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 あんなに見てくるのだから、どこかで会った事があるのかもしれないと、聖南も見つめ返してみる。  するとすれ違う間際に向こうが話し掛けてきて、それが誰だかやっと分かった聖南は、何とも言えない不愉快な気持ちになった。 「傷の具合はどうだ」  声を掛けてきたのは、紛れもなく、聖南の実父だ。  父親であるというのに、しばらく考えても記憶の中の顔と目の前の顔が一致しない。 「平気」 「そうか。 大変だったな」 「大変でもない」  一気に心が冷えきった聖南は他人と話している感覚だったが、思うところもあって他人より距離のある接し方をしてしまう。  この会社がツアーの主催だと知って乗り気で無かったのは、父親が長く役員を勤めている会社だったからだ。  気乗りしない、などと言える立場ではないが、なぜよりによってここなんだと社長に問い詰めてやりたかった。 「…………じゃ」 「あぁ」  父親と話す事など、一つもない。  話し掛けられた事すらビックリだ。  父親だとは思っていない男に、ツアーの主催を任せているとはいえ、へりくだりたくはなかった。  背中に視線を感じたけれど決して振り返らず、聖南はサングラスを掛けて会社を後にした。  きっと偶然あの場に居ただけなのだろうが、聖南にとっては不運だとしか言い様がない。  長く蓋をし続けている父親との確執は、寂しかった幼少期を思い出すよりも煩わしく思う。  このまま遭遇しないでいけたらそれに越したことはなくて、今さら父親ぶられてもどうしていいか分からないから放っておいてほしい、というのが本音だ。  聖南も父親だとは思っていないのだから、向こうも、息子など居ないと思ってくれて大いに結構である。 『はぁ……滅入るわ。 葉璃にLINEしよ』  こんな時は葉璃との何気ないメッセージで気を紛らわせるしかないと、聖南は車に乗り込むと同時にスマホを手にした。  ちょうど昼休みなのかすぐに返事が返ってきて、それをいい事にどうしても声が聞きたくなった聖南は、葉璃を人気のない場所へ行くようメッセージを送った。 『もしもし聖南さん? どうしました?』  電話を掛けると秒で取ってくれた葉璃の声を聞いて、あからさまにホッとした自分がいる。 「んや、別に。 ちょっと声聞きたくなって」 『……何かあったんですね。 ……大丈夫ですか?』 「…………何かあったって何で分かんの」 『聖南さんの声、凹んでます。 その声は聞いた事あるから、すぐ分かります』 「そっか……。 でも葉璃の声聞いたら元気出た」  淀み無くそんな事を言われては、葉璃が聖南を想う気持ちに陰りなどなく、些細な変化も見落とさないと気付かされて嬉しくて、それだけで憂鬱な気分がかき消されていく。 『何があったかは、聞かせてくれないんですか?』 「………………」 『聖南さん? 俺じゃ頼りにならないですけど、話は聞いてあげられます』  頼りにならないなんて思っていない。  むしろ逆で、聖南を心配する葉璃の気持ちが愛おしくて嬉しいのだ。  ただ、不仲である父親との再会なんかで滅入っている事を言って、呆れられやしないかと不安だった。 「いや……さっき父親とバッタリ会ってな。 ほんの一言二言話しただけなんだけど、色々思うとこあって……」 『あぁ……あまり会ってないって言ってたお父さんですか。 ……そっか。 詳しい事は分かんないけど、聖南さんが落ち込んでるんなら、俺は励ましに行きますよ』 「行きますよって、いつ? 今週末はずっとレッスン入ってるって……」 『今日ですよ。 今日行きます。 夕方レッスン終わってから』 「そりゃ嬉しいけど、今日は俺雑誌の仕事が急に入って、終わんの深夜だと思……」 『それでもいいです、待ってます。 明日の学校もちゃんと行くから、いいでしょ?』  なんて事だ。  あの気弱で卑屈だった葉璃が、こんなにも主張できるようになっているなんて感動した。  しかも聖南にとっては願ってもない事で、深夜までかかりそうな撮影と取材にも俄然やる気が出るというものだ。 「葉璃が来てくれるんなら俺はそれだけで頑張れるわ。 コンシェルジュに伝えとくから、家入って待っててほしい。 多分遅くなるから家ん中好きに使って、寝てて構わねぇから」 『分かりました。 ……聖南さん、俺、…聖南さんの事好きです。 離れないですからね』 「あぁ、俺も好きだよ。 ……じゃあまた後でな」  葉璃の言葉に胸が熱くなって、じゃあ……と言ったものの名残惜しいと指先が拒否し、なかなか通話終了の文字を押せなかった。

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