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 やはり声を聞くと、会いたくてたまらなくなってしまった。  けれど、きちんと収穫もあった。  本来の目的である白羽の矢が立った経緯は分からずじまいだが、宮下恭也が葉璃の友人だという驚きの事実が判明し、さらには返答を保留にしているらしい葉璃に何かしらの変化が感じられたのは、電話口でないと分からない事だった。  腐っていてもダメだと、変わろうとしている葉璃に尻を叩かれた気分だ。 「へぇ? 俺全然分かんなかったよ。あ、ここ書斎じゃん。入っていい?」 「いいよ」  今日の重要な任務を果たしてくれたアキラは、すでにその事から離れて興味津々で人の部屋を探検していた。  書斎とは名ばかりで、そこは聖南が曲を作る際にこもる部屋だ。約十六帖ほどの広さがあり、さらに防音である事もこのマンションにした決め手である。  大きめの本棚にはあらゆるジャンルの本がそこそこに並び、ギターとアップライトピアノが一台ずつと、デスクには二台のパソコン、さらに卓上の電子ピアノ、床には空気清浄機と観葉植物のみを置いている。 「……ん? これ、新曲?」 「あー……まぁな。そのつもりで作ってたけど途中だ」  デスクの上に放置されたままの殴り書きされたメモが見付かり、聖南は少しだけしまった顔をしたが、勝手知ったるでパソコンを起動させているアキラには気付かれなかったようだ。 「これCROWN用? 違うよな?」 「…………CROWN用」 「この歌詞は……編曲チームからOK出ないんじゃないか? メロディーはどれ? あ、これか」  開かれたパソコンに聖南がパスワードを打ち込むと、なぜかドンピシャで新曲予定の曲のファイルが見付かってしまい、この際何でも答えてやるとばかりに腕を組んで壁にもたれ掛かった。  まだ全体の半分ほどしか仕上がっていないその曲は、例の聖南渾身のラブソングだ。  これを夢中で作っている時にアキラから連絡が入り、佐々木と葉璃を待ち伏せしたのが昨日の事のように蘇る。  聴き終えたアキラは無表情で、聖南の方へくるりと回転椅子で回った。 「──いいじゃん。俺ら向きじゃないけど、めちゃめちゃいい」 「CROWN用だっつってんのに」 「でもこれ今の俺らが歌っても響かねーと思うけどなー。……あ! これ、あげらんねぇの?」 「あげるって誰に」 「デビューするハル達に」 「…………」  そんな事は、考えもつかなかった。  あまりにも私情にまみれたこの曲を、よりによって葉璃達のデビューに捧げるなど出来ないと、聖南は痩せた頬を引き攣らせる。 「……それは……」 「これ大至急仕上げろ。いいな、セナ。セナの復帰とCROWNの始動まであと一ヶ月切ってるだろ。それまでにこれ上げちまえ」 「いや、無理」 「無理じゃねぇ! セナなら出来ると思ってるから言うんだよ! 三日かけてやるあの最終編曲を半日とかからずやり切った男だろ、無理が通るか!」  憤慨して立ち上がったアキラは、実はこの未完成の曲の真意と出来栄えにひどく感動していたのだ。  それ以上に、聖南が塞ぎ込んで朽ちていく様を見たくなかった。  色恋沙汰だろうが何だろうが、聖南の過去を知るアキラだからこそ、思い悩む彼は人間味があって良いと思う。  しかし聖南には、それ相応の立場があるのだ。  今回の事件で廃れるには勿体無いほどの地位を築いてきたおかげで、信じて待っていてくれるファンが今もなお大勢居る。  事務所幹部らに大口を叩いたのだから、とにかく前向きに、意欲的になってほしいとアキラは息巻いた。 「んな事言われてもな、これは葉璃を想って書いてたんだよ。今の状況だとこの後からすげぇ暗い歌になんぞ」  真正面から対峙してくるアキラに面食らいながら、聖南は苦笑いを浮かべた。  言わんとする事は、聖南にも分かっている。  このままでいいとは思っていないが、人生で初めての恋が危うい今仕上げるには、アキラからの提案はなかなかの難題なのだ。 「それが何だよ、誰がハッピーな曲にしろっつった? 世の中の恋してるやつは大抵が報われない恋に泣いてんだよ。切ない気持ちを代弁してくれる音楽に縋って気持ち落ち着かせんだ。アンハッピーにしろってわけじゃねぇ。相手の気持ちが分かんなくて悩んでる過程の方が共感得られるんじゃねぇの」 「…………なるほどね」 「いいか、俺の言った事なんか何の参考にもならねぇと思うけど、とにかく今すぐやれ!」  部屋を飛び出し、「邪魔者は消える!」と息巻いたアキラは足早に玄関へと向かう。 「いや、十分過ぎるくらい参考になった。……ありがとな、アキラ」 「しっかり食って、腹が出ねぇように運動もして、あれを完成させろ。いいな?」  アキラが聖南に発破をかけた事などお見通しだったが、それというのも、聖南の現状がじれったいのだろうなと思った。  どれだけCROWNとして成功を収めようが落ち着きが無く、精神面では浮いたり沈んだりを繰り返す聖南の手綱を引いていたのは、これまではこのアキラだった。  マイペースで王様憮然としている聖南は、昔とまったく変わらない。生い立ち故に不安定になる事がしばしばあったが、プライベートはともかく仕事への意欲さえ枯れかけているのは初めてだ。  そんな聖南のことが、とにかく心配なのだ。  葉璃に恋をして変わり始めた時から問題が次々と降って湧き、一度はうまくいったと安心したのも束の間、現状は目も当てられない。  いつになったら落ち着くんだと軽口を叩いてしまうのも、無理もなかった。  一つ下のアキラから発破をかけられた聖南は「分かった」と小さく笑い、今日ばかりは大きく見える背中を見送った。

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