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恋と嘘と現実とー36
「隼人」
千尋の呼ぶ声に、僕は溜め息を噛み殺して席から立ち上がり千尋の元へ急ぐ。
僕は以前にも増して千尋と行動を共にする事が多くなった。
勿論、僕が希望しての事じゃない。
だが、周りからは僕が千尋に引っ付いているように見えるらしい。
千尋がそんな風に見えるように振る舞っているから。
あの爽やかな笑顔で皆を騙して。
千尋は元々、友人が多い。
それに比べて、僕は友人と呼べる人物は治夫だけだ。
その友人である治夫に寧音という彼女ができて(それも、僕の元カノ)、治夫と一緒にいる事が苦痛になった僕が千尋に引っ付き始めたと千尋が数人の友人に話すだけで、後はその友人が話を勝手に広めていく。
僕は知らなかったが、治夫と千尋はライバル同士だと皆に思われているらしい。
だが、それは千尋が一方的に治夫をライバル視しているだけで、治夫の方は千尋の事など何とも思ってない。
その事が、千尋には気に入らなかったのか。
付き合っていた寧音を親友の治夫に獲られた可哀想な僕。
千尋は、そんな可哀想な僕を慰める優しい人物を演じて皆に対する自分の人気を上げたいらしい。
僕を側に置いて離さない。
…それは、いい…。
まだ、我慢できる。
だが、千尋は時々、僕を千尋の家に連れ込もうとする。
それも必ず、千尋の家族が留守の時に…。
冗談じゃない。
それだけは、とても我慢できる事ではない。
だいたい、千尋は僕を好きなわけじゃない。
…ただ、治夫が好きだった僕を自由にしたいだけ。
だが…僕がその誘いを断ると、千尋は寧音の名前をチラつかせ脅してくる。
結局、僕は千尋の言いなりになるしかなく…後ろめたさから…ますます治夫を避ける事になる。
悪循環………。
…最悪だ…。
治夫の顔が見れない。
僕と治夫の距離はますます離れていってしまう。
確かに、僕は治夫から離れようと思った。
高校を卒業したら、この街を出ようと思ったし、治夫を避けていた。
だが、こんな形で治夫から離れようと思ったわけじゃない。
今は治夫を避けているけど、卒業する時は治夫の幼馴染みで親友のまま…笑顔で治夫から離れようと思っていたんだ。
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