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52❥ 10P
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そこはデビュー曲のMV撮影という、葉璃達ETOILEにとっては最初の一歩と通ずる神聖で大切な場所。
同じ世界に居るものとして、聖南は己の欲望に打ち勝ってキスさえも我慢した。
なぜなら、ただ一つ、終わったら聖南の自宅に泊まる事を約束させたからだ。
翌日も撮影があるからと渋る葉璃に、
「お前の恋人が欲求不満過ぎてこの場で押し倒してぇくらいムラムラしてんだけど、俺ん家でヤんのと今すぐここでヤんの、どっちがいい?」
と限りなく大人げない二択を迫ったところ、葉璃は当然ながら聖南の自宅を選んだ。
撮影は22時終了目処らしく、ラジオとミーティング終わりにここに迎えに来るからと言い残してラジオの現場にやって来た。
例によってニコニコで現れた聖南に、アキラとケイタからは今度は「お花畑」とあだ名を付けられたが、何にも気にならない。
浮かれてしまうだろう、前回のお泊まりから二週間以上も経っているのだから。
生放送なのでどんなに焦ってもラジオは巻きでは終わらない。
ならばミーティングを巻けばいいと、聖南はいつもより快活に発言して周囲を焦らせ、見事20分の短縮に成功した。
足早にその場から去る際、アキラとケイタに「明日も撮影あんならハルをぶっ壊すなよ」と釘を刺されたが、それにも満面の笑みで返してやる。
「ぶっ壊しはしねぇよ、大切な俺のもんだから」
そう言うと二人は「はいはい、ご馳走さま」と苦笑を浮かべていた。
車を走らせて20分、短縮した分だけ早く到着出来たが、葉璃を待たせている事には変わりないので急いで連絡を取る。
「葉璃か? お待たせ。 もう着くから出といで」
『分かりました』
「恭也は?」
『あ、もうお迎え来ちゃってて居ないです』
「そうか。 あと一分で着く」
はーい、と返事をする葉璃が、聖南から逃げずにちゃんと、知らない者ばかりのスタジオ内で待っていた事に頬が緩む。
初めての事ばかりでひどく疲れただろうから、アキラとケイタの言うほどそんなに抱いてやるつもりはない。
欲求不満なのはいつもの事なのでさておき、聖南はただ葉璃の傍に居たかっただけだ。
小さな体を抱き締めて眠りたい。
すべすべなほっぺたにスリスリして、聖南と同じになった葉璃の匂いを嗅いで、ちょこっとだけセックス出来れば十分だ。
素敵な今夜の妄想に花を咲かせていると、スタジオ入り口から現れた普段の葉璃が聖南の車を見付けて走り寄ってくる。
『……わ、かわい。 走ってる』
小走りな葉璃は何故か後部座席にぴょんと乗り込んできて、思わず聖南は「おい」と突っ込んだ。
「なんで後ろ乗るんだよ」
「マスコミの人居たからだよっ」
「は? どこ?」
「ほら、あっち…」
「お、マジだ。 デビュー会見の日取りが決まって挨拶回りもやってっから、葉璃達の事追ってるんだな」
「聖南さんのスキャンダルの時に居た人達だったから、すぐにマスコミの人だって分かったよ」
「…………不名誉だ…」
過去二回に渡る特大スキャンダルで、自宅前で張り続けるマスコミをたまにしか見なかったであろう葉璃さえもその顔を覚えていたとは。
聖南にとっては耳の痛い話なので、マスコミに追い掛けられる前に早々とその場を後にした。
走り出した車窓から疲れた様子で外を眺める葉璃へ、ルームミラー越しに聖南は労いの笑顔を向ける。
「葉璃、お疲れさん。 撮影初日どうだった?」
「聖南さんもお疲れ様です。 …うーん、何かドキドキしてたら終わっちゃいました。 はじめは注意ばっかされてたけど、オッケーって言われると嬉しかった」
初めて尽くしの今日、聖南は本当は開始から付いていたかった。
注意されたり怒られたり、新人のうちはこうしてこの業界の事を学んでいく。
それを分かっていても、葉璃に窮屈な思いはさせたくないと案じていたが、葉璃なりに「がんばった」のだろうから褒めてあげたい。
「そうか。 分かんない事だらけで最初は戸惑うかもしんねぇけど、一回やっちまえば流れは掴めるから。 今日でだいぶもう分かったろ?」
「うん、少しだけですけどね。 …いっぱい人が居たから、そっちにも緊張しちゃって……今日もたくさん恭也に助けられてしまいました」
「最初のうちはそれでいい。 初っぱなから完璧な奴なんかいねぇよ。 葉璃は特に緊張しぃだしな」
大勢のスタッフが見守る中、何時間も注目され続けていた葉璃は、手のひらに人という文字を頼りにようやっとやりきったようだ。
本番の声が掛かるまでそれを一心不乱にやっている様を、聖南と恭也は微笑ましそうに、そして大人達も目尻を下げて見ていた。
MV撮影の監督も、今日だけでもう、初々しい葉璃の可愛さやあどけなさが分かっただろうから、明日はさらにその良さを引き出してくれるに違いない。
近頃、聖南と会話するお偉方は口を揃えて言う。
「緊張してます」など見せかけで、中途半端な対応しかせず結果を残さない新人が増えていると嘆いていた。
だが聖南の目から見ても、恭也も葉璃も腰の低さと謙虚さはどこの誰にも引けを取らない。
パフォーマンスに至っては、まだ二人で合わせ始めて半年ほどしか経っていないはずなのに完璧だったのだ。
二人ともそれぞれに才能があり、この世界では最も重要な華もあり、謙虚さも持ち合わせいるなんて、伸びしろが凄まじいと聖南は感心している。
「……聖南さん来てくれてからは、あんまり緊張しなかった。 久しぶりに会えたし、緊張もほぐしてくれたし、すごく嬉しかったです。 …ありがと、聖南さん」
「………………どういたしまして」
おまけに素直で、少しもすれていない。
真っ直ぐな感謝をルームミラー越しに伝えられて、聖南もどうしようもなく照れた。
可愛く遠慮がちなのは以前と変わらず、落ち着いてきた卑屈さとネガティブさも、もはや聖南にとっては長所だ。
たまにふと思う事がある。
聖南が恋するには勿体無いくらいの子だ、と。
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