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39☆ 3・アキラとケイタはセナハルの味方

 結局のところ、話を聞く限りではやはりセナが怖じ気付いてるだけのようだ。  この仕事を無き物にしてしまった事で、それをハルに話して仕事をしていないと判断されたら、「嫌いです」とまた言われてしまう、と。 「その仕事NGなの、俺達でも納得の理由なんだからさ、セナ。心配しなくても、ちゃんと説明したらハル君は嫌いとか言わないって」 「ケイタ……お前、いっぺん笑うのやめろ」  セナの隣でクスクスが止まらないケイタは、肩を揺らしながらも励ましているつもりなのだが、セナからするとバカにされているような気がしてならないらしい。  くっつこうとするケイタをグイと向こうにやるセナを見て、アキラは唐揚げを頬張った。 「やっぱなー。セナ一人でぐるぐるしちまうその癖、なんとかしねぇとな」 「ほんとほんと。あ、アキラ、その唐揚げの皿取って」 「はいよ。じゃ俺そっちのシーザーサラダ取って」  二人はセナのしょんぼりの原因を知って安心し、途端に食欲旺盛になった。  モデルの一件を抱えたこんな状態のセナを一人にしておけない。何より現場で鉢合わせるセナがこのまま抜け殻で居られると、ジメジメして気分が良くない。  アキラもケイタも、セナの生い立ちを知るあまり過剰に心配してしまいがちだが、この数カ月は大したことのない些細なすれ違いでセナは病んでいく。  それはハルも同じなのだろう。  恋愛経験のないセナとハルは小さな事で周囲を巻き込むほど思い悩み、それが結果、惚気に変わったりするのだ。 「今日のこの集まり何なんだよ……」  黙々と食べて飲んでを始めた二人を、セナは眼鏡を上げながら不満そうに見詰めた。 「セナ、そのビールもう抜けてるだろーから次のやつ頼めば?」 「いらねぇって。水でいい」 「何だっけ、セナが好きだった甘いやつ。それ頼めばいいじゃん」 「あー何だったっけ!? セナ!」 「うるせぇ。今のお前らに言うとめちゃくちゃ笑われそうだから言わない」  セナはお酒が強くない。  美味しいともあまり思わない、と言っているのを、打ち上げや食事会の度に聞かされていたアキラは、セナが唯一「美味い」と微笑んだそれの名前を思い出せずにケイタと悩んだものの、セナは教えてくれなかった。  ウーロンハイを飲み干したケイタがふと腕時計を見て、アキラに目配せする。  視線に気付いたアキラが何気なくスマホをいじり始め、ケイタにまた視線を戻して頷いた。  刺し身にわさびをべったり付けて食べようとしている辛党のセナは、その二人の合図には気が付かなかった。  アキラがスマホをいじって数分後、個室の扉の向こうから成田の声が聞こえた。 「おーい、三人いるかー?」 「いるよ〜。どうぞー」  ケイタが返事を返し扉が開かれても、成田が合流したとて何ら違和感がないと思っているのか、セナは顔を上げずに蟹と格闘していた。  その様子を見ていたアキラとケイタは、いつその存在に気付くかなとまたも笑いをこらえるのに必死だった。  蟹と数分格闘していたセナが、ようやくケイタに「そのハサミ取って」と顔を上げた瞬間、持っていた蟹の足をポロッと皿の上に落とした。 「なっ……」  成田の隣には無表情のハルが居て、セナをジッと睨んでいる。 「……なんで……」  その額には怒りマークがびっしりと浮かび上がっていて、セナは蟹臭い手を拭こうとおしぼりを持ったが情けなくその手は震えていた。  よほどセナはハルと会うのが怖かったのだとアキラは察知して、ひとまず一度立ち上がる。 「ケイタ、こっち来い。成田さんも。ハルはセナの隣な」  アキラの言葉に各々が動き始め、ハルもそれにならいセナの横にちょんと座った。  だがセナはじわーっと掘りごたつから足を上げて、ゆっくり部屋の隅へと逃げていく。 「……無理、……無理!」 「何が無理なんですか」  一定の距離を保ったまま無言で見詰め合うセナとハルを、向かいに座る三人はその様子をしばし見届けた。  動揺を隠し切れないセナの前で、ハルは小さく息を吸い込んだ。 「……聖南さん。……俺の事、嫌になったんですか? ……だとしたら、帰ります。もういいです」 「も、もういいって……違う! 嫌になんかなってねぇ! なるわけねぇだろ!」 「じゃあなんで連絡くれなかったんですか? 何日も何日も。既読も付かないなんて、おかしいじゃないですか。あれだけ毎日連絡しろってうるさかったのに」 「……それは……っ」 「言えないんなら、俺がここに来た意味がないから帰ります。……お邪魔しました」  戸惑うばかりのセナを、ハルは毅然と置き去りにするべく立ち上がった。  怒っていた表情が悲しげなものへと変わり、そんなハルの背中をセナは情けない顔で見詰めているだけだ。

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