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さすがと言うべきか、収録中は何ら問題の無かった聖南は現場をひとしきり盛り上げて収録を終え、控え室へと走って戻った。
一目散にスマホを確認するが、やはり葉璃からは何も届いていない。
聖南も忙しく、朝と夜の挨拶しか送れていないのだが、既読は付いているのに葉璃からの応答がないのでもはやスマホを触るのも怖くなってきた。
「プロ根性を見たぜ」
遅れて戻ってきたアキラは、スマホを確認中の聖南のジメジメしたオーラを見て思わず笑ってしまった。
ケイタは来クールのドラマが決まっていて、そのプロデューサーとロビーで楽しげに会話をしていたので置いてきたアキラだ。
「お疲れー! お、セナとアキラだけか」
収録途中から合流していた成田が控え室へ入ってくると、早速タブレットを取り出している。
タブレット片手に颯爽と仕事をしている佐々木の姿を見て真似しているらしい。
「ケイタは今ドラマのプロデューサーと話してる」
「そうか。 あのなセナ、ツアーの事で話が……って、セナどうしたんだ?」
「あーセナは今、まともに話できねぇかも」
「何で?」
勘の鈍い成田が、パイプ椅子で廃人のようになっている聖南を見付けて不思議そうにアキラに視線を戻した。
アキラは苦笑しながら小指を立て、「ハルの事でちょっとな」と小声で匂わせると、成田もようやく勘付いたようだ。
「なるほど。 ……セナ、その葉璃君達のツアー同行の日程なんだけどな」
「んあ? ………何?」
成田も仕事なので、ジメジメな聖南の隣に腰掛けてタブレットを無理矢理見せた。
「おいおい大丈夫かよ。 …葉璃君と恭也君の通う学校とご両親とも相談して、この日程なら二人に無理がないだろうって事で…」
「あぁ、日程な。 …………了解。 とりあえずそれ俺のスマホとパソコンに送って、予備で一枚印刷しといて」
「分かった」
「デビュー会見は何日だっけ?」
「7月19日、デビュー曲の発売が8月21日だ」
「りょーかい。 …一回聞いた気がするな」
鳴らないスマホを握り締めたまま力無くタブレットを見詰めている聖南の肩口から、そろそろ本当にきのこが生えそうである。
アキラは衣装から私服に着替えて、聖南にコーヒーを淹れてやった。
恋人が多忙で連絡が取れなくなるなどほんの些細な事なのに、いつもの王様のような聖南がこうなってしまうとは毎度ながら手がかかる。
「成田さん言ってたよ、ちょっと前に。 セナ、お前も無理してんだろ? ちゃんとメシ食えよ?」
「食ってるって。 ………コーヒー」
「食いもんを食えっつーの!」
恋をすると食欲が無くなる漫画みたいな女子か!とアキラは突っ込みたかった。
コーヒーの飲み過ぎで気持ち悪くなり余計に食べ物を受け付けなくなるのだが、聖南はそれすら分かっていないので唯一口にできるコーヒーばかり飲むようになっていく。
それが悪循環を生むとアキラは分かっていても、四六時中聖南と一緒に居て見張るわけにもいかない。
葉璃も多忙と疲労でクタクタらしい事は分かるが、一通だけでも聖南にメッセージを寄越してくれないかとお節介の電話だけしてみよう。
「じゃ、俺は新人の子のところ行くから。 ツアー開始までにセナが復活してる事を願っとくよ」
「それは大丈夫。 さっきもプロ根性見たし」
アキラの言葉に、成田は苦笑しながら控え室を出て行った。
聖南はまだ衣装を脱ぐ気が無さそうなので、アキラは早速葉璃に連絡をしてみるべく成田の後を追うように人気のない廊下へとやって来た。
「世話の焼ける二人だな、まったく…」
聖南にすら連絡が出来ないのだから、自分が電話をしたところで無意味かなと思ったが、着信さえ残しておけば葉璃は必ずかけ直してくるだろう。
恐らく聖南も電話をしたいのだろうが、葉璃が忙しいと分かっていて掛ける事が出来ずに、あんな状態になっているのだ。
呼び出し音が長く続くので切ろうとした矢先、『もしもしっ』と慌てた様子の葉璃が電話口に出た。
「あ、ごめんな。 忙しい時に」
『アキラさん? お久しぶりです! あの日は大変大変大変ご迷惑お掛けしました』
あの日とは、葉璃が聖南から逃げ出した日の事を言っていて、律儀な葉璃に「気にするな」と笑って返してやった。
「ところで、セナがまたジメジメしてるから葉璃から何かコンタクト取ってやってくんない?」
『あぁ! そうなんですよ、最近スマホあんまり触れてなくて…! 聖南さんまたジメジメしてるんですね』
「ハル忙しいんだろ? ケイタも、ハル達かなり疲れてるように見えるって言ってたし。 っつーか今時間あんなら、一分でいいからセナに電話してやってくれる? ……悪いな、面倒な大人で」
『いえ、そんな…! 俺が悪いんで! ジメジメ解消できるなら連絡してみますね! 今掛けて大丈夫なんですか?』
「大丈夫大丈夫。 セナ控え室でゲッソリしてるから早く掛けてやって」
『分かりました! アキラさん、またまたご迷惑掛けてすみませんっ。 失礼します』
忙しさも相まってなのか、葉璃の声が何だかハツラツとしていて可愛かった。
聖南もこうして空き時間に電話の一本掛けさえすれば、律儀な葉璃は疲れていても返してくれるだろうに。
やたらと気配りのできる聖南は自身の忙しさもありながらきっと、葉璃は疲れているかもしれない、今掛けたら迷惑かもしれない、そんな事を考えて電話も出来ず、最小限のメッセージしか打てないのだ。
王様のようにふてぶてしいかと思えば、葉璃に本気な聖南は葉璃を想うがあまり消極的になるらしい。
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