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恋と嘘と現実とー21
その事がどれ程、僕を喜ばせるかなんて治夫は気付きもしないんだろう。
「………わかった」
諦めたのか、溜め息を吐いてそう言うと、寧音は僕を睨んだ後その場を立ち去った。
「…治夫」
寧音に悪いと思いつつも、嬉しいと思う気持ちを抑えきれない。
そんな自分に、嫌悪してしまう。
「…大丈夫だよ。心配しなくても、後でフォローしとくから」
にっこり笑う治夫に心が痛む。
…違うんだ。
心配をしている訳じゃないんだ。
嬉しいんだ。
寧音より僕を優先してくれた事が…。
そして、そんな自分に嫌悪もしていて…。
「じゃ、取り敢えず俺、売店へ行ってくるから」
………あ、いけね。
僕も売店…。
……ど、どうしよう…。
今更、やっぱり弁当を持ってきていませんでしたなんて言えないよな…。
でも、そうしないと食事…。
うだうだと僕が考えている内に、治夫は売店へ行く為に教室を出ようとしている。
「…あ、あの~…」
教室を出ようとしている治夫の姿を見て慌てて声をかけたものの…。
「ん?」
「………」
何て言えばいいのか…。
「………」
「………」
…時間だけが過ぎていく…。
「………」
「………」
……………。
…ええいっ!
いいや、言っちゃえ!!
「…あ、あ~…ご、ごめん。僕も売店へ…」
開き直り、口を開いた僕の口から出てきた声は…僕の意思に反してビクビクとしていて、細かった。
僕の言葉に“はあ?”というような顔をした治夫。
…当然ですよね…。
それでも。
「…一緒に行こうか」
そう言ってくれた。
「…あのさ、そんなに気を使わなくていいから」
そうも言われたけど。
「俺も寧音と居たいと思えば、きちんとそう言うし。だいたい俺が隼人と昼を食べたいと思って誘ったんだからさ…まあ…隼人が嫌だってんなら…」
「そんな事、ない!!」
慌てて治夫の言葉を遮る。
そんな事、ない!!
治夫に誘われて、嫌だなんてことは絶対、ない!!
誘ってもらって嬉しかったし!!
「…じゃ、これからは俺達の間に遠慮はなしという事でいい?」
「…うん」
僕に対してにっこりと優しく笑う治夫に、思わずドギマギしてしまう。
治夫には僕との記憶がないからか、以前の治夫じゃないみたいで…。
どんな態度をとればいいのか…。
以前はどんな態度をとっていたのか、思い出せない。
僕が治夫を好きだと自覚した時にはもう、治夫は僕に関する記憶をなくしていたから。
売店でパンを買い、教室へ戻り治夫と一緒にくだらない話をしながら食べる。
こうしていると、以前と変わらない気がする。
治夫が僕の記憶をなくしているなんて、嘘みたいだ。
だけど………。
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