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memoryのライブ終了後、事務所のお偉方やスタッフ達と打ち上げがあるから聖南達もどうかと誘われたが、丁重にお断りした。
恭也は迎えが来ていたので早々と別れ、ドラマ撮影の真っ最中だったアキラとケイタは、戻り時間を大幅にオーバーしていたためこちらも急いで現場へと向かって行った。
二人は葉璃に再度労いの言葉を掛け、このライブの経緯を明日聖南から聞く事を楽しみに、だ。
「── 聖南さん、ちょっと待っててもらえますか」
車中もどこか上の空だった葉璃を無言のまま自宅に連れ帰った聖南は、玄関口で靴を脱いだところでそう言われた。
「ん? どしたの」
「えっと……、ちょっとだけ! お、俺、聖南さん特製の紅茶飲みたい!」
「あぁ、淹れてやるよ。……てか中入れば?」
「だ、だから、ちょっとだけ待ってて! 三分! あ、いや、五分だけ! 付いてこないでくださいね!」
「はぁ?? っておい! 葉璃!」
なかなか靴を脱ごうとしない葉璃を訝しんでいると、五分だけ待ってと言い捨てて勢いよく扉を出て行った。
「……何なんだ??」
今日の葉璃は一体どうしたというのだろう。
あの魅惑のライブといい、今の「五分待って」といい、まったく訳が分からない。
葉璃が飲みたいと言っていたので、とりあえず紅茶を淹れて待っていよう。
付いてこないでとも言われたので追い掛ける事も出来ないし、五分だけならと大人しく部屋着に着替えて紅茶の仕度をした。
ちょうどティーカップにアプリコットティーを注ぎ終えたところで玄関先のインターホンが鳴り、「ん?」と声を上げながら扉を開けると ──。
「聖南さん、お誕生日おめでとうございます」
「…………」
そこには、2と4の数字のロウソクに火を灯してあるチョコレートケーキを大事そうに両手で持った葉璃が居た。
両手が塞がっているため聖南が扉を支えてやると、二歩進んできた葉璃がもう一度視線を合わせて「おめでとうございます」と微笑んできた。
すでに火を付けてあるので、葉璃は聖南とほんの少しだけ距離を取る。
葉璃とケーキを交互に見て、扉を支えていた腕をそっと下ろした。
── ……なんだ……そういう事だったのか……。
「…………」
聖南は言葉を失った。
葉璃がようやく視線を合わせてくれたというのに、今度は聖南がその瞳を見られなくなった。
── ……嬉しい…………嬉しい…………!!
今日が誕生日である事はもちろん忘れていなかったけれど、まさか葉璃がケーキを用意してくれているとは思ってもみなかった。
聖南は脱力したようにゆっくりとしゃがみ込み、両手のひらで自身の顔を覆う。
「聖南さんっ!? 大丈夫!?」
「…………大丈夫。……感動してるだけ……」
「そ、そうですか、あの、これ危ないんで……聖南さんこっちこっち」
パタパタとリビングへ駆けて行った葉璃を、神妙な面持ちで追い掛ける。
ケーキをダイニングテーブルに置いた葉璃が、早速部屋の灯りを消してしまい、ロウソクの温かい光だけが二人を優しく包み込んだ。
くだものがふんだんに使われている美しいケーキの前に立つ葉璃の隣に来ると、見上げてきて可愛く笑顔を向けてきたので、思わずその肩を抱いて引き寄せる。
初めての感情が湧いた。
心ではとても喜んでいるのに、どうして目の奥が熱くなるのか。
「はい、これ消してください」
「…………ん」
ケーキのロウソクを指差され、目頭を押さえた聖南は迷い無く吹き消そうとした。
「あ!! 待って、聖南さん。心の中で願い事してから火を消すんですよ!」
「願い事?」
「そう! 早く早く。ロウが垂れますっ」
── バースデーケーキのロウソクは願い事をしてから消すのか。
それを初めて知った聖南は、フッと優しく微笑んで瞳を瞑った。
── ……葉璃と一生一緒に居られますように。
「…………」
聖南の願い事はこの一つだけだ。
きっと、来年も再来年も、その先もずっと、この願い事しか思い付かない。
少し屈んで、ロウソクの火を目掛けてふっと息を吹きかけた。
火を吹き消したせいで辺りが暗闇になってしまったが、肩を抱いていたおかげで葉璃はこの手の中に間違いなく居る。
視界は良いとは言えなかったが、葉璃が見上げてきた気配がしたのでおもむろに唇を奪った。
殊更に甘い、触れるだけのキスを数秒した。
「…………」
「聖南さん、お誕生日……おめでとうございます」
じんわり唇を離すと、葉璃が聖南の胸にしがみついて三度目の「おめでとう」を言ってくれた。
また、目頭が熱くなる。
知らない感情を味わい続けていた聖南は、愛おしくてたまらないその体を力の限り抱き締めた。
生まれて初めてだった。
バースデーケーキのロウソクの火を自宅で吹き消し、しかもそこには愛する人が共に居る。
去年の今頃は考えられなかったとてつもなく大きな幸せを、くっと噛み締めた。
「……ありがとう。今までの人生で、間違いなく最高の誕生日だ」
「……良かった……。聖南さん、生まれてきてくれてありがとうございます。俺を見付けてくれて、……ありがとうございます」
聖南の胸の中で、恥ずかしいのか顔を埋めたままくぐもった声でそう言う葉璃を、さらに強く抱き締めた。
── 俺の方こそ……ありがとう、葉璃。
口を開けば声が震えてしまいそうで、抱き締める事で感謝を伝えられたらと思う。
可愛くて愛おしくて、大好きでたまらない。
言い足りないけれど言わずにはいられないこの気持ちを、今は言えそうになくて。
葉璃がふいに顔を上げないように、聖南はそのまま抱き締め続けた。
今だけは、もう少しだけこうしていてほしい。
涙は見せたくない。
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