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俺の問いには何も答えてくれず、冷めてしまったパンケーキをもそもそと食べていると、向かいに座る恭也は何か言いたげにずっと俺を見ている。
その視線に気付いてはいたけど、恭也のことだから話したくなったら喋り始めるだろうなと思い放っておいた。
もうすっかり外は暗くなっていて、ダンススクールはまた明日行く事にしようと決める。
今日は特に、とてもじゃないけどレッスンを受けるモチベーションになれない。
「…………葉璃。 俺も、聞いてほしい事、ある」
俺が食べ終えたのを見計らって、緊張の面持ちでそう声を掛けてきた。
「うん、俺で良ければ聞くよ?」
「あ……でも、ここじゃ話せない。 葉璃のお家、行ってもいい?」
「いいよ」
そんなに込み入った話を、俺なんかが聞いてもいいの?って、また卑屈な方に考えそうになったけど、俺は変わらなきゃの一心で平静を装った。
退店の際、ファミレスは自分が誘ったんだから払うと恭也は聞かなくて、今度遊びに行ったら何か奢ると言い伝えて今日は甘えておいた。
俺の家まで電車で三駅で、そこからはほんとはバスの方が早いんだけど、ちょうど行ってしまった後だったから、歩けない距離でもないので夜道を二人で散歩がてら歩いた。
お互い喋る方ではないし、さっきの会話でさらに気のおけない仲になれたみたいで、いつも以上に無言でも全然平気でいられた。
「ただいまー」
「おかえり葉璃。 あら、お友達? この時間に来たって事は、お泊りに来たの?」
「お邪魔します……。 あ、いえ、泊まるなんて……」
「いいじゃん恭也! 泊まりなよ? 制服も着替えも俺のじゃ小さいかもしんないけど……」
外では出来ない恭也の話というのが、どのくらいかかるか分からない。
すでに外は真っ暗だし、恭也の家はここから電車で六駅向こうなんだよ。
話が終わって帰すなんて俺も心配で出来なかったから、母さんがそんな嬉しい提案をしてくれるなんて思ってもみなくて、え…と戸惑う恭也を前にしても、つい俺ははしゃいでしまった。
「こういう時のために、ちゃーんと新品用意してあるわよ。 ごはん出来たら呼んであげるから、宿題でもして来なさい。 あ、親御さんへ連絡忘れないでね」
「ありがとう、ございます。 ……お世話になります」
母さんは、根暗な俺が友達を連れて来たのがよっぽど嬉しかったのか、声がワントーン高かった。
しかも、いつ来てもいいように俺の友達用に新品のものを用意してくれてるなんて驚きで、俺はもしかして両親にすら心配されるほどの状態だったのかって、自分を振り返らなかった今までをまたしてもひどく後悔した。
「なんだか、悪いな。 急に俺、来ちゃったから……」
「母さんも嬉しそうだったし、俺も嬉しいから気にしなくていいよ。 なんか……俺、今まで他人に迷惑掛けてないつもりだったけど、その代わりに、あいつは大丈夫かって心配される対象になっちゃってたんだなぁ……」
遠慮がちの恭也を、ラグの上にモコモコ座布団を敷いて座らせると、俺はいつもの癖でベッドに腰掛けた。
「そうだね……。 それだけみんな、葉璃の事が、大切なんだよ。 気付けて、良かったね。 嬉しいね」
「うん……ほんとに、恭也のおかげだよ。 性格が合うなって前から思ってたけど、それだけじゃなかったんだな。 人の縁って不思議だ」
春香と恭也が俺を理解してくれて、尚かつ構わず叱咤し、ダメな事はダメだと諭してくれて。
一人でウジウジ悩んでた聖南の事も、恭也は言葉通り何の躊躇もなく黙って話を聞いて受け止めてくれた。
トップアイドルとエッチしました、なんて普通は信じられないよね。 でも恭也は黙って俺の体を調べたって事は、戸惑いながらも信じようとしてくれたんだと思う。
それだけで、俺の重たく凝り固まった心が軽くなったのを身を持って感じたから、友達というものがいかに重要な存在なのかをこの歳になって発見する事が出来た。
俺はほんの少しだけ、今までとは変われそうな予感がする。
明日からは、ちゃんと前を向いて歩こう。
俯いてばかりだと、石ころ蹴飛ばして終わりだって気付けただけでも、今日という日が重要な意味を成す気がした。
「……あの……葉璃。 今から、すごく大切な話をするよ。 いい?」
「うん」
改まった様子の恭也がすごく神妙な顔をしてたから、俺はベッドから降りてラグの上に座り直した。
いつになく話しにくそうにしているから、一体どんな内容なんだろうと急かしたい気持ちを堪えて、黙って続きを待つ。
「…………俺、デビューが決まった」
「………………うん??」
……デビュー? ……なんの?
突然の恭也の話は内容がまったく見えなくて、俺の頭の上にはクエスチョンマークがたくさん並んだ。
恭也は頭がいいから実は小説家志望で、書いてた作品が出版社の目に留まってデビューが決まったとか……そういうのかな。
デビューというにも多種多様あるから、どの事を言ってるのか検討も付かなくて、俺は首を傾げてあらゆる「デビューの形」を想像していた。
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