は僕みたいなガサツな平民がお会いできるような人達じゃないよね。 「事務官が書類を持ってくるまで、寛いでいてくれ」 「はいっ」  寛いでいてくれって言われたけど、逆に背筋をのばしてしまう。仕方ないよ、この場違いな雰囲気のなかにいるんだから。  ふと、視線を感じてディー様を見ると、キラキラおめめと目があった。こ、これは…。 「ね、エルちゃん、ヴィルとはどこで会ったの?」 「へ、」  エ、エルちゃん!?   ヴィル様にも勝る軟派さだ…。  これって馴れ初め聞かれてるんだよね。うわー、恥ずかしい。 「ディー、黙って座っていると言ったから同席を許したんだぞ」 「えー、せっかくだから聞いておかないともったいないでしょ」 「必要ない。ヴィルに直接聞けばいいだろう」  お二人とも親しい仲なんだ。ヴィル様の言ってた同僚ってこの方たちの事だったのかな。 「エルちゃんから聞きたいんだよね。毎朝走ってるのみてたんでしょ?」  ぎゃー、何て言うことをご友人にまで話してるんですか!  顔に熱が集まってきて、きっと真っ赤になってる僕の顔を見て、ディー様の目がキランと光った。   「…そんな、どこかで会ったというわけではないんです」 「へぇ。じゃあ、走ってる姿に一目惚れしたってことなんだー。そっかぁ」  ディー様は一人で納得してしまった。  うん、もうそれでいいよ。どう考えても一目惚れだって、今自覚したよ。 「朝の走り込みのことか?」 「そうそう。ちょうどエルちゃんのお店の前を通るからね」  レオンハルト様まで、そうなのか、って言って興味を示し始めてしまった。 「てっきり、団長の所で顔合わせしたのかと思っていたな」 「団長の所? あっ、団長が言ってた薬師ってエルちゃんの事だったんだ。納得」 「それに市場でも会ったとは聞いていたが――」 「そうなの? それ初めて聞いた。さすが、側近」  ヴィル様、なんでもご友人に話し過ぎだよ…。それだけ信用してる方々なんだとは思うけど、恥ずかしすぎる。  どんどん進んでいくお二人の会話について行けず、お二人の顔を交互に見てるだけだったんだけど、うん、眼福。  ヴィル様のことはドキドキしちゃって真っ直ぐ見れないから、こうやって見目麗しい人たちを落ち着いて眺められるって最高だよ。 「あのね、こっちの人はエルちゃんと同じぐらいの子と結婚してるんだよ。その子も孤児から養子になった子で今は魔道具師兼治癒師として働いてるんだ。だからエルちゃんも立場とかあんまり気にしないようにね」 「は、はい、ありがとうございます」    どういう話の流れかはわからないけど、励まされちゃった。前に図書館で会ったような変態騎士様とは考えが全く違うよね。こんな方もいるって知れて嬉しい。 「最近は実力主義に移行してきてるからな。今は反発も多いが、これからは常識になってくるだろう」 「団長が第一人者だよね。まさか当時はSランクが入団してくるなんて思わなかったもんねー」 「えええ、団長さんってSランクなんですか!?」 「エルちゃん知らなかった?」  そ、そんなあっけらかんと…。  そんな人とお話ししてたんだね、僕。こんなに身近にいるなんて思わなかったよ。それは恐ろしいに決まってるし、僕の事を人じゃないって気付いたのにも納得できるよ。  でも団長さんってまだ30歳ぐらい、だよね。おじいちゃんに会ってから15年弱って言ってたし。若いのにすごすぎる…。団長さんとメル様ってすごくお似合いのお二人だったんだ。  それに比べて――はぁ、もう溜息しか出ないよ。    その後、事務官さんが色々と書類を運んできてくれて、僕は契約の内容を聞いてはレオンハルト様のサインの横に併記して、っていう一連の流れを5回ぐらい繰り返した。 「これが今回の契約金だ」    事務官さんが包みを渡してくれて、僕は恐る恐る受け取った。   何だか重い気がするんだけど、契約金っていくらだったけ。 「確認後、ここにサインを」 「は、はい」    包みを開けると予想していた銀色のコインでホッとする。  金額の欄を確かめて、うんうん、5000…――はい?   待って、いち、に、さん、し、ご…?  500000ルッツってなに?  ゼロ一つ多い? え、違う二つ?  5千じゃなくて50万?  もう一度包みに目を向けると、銀じゃなかった。よく見ると白く眩い光を放っている滅多にお目にかかることのない白金貨様。   「こ、こんなに頂けません!」  事務官さんも騎士のお二人も笑ってる。そう言うとは思ってた、とか、予想通りの反応だね、とかお二人は言ってるけど、僕はそれどころじゃないよっ。  騎士団にとってははした金なのかもしれないけど、これって2年分の年収だよ! 手に尋常じゃないぐらい汗が…。  確かに僕自身は販売できなくなっちゃうから、ある程度貰えたらいいなって思ってたけど、桁が違うよ! 「こちらでしっかりと算定したものだ。安心して受け取るといい。なんなら内訳も見せようか」  そういって微笑むレオンハルト様。なんだか、してやったり、という表情に見えなくもないですが。  僕は早くサインしろという事務官さんの圧力に負け、ペンをとった。    うう、やっぱり罪悪感が半端じゃないよ。騎士団からお金を巻き上げてるような気分。こんなことなら話自体断ればよかった。 「こちらも優秀な薬師は囲いたいが、君の立場上そう簡単にもいかなくてな。この契約があれば、薬師として箔が付く上、こちらも有事の際に依頼しやすい。お互い好都合、というわけだ。これからもよろしく頼む」  そっか、僕も何かの時には積極的に騎士団を手伝えるようになるんだね。少しでも役に立つ奴って思って貰えてるってことなんだ…。  箔っていうものが僕にとって意味のあるものかはわからないけど、ヴィル様に何かあったときに蚊帳の外なんじゃなくて、手助けできるなら、こんな嬉しいことはない。 「薬師として、できる限りお手伝いさせていただきます」  レオンハルト様もディー様もまるで子供に向けるような眼差しを僕に向けてくる。   「うんうん。ヴィルに何かあったときは一番に駆けつけてくれるんだね。頼もしいなぁ」  え。  僕の声、漏れてた?  かあぁっと音が出てるんじゃないかって言うほど顔が熱くなる。その様子にもクスクス笑われちゃって、それからお二人の顔を見れなくなったよ。    もう、契約も終わったし、あまりに恥ずかしくて、そろそろ失礼しますって、席を立った。        

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