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興奮気味に電話を切った春香が、肩で息をしながら聖南達を見た。
「葉璃、佐々木さんと居るみたいです……」
「──ッッ! なんでアイツと……!?」
春香の剣幕と電話の様子から、そうらしいと思ってはいたが何故よりによって佐々木と一緒なんだと、ぶつけようのない怒りに拳が震えた。
まさか本当に聖南とは終わりにして、佐々木と付き合うつもりなのだろうか。
よくない結末と、一瞬にして膨らんだ嫉妬心に聖南の中で何かが弾けてしまった。
── い、いや、それはない、絶対ない! ……ないよな、葉璃!?
逃げたのは聖南のためだというのは、聖南の都合の良い解釈だったのだろうかと嫌な結論に達すると、視界がグニャリと曲がりクラクラと目眩がしそうだった。
「よく分からないですけど……一時間後に裏梨海岸に葉璃を送ってくれるらしいので、父に言って迎えに……」
「俺行く。俺が、……俺が、俺が行かなきゃ……」
アキラとケイタが見詰める中、聖南が心ここに在らずで同じ台詞を繰り返す。
葉璃を失ったら生きていけない。
たとえどんなに「聖南のため」だと言われても、そんなものは別れる理由にはならない。
今葉璃の隣に居るのは、聖南ではなく佐々木だ。
彼にだけは絶対に渡せないと心中息巻いていたというのに、この状況は “最悪” と言って良かった。
しばらく呆然と立ち尽くしていた聖南は、春香に向かって唐突に「ご両親は?」と尋ねた。
聖南の据わった目にギョッとした春香から和室へと案内される。そっと襖を開けると、葉璃を案じた両親が子機を奪い合うようにして揉めていた。
両親の視線が同時に聖南へと注がれるや、深々と一礼して畳の上に正座した。
「まぁ、セナさんっ」
「君は! テレビでよく見るぞ!」
聖南が現れると、二人はそれぞれの作業の中断を余儀なくされた。
近い将来、葉璃を貰いに来なければならないとの思いから、失礼があってはならない聖南は両親を真摯に見据える。
「お忙しい時間に失礼します。葉璃君の先輩である僕が一緒に居ながら、このような事態を招いてしまって誠に申し訳ございません。……葉璃君は見付かりましたので、どうかご安心下さい」
「え!? 見付かったの!?」
「はい。ご両親も春香ちゃんの事でよくご存知だと思います。佐々木さんと一緒だそうです」
「そうかそうか、居所が分かりさえすればいい。安心したよ」
「まったく〜〜! 人騒がせな子ね! 帰ってきたら叱り飛ばさなきゃ!」
父親の方は安堵の溜め息を吐いていたが、母親の方は怒りに任せて葉璃を叱る気満々だ。
聖南はそんな母親の瞳をジッと見た。思わず旦那の隣でその頬を染めさせてしまうほど、熱烈に見詰めた。
「お母さん、葉璃君はデビューを控えてとても複雑な心境下にいるんだと思います。それには僕との関係も絡んでいますから申し訳ないの一言に尽きます。帰ってきても、葉璃君を叱るのではなく、無事で良かったと抱き締めてあげて下さい。今後は僕もより一層、葉璃君とは密接になる事と思いますので、このような事態を招かないよう努力いたします」
「……セナさんがそう仰るなら」
見た目に反した聖南の真っ直ぐな姿勢と言葉に、両親は呆然とその整った顔を見詰めていた。
ふんわりと葉璃との関係を匂わせて立ち上がり、もう一度頭を下げた聖南はリビングへと戻る。
「じゃ……行ってくる。アキラ達はもう帰んだろ? 悪かったな、騒動に巻き込んじまって」
「俺らも行くに決まってんだろ。セナ、お前正気失いそうで怖えよ」
「大丈夫だって。俺は冷静」
「その目で「冷静」なんて言われても誰も信じないよ。俺たちも付いてくから、……アキラ、先頭走って」
「あぁ、分かった」
「大丈夫だっつってんのに」
佐々木と一緒だと聞いた聖南がおもむろに両親の元へ話しに行った事で、少しは彼の動揺も落ち着いているかと思ったらまったくそうではなかった。
アキラとケイタは顔を見合わせて立ち上がり、両親と春香に声を掛けてすぐさま玄関を出た。
何しろリビングに戻ってきた聖南の瞳が、かつてヤンチャしていた頃の面影が色濃く出ていたのである。
アキラの言う「正気」をすでに失っていそうで、葉璃と共に居るという佐々木と乱闘にでもなったら目もあてられない。
「あ、なぁなぁ、俺も行くっすよ!」
「忘れてた、荻蔵の存在……」
まるでこの緊迫した状況を把握していないかのような荻蔵の声に、ケイタは苦笑を漏らした。
佐々木が指定した裏梨海岸までアキラが先頭となり、聖南が二番目、その後ろにケイタ、荻蔵の順で走った。
ハンドルを握る聖南の瞳は依然として血走っているが、本人にはその自覚が無い。
葉璃が逃げ場に選んだのが佐々木だという事が、どうしても納得がいかなかった。
このまま鞍替えなどされた日には、以前葉璃にポロッと口走ってしまった事を現実にしてしまいかねなかった。
── 俺以外の奴と寝たら相手殺すぞ。マジで。
葉璃の気持ちが一番大切だ。相手の事を思うあまりの行動であっても、聖南にはまだそこまでの踏ん切りが付かない。
「二度と離れない」と言って抱き締めてくれた、あれこそが真実であってほしい。
── 葉璃の本当の気持ちが、聞きたい。
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