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 着席した恭也からマイクを渡された葉璃が、今にも倒れそうなほどに緊張した面持ちで立ち上がる。  マイクを持つ手が微かに震えていて、テレビの前で見守る三人は息をする事も忘れて画面に食らいついていた。 『く、倉田葉璃、十七歳です。……こ、こんなに集まって下さってるとは思いもよらなかったので、とても緊張しています。ここに集まってくれた皆さまや、この会見を見てくれている方々に、良いパフォーマンスを見せられたらと……お、思います。よ……よろしくお願い致します』  カタカタと震えながら着席した葉璃に浴びせられるフラッシュを見て、三人は一様に息を吐いた。  震えてはいたけれど、思った以上にきちんと喋れていたので良かった。  見ている側の方が何ともヒヤヒヤした。  顔も体もガチガチにはなっていたが、あれだけの容姿でこんなにも初々しい語りは、きっとあのパーティーでの好評価と同様の結果になるだろう。  ひとまずは、ホッとした。 「……こっちまで緊張するよ……」 「ちゃんと喋れてたな」 「……あぁ。……良かった……」  三人揃って安堵の溜め息を何度吐いたか分からない。  広報担当者がデビューに至った経緯や今後の見通し、二人への仕事依頼などの説明、デビュー曲の発売日とすでに決まっているイベントの案内を次々と述べているが、三人はまともに聞いていなかった。  とにかく、この控え室内は恭也と葉璃の挨拶が無事に終わった事への安心感に包まれている。  最後の質疑応答では、葉璃と恭也は長机の手前側へとやって来て芸能記者らから至近距離であれこれと質問されていた。  そのほとんどを恭也が受け答えしていて、隣に佇む葉璃はお腹の前で両手を握ってやっとの思いで立っているようだった。  どうしたらいいか分かりません!と大声で叫び出しそうな葉璃を見ながら、聖南は内心で格闘する。  ── あー可哀想……! あのオドオド感めちゃくちゃかわいーけどめちゃくちゃ可哀想……! 普段はそんなタイプじゃねぇから余計萌えだわ……!  聖南は、画面の中の葉璃に夢中だった。  ここでもテレビ本体に録画機能があると知って迷わず設定したし、自宅のレコーダーでも予約はバッチリしてきた。  予想していた通りの葉璃が目の前に居る事で、録画予約してきて正解だったとほくそ笑む。  近頃は本当によく表情が変わるようになって、おまけに聖南へのタメ口が少しずつ解禁されているのでより恋人感が増してきた。  聖南の元から逃げた大事件以来、葉璃が目に見える愛をたくさん聖南に与えてくれている。  感情表現を隠さず出してくれるようになったので、以前から葉璃にメロメロだったはずが最近ではそれをも超越し始めていた。  いつもナチュラルな葉璃が、緊張してガチガチになっている姿は悶えそうになるほど見ていて愛おしい。  録画していればいつでもそんな葉璃を見られる。  大事な記念だからと言い訳をしつつも、内心では相当に邪な思いを抱いていた。  可愛いけど可哀想、でも可愛い、でも可哀想、そんな事を考えてニヤニヤしていると会見が終わり、三人は最後の安堵の溜め息を吐いた。 「はぁ……ライブより緊張したかも……」  ケイタが胸元を押さえて呟いた。  そして何故か、テレビの前に三つ並べたパイプ椅子の中央の席を聖南から奪ったアキラも、顔から苦笑が抜けないままである。 「マジで俺の寿命縮まったんじゃねぇかってくらい心臓バクバクだったわ。なぁ、セナ?」 「俺も俺も。初々しくて可愛かったね」 「可愛かった……うん、確かに可愛かったな」  ワイドショーの司会者がETOILEや先程の会見についてをコメンテーターと共に色々と話していて、すぐにテレビを消した。  恐らく今頃、控え室に戻った葉璃は抜け殻と化して固い椅子に腰掛けている事だろう。  実は心の中では葉璃の頭を「よくできました」と褒めて撫で回したいはずの恭也が、抜け殻状態の葉璃の前に無表情かつ沈黙のまま立つ姿が目に浮かぶ。  ───頑張ったな、葉璃……。 今すぐ抱き締めらんねぇのがツライ……。  恭也が居るから大丈夫だろうと安心はしていても、会見前に葉璃から切なげに名前を呼ばれてからは会いたくてたまらなかった。  ライブに向けて支度を開始したアキラとケイタを横目に、聖南は会場全体の最終チェックに行こうと立ち上がる。 「んじゃ、チェック回ってくるな。三十分で戻る」 「オッケー」 「了解。スタイリスト呼んでセナの衣装出してもらっとくわ」 「あざっす」  控え室を出ると、聖南は裏方のスタッフ達の元へ急いだ。  演出担当や舞台監督とは別室にて打ち合わせは済ませてあるので、向かうのは大道具や音響、照明スタッフが忙しなく働く各所だ。  それぞれの持ち場へ出向き、聖南自らが最終的なチェックをする。これは毎回だ。  企画書を提出した瞬間から、聖南はこの目の回るのような忙しさを覚悟していた。  主催者側との打ち合わせから裏方まで介入しているので、ほぼほぼ聖南の思い通りにライブは進行していて、関わってくれている大勢のスタッフ達には感謝しきりである。 「あ、そうだ」  照明スタッフの元での確認とチェックを終えて、聖南は控え室に戻る最中に大切な事を思い出した。 「……お、成田さん? ちょっと頼みあってさ。二十時に仙台駅に葉璃と恭也を迎えに行ってほしいんだけど。……そ、来るんだよ。あ、あとな、控え室のテレビでさっきの会見録ったから、ディスクに焼いといてくれると助かる」  よろしく、と言って通話を終え、スマホをポケットにしまいかけて一瞬だけ躊躇する。  このまま葉璃に電話を掛けたいと思ってしまったが、まだ葉璃は事務所幹部や広報担当者と話している最中かもしれないと思い直し、諦めた。  間もなく開演のライブに専念していれば、終了した直後には愛する葉璃と会えるのだ。  何もそう、事を急ぐことはない。

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