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今日は二人での撮影が主だった。
昨日のソロでの撮りがOKだったと聞いた時は、ほんとに安心した。
カメラに向かって丸一曲中ずっと表情を変えながら口パクするのはかなり難易度が高かった。
恭也は一回目で流れとコツを掴んで、すぐあとの二回目で即OKもらってたからどんなもんかと思ったけど、二人で踊る撮影よりも遥かに難しくて。
まずカメラ目線っていうのがなぁ。
流れは掴めても、どうしても照れと緊張でぎこちなくなってしまうから、その苦手なソロ撮りが終わったともなればあとはこっちのもんだ。…と、思う。
だからって緊張が解けるわけもないから、スタンバイしてる恭也の横でスタートの声がかかる直前まで手のひらに人を書いて飲み込んでたら、監督さんがアドバイスをくれた。
「ハル君、おいで。 今日は極力、カメラを意識しないでいいから、目線って合図飛ばした時だけカメラ見てくれ。 目の前にスタッフがいるとどうしても、見られてると知って固くなるだろうから、その意識も外していこう。 君たちは今無人のレッスン場に居て、そこでの最終リハだと思って全力を出して」
「はい、分かりました。 ありがとうございます! がんばります!」
「がんばって」
人文字を書いていた手のひらをグッと握って力強く頷くと、監督さんはニッコリしてくれたから俺は恭也の隣に戻る。
目の前にはニ台の大型カメラ、一台のクレーンカメラがすでに俺達を狙っていて、その奥には監督さんやディレクターさん、音声さんや照明さん、ヘアメイクのアカリさんとサオリさん、衣装さん、事務所の人達等ほんとにたくさんの大人が居る。
スタッフさん全員だと三十名近くがこの現場に居て、俺達のデビュー曲のためにこれだけの人数が働いているのかと思うと自然と気合いは入った。
昨日よりスタッフさんが増えてるせいで緊張がより増すけど、やらなきゃっていう使命感は確実に芽生えた。
監督さんがスタッフさんとまだ話をしてたから、大切な親友でもある恭也に勇気を貰うために間近まで近付いて行く。
無表情な俺に気付いた恭也が、光沢のあるアクアブルー色のネクタイを締め直しながら俺に笑いかけてくれた。
「………葉璃、笑って? 葉璃は、笑顔が一番、可愛いんだから」
「い、いや…可愛くなくていい。 …恭也、緊張しないの?」
「するよ。 少しだけ。 でも、俺よりガチガチな子が隣に居るから、俺が緊張してる場合じゃ、ないでしょ。 約束したからね、ここは俺が、引っ張ってあげる」
そう言って笑顔を見せてくれた恭也を、一眼レフカメラを持った人がその姿をおさめようと数回シャッターを切った。
恭也も絶対緊張してるはずなのに、俺がそれを遥かに上回る勢いでガッチガチだからか、あの日の会話を持ち出した。
「俺が葉璃を引っ張るのは、スタートまで。 始まりのカットかかったら、そこからは、葉璃がリードして。 曲が流れたら、葉璃は無敵になるから、俺はそれに付いていく」
緊張しぃはそんなに簡単には治らない、そこは自分が引っ張るから、俺にはダンスで引っ張ってって事か…。
このETOILEとしての初めての撮影から、俺達はカメラに立つ事を生業にする自覚を持たなきゃいけない。
恭也が言ってた「俺達が補い合えばいいでしょ」って言葉が今頃になって身に染みた。
俺はダンスには自信がある。
覚えが早いだけじゃない、動きも、ステップも、細かな振りも、曲と同化出来てしまえる。
レッスン生時代は歌に重きを置いていた恭也と俺との違いは、そこしかない。
「………うん、…うん。 恭也、俺がんばる。 補い合えば、俺達はうまくできるよね。 大丈夫だよね」
「そうだよ。 俺と葉璃が、一心同体にならないと、ETOILEとして完成しない。 お互いが出来る事を、精一杯やるだけ。 自ずと結果も、ついてくる。 絶対に」
「うん、精一杯やるよ。 恭也、ありがと。 俺やれそう」
「良かった。 ……笑顔、ね」
「そ、それは難しいかもしれないけど…」
固くなった俺の表情筋が可笑しいのか、微笑みを崩さない恭也にほっぺたを指先で押された。
その瞬間にもまたシャッターが切られた音が聞こえて、俺達は今まさに芸能界に飛び込んだんだなって実感してしまう。
複数のカメラとたくさんの大人、キラキラしたいくつもの照明と鮮やかなバックグラウンド。
数カ月前まで素人だったとは思えないほど着飾った俺達が、この場に居る偶発的状況。
二人ともが根暗だっていう奇妙なダンスユニット、ETOILE。
この世界に完全に馴染むなんてまだまだ考えられないほど、俺達は最初のスタートラインに立ったばかりだ。
「はーい、撮影開始するよー」
話を終えた監督さんが全員に向かって号令を掛けた。
昨日に引き続き、聖南が生み出したETOILEのデビュー曲、「silent」のMV撮影二日目が始まった。
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