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寝汗をかいたからと慌ててシャワーを浴びた葉璃は、再びスーツに袖を通していた。
短時間だがぐっすり眠れたおかげか元気いっぱいで、ドライヤーで葉璃の髪型をセットしてやっている聖南に、何だかよく笑い掛けてくれる。
淀みなく真っ直ぐ聖南を見詰めての笑顔は貴重で、思わずまた欲望が目を覚ましそうになるが、これからお披露目と、さらにはその後memoryのダンスレッスンに向かわなければならない葉璃に、身勝手な欲はぶつけられない。
「よし、いいんじゃね?」
「よく分かんないけど、いいと思います」
中身は大きく変化した葉璃だが、この見てくれを自覚するには未だ至っていない所は頭が痛い。
「……葉璃さぁ、いい加減自分の容姿をちゃんと把握しとけよ? あ、そうそう、荻蔵にほっぺた膨らませたとこ見せたろ」
「ほっぺた? あ〜どうだろ。 荻蔵さん一言多いからイラッとする事多いですけど…」
「俺以外の奴に見せるな。 狙ってやってない分、余計に質悪りぃから」
「あ! そういえば、それ狙ってやってるのかって荻蔵さんに言われました。 これの事?」
言いながらぷぅっと頬を膨らませた葉璃が振り返ってきて、それだよそれ…と不意打ちの上目遣い攻撃に肩を竦ませた聖南は、窄まった唇にチュッとキスをした。
そして葉璃の首筋にかかる髪を除けると、
「もう降りないといけねーから、これで許してやる」
そう言って項に強く吸いついた。
「痛っ」
昨日つけた4つのキスマークの隣に、痛々しさが倍増のもう一つ追加だ。
「それどうやってやってるんですか? お腹とか太ももにもいっぱいありますけど…チクッてするんですよねー」
だからやめてほしいな〜と言葉が続きそうだったが、不満そうに唇を尖らせて黙ったのでそこは無視を決め込む。
キスマークをやめるだなんて、聖南には出来ない。
もっと言えば、ちょっと控えて下さいよとお願いされたとしてもそれすら無理だ。
「その痛みで愛を感じるだろ? だから良し」
聖南も鏡の前で自身の髪型と身なりを整えて、忘れ物はないかと室内を見回す。
「え、自己完結!」
「あははは…! いや、でもマジで、それは愛の証みたいなもんだからな。 葉璃は俺のもんだぞーっていう」
せっかく今しがた鏡の前で顔の表情筋を引き締めたところに、鋭い突っ込みにまたも笑かされてしまい目尻の涙を拭った。
カードキーを持って、まだ唇をツンと尖らしている葉璃の背中を押して部屋を出た。
「あ〜緊張するー…! あんなにいっぱい人が居たから、やっぱドキドキが……」
小声でそう言う葉璃は、手のひらに人の文字を何度も書いて飲み込んでいる。
そんな古典的な事しても…と笑いながらエレベーターに乗り込むと、まだそれを続けている葉璃の腰を抱いた。
「何にも気にしないで、素直に話せばいいって。 緊張すんなら、会場にいる人等みんな、じゃがいもだと思えばいいんだよ」
「無理ですよー! じゃがいもじゃないですもん!」
腕の中で、あんなに大きいじゃがいも無いし…としみじみ呟かれ、また聖南の笑いを誘った。
もう二度とシングルルームなど借りないと、やはり部屋に不満しか感じていなかった聖南は、実父の事で沈んだ気持ちをも忘れ去り、愛しい葉璃を抱く手に力を込めた。
エレベーターが一階に到着するまでのほんの数十秒、葉璃の細腰を堪能した聖南もまた、心が元気になっていた。
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