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アンネリーゼの幸せな勘違い -前編-

 私はアンネリーゼ・ベルギウス。  公爵家の一人娘で、『シンソウの令嬢』と皆から呼ばれるもうこの上ない美貌を持つ私。まあ、意味は分からないんだけど。  今まで、人と会うたびに『花のように可憐』とか『清らかで美しい』と言われて、是非婚約してくれ、といろんな所からお誘いがあったわ。  お父様も私を溺愛してるから、他の男なんかに見せたくないって、学園に入るまではなかなか外にも出してもらえなかったし、所謂、箱入り娘だったの。    学園に入ってからは、私を待っていたかのように告白の嵐だったわ。  なにせ取り合いになるものだから、私とデートするのには貢物が必要っていうルールが勝手にできてしまって、毎日宝石とか珍しい品が贈られてきて、豪邸と言われる私の屋敷でさえ、置き場所に困るぐらい物が増えてしまったの。もうここまでくると私の可愛さって罪よね。  けれどね、私には王子様がいるの。  喩えじゃなくて、私の婚約者は正真正銘の王子様、ユリウス殿下よ!  あれは私が5歳のとき、もうね、ビビビッってきたの!    艶のあるハニーブロンドに、アメジストのような透き通った瞳を持つ美少年。  振り返って、私を見てにこりと微笑んだその笑顔でこの人しかいないと思ったわ。  当時、12歳だったユリウス殿下。  それはそれはうっとりするぐらい美しくて、私の隣に立つには完璧といえる容姿をしていたのよ。  お父様にユリウス殿下と結婚したいって頼むと、お父様も王家になら私を嫁がせてもいいだろう、って許してくれたわ。ただ本当に第一王子でいいのかって聞かれたけど、ユリウス殿下しかないって答えたわ。やっぱり私には一番が似合うでしょ?  陛下からもすぐにお許しがでて、私の成人を迎えた折に、式を挙げるという、計画まで立てて下さったの。  陛下も私の美貌を認めていらっしゃったっていうことね。    そして、ユリウス殿下も私の虜になったわ。  月に一度は私を訪れて、貢物を持ってきてくれるの。口数が少なくて、少し素っ気なかったけれど、私を見て照れてることはわかっていたわ。男の子って本当に恥ずかしがり屋よね。    私が10歳のころ、ユリウス殿下が大人の遊びに明け暮れているという噂が私の耳に入ってきたの。私には衝撃だったわ。  私という存在がありながら、他の女、ましてや男に手を出すなんて、許せなかったわ。  けれど、私はすぐに思い直したの。  私が成人を迎えるまであと五年。その間、皆さんが私の代わりになってくれてる、そう思うとすっかり許せたの。  まだ幼い私をユリウス殿下は気遣い、結婚式を挙げるときまで、私には純潔でいて欲しいという殿下の熱い想いが伝わって来たわ。  だから私もデートはできるだけ最小限に抑えて、殿下のお気持ちに応えることにしたの。けれど、週に5回は譲れないわ。だって、一番に新しいものを手に入れたいじゃない? デートがない日に新商品なんかが出たら大変だもの。絶対に二番にはなりたくないの、私。     そして、会うたびに男らしさと色気を増していく殿下。  やっぱりこの人を選んで正解だったわ。わたしって本当に見る目があるわよね。石鹸の目だったかしら? え、なに? 剪定? 早く教えなさいよ! …あら失礼、オホホ。そう、センケイのメイがあるのよ、私には。  12になる頃には同級生がもうジャガイモにしか見えなくなってきて、流石の私もほんの一部の綺麗どころとしかデートしなくなったわ。  専門科に上がって、一気に男が減ってしまったということもあるわ。家政科だったから女ばっかりでもううんざり。    半年に一回、学園の剣術科で行われる王国騎士団の特別指導では、皆さん婚約相手探しに夢中。  見習いから上がったばかり若手騎士が剣術科のジャガイモと手合わせしているのを見て、きゃーきゃーと、はしたない声を上げていたわ。  私はとーっくに婚約していたから、もう皆さんが可哀想で可哀想で。  まあ、顔のいい騎士はチェックしておいたわ。王太子妃になったときに自分で護衛を指名したいのよね。やっぱりハーレムを作るにはしっかりと下調べが必要でしょ?    そんな中、その特別指導の様子を見に来ていたのよ! あの方が! 私の王子様!  騎士服を着ているユリウス殿下は光を放っていて、雑草の中に咲く一輪の花のようだったわ。オーラが違うのよね。   私が目の前にいるというのに、ユリウス殿下は隣にいる護衛とばかり話していて、こちらを見ようともしないのよ! 最悪だわ。その微笑みを護衛なんかじゃなくて、私に向けなさいよ!  殿下の護衛の顔もなかなかだったから、王太子妃になった折には私の護衛として任命してあげるつもりなの。  その時に、これからは年上がいいって気付いたの。同い年はもう子供にしか見えなかったのよね。だから私は剣術科の中で何人か良さそうな男子を見つけて声をかけたわ。私から声をかけるなんて滅多にないことだから、皆さんとても喜んでいて、すぐにデートすることになったの。これで流行のものも問題なく手に入れられるようになってひと安心だったわ。  けれど、最高学年になってしまうとそれもできなくなって、もう暇すぎて堪らなかったわ。  結婚まで一年を切った事だし、そろそろ殿下も頻繁に通ってくるかと思えば、一月に一回も顔を出さない時があって、ついついお父様に愚痴ってしまったわ。お父様はすぐに王宮まで飛んで行ってくださったの。    侍女から聞いた話によると、マリッジブルーというものがあるらしいのよ。結婚前に不安になってしまう現象らしいのだけれど、きっと殿下もそれね。  美しすぎる私と結婚して、気持ちが抑えられるか不安になってしまったのね。私の事を考えると執務も捗らなくてきっと困っているのよ。 「おはよう、アンネリーゼ」  優しい笑みを浮かべて馬車の前に立ち、私を迎えた殿下は神々しかったわ。  お父様から伝わったのか、次の日に来て下さったの。今からデートに連れて行って下さるらしいわ。  今日は何を買ってもらおうかしら。 「ユリウス殿下。今日はどこへ連れて行って下さるの?」 「マッセル宝石店で新しいデザインの首飾りが出たらしいよ。そこでどうかな?」 「まあ! すばらしいわ! それと、グランプレッツの新商品も口にしたいのだけど…」 「なら、そこも行こうか」  殿下は私に惚れているだけあって、甘々ね。  二人きりの馬車の中。まあ侍女が隣に座っているのは無視して頂戴。殿下は緊張しているのかずっと窓の外を見ていたわ。そんな憂いを帯びた殿下の表情も素敵。    宝石店で目当てのジュエリーを買って、焼きメレンゲという新しい斬新なお菓子も手に入れて、私は大満足。殿下もそんな私を見て、嬉しそうに微笑まれていたわ。    ほんの一刻ほどの逢瀬だったけれど、もう私の胸はいっぱいよ。また新しいものを皆さんに見せてあげられるわね。明日学園に行くのが楽しみだわ。  ***      ユリウス殿下とデートしてからしばらく経ったある日、衝撃が走ったの。 「こ、婚約解消、ですって!?」  私は父の言葉を何度も聞き直したわ。目の前が真っ暗になってふらついたのを侍女が支えてくれたけれど、もう頭の中は真っ白よ。 「殿下に想い人ができたらしい。私も納得できなかったんだが、陛下も殿下の気持ちを優先したいとおっしゃっていてな」 「認めないわ! 私は十年待ったのよ! それをポッと出の人間に盗られるなんて、許せない!」 「しかしな、もう決まったんだ。最後にお前のわがままを聞いてもらうように願い出ておいたから、それで納得してくれ。頼む」 「その泥棒猫は一体どこにいるの、お父様!」 「それは、私もわからない。陛下もご存知ないそうだ。お前には他にいい相手を見繕ってやる。殿下も相当遊んでいたからな、本当の事を言うとお前を行かせたくなかったんだ」 「な、なによ、それ! お父様まで!」 「お前のプライドが許さないのはわかるが、殿下はその人と結婚できないなら、王位継承権を捨てるともおっしゃられているらしくてな…」 「え…じゃあ、私が結婚できても、王妃にはなれないってこと?」 「……そうだな。お前の相手としては相応しくなくなるだろうな」  お父様も溜息を吐かれて、辛そうな顔をしているわ。そうよね、家から王妃が出ると思っていたのに、それがなくなったなんて、お父様もさぞかし衝撃を受けられているに違いないわ。 「わかったわ。私、それなら第二王子のオスカー殿下と結婚するわ。ユリウス殿下には王位継承権を捨てて頂いたら、私が王妃になれるわよね」 「アンネリーゼ…。気持ちはわかるが、オスカー殿下はすでに結婚されている。それにもう王位継承権を放棄されているだろう」 「第三王子のメルヒオル殿下はどうなの? あの平民出の団長なんてどうにかなるでしょう?」 「一代貴族とはいえ、団長の財力にはうちとて敵わんからな…」 「じゃあ、第四王子――」 「アンネ…もういいだろう。とにかく、一週間、ユリウス殿下に時間を頂いている。その間、わがままを聞いて下さるそうだ。お前が15になるまでにはしっかりと結婚相手を探しておく。陛下の力添えも頂けるそうだからな、悪くないだろう」  そんなことってあるの? 結婚直前でこんなみじめな思いをするなんて。  いいわ。その一週間でユリウス殿下を跪かせて見せるんだから!  

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