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❥  一皮剥けた聖南は翌朝、寝ぼけ眼の愛しの恋人に見送られて昨日の会場へとやってきていた。  スタッフと共に設備準備のあと、監督らと打ち合わせをし、音響スタッフの元へ行ってステージ上で反響の確認等をしていたらあっという間にお昼となった。  午後のリハーサルに備えて控え室で昼食を取っていると、一足早くダンサー達と練習に励んでいたアキラとケイタが戻って来て何故か驚かれる。 「セナ来てたのか? 全然姿見えねぇからついに寝坊かと思った」 「んなわけねぇじゃん。寝坊はしねぇよ」 「え〜? だって昨日も……ねぇ?」 「何だよ」  二人は隣同士で聖南の前の椅子に着席すると、どの弁当にしようかと悩んでいる。  昨夜、焼肉店で名物の牛タンや上質な肉をたらふく食べたせいか、聖南と同じくわりとあっさりめな焼き鯖弁当を選んでいた。  お茶を一口飲んだケイタが、ニヤニヤといやらしい笑顔で聖南を見てくる。 「また何時間もしたんだろ? でも朝までやってたにしては顔むくんでないね」 「ほんとだ、顔色も悪くない。寝不足ではなさそうだな」 「めちゃくちゃ寝たからな。こんなたっぷり熟睡したの初めてだ」 「そっかそっか、昨日はうさぎちゃんも疲れてただろうしね。一回でやめてあげたんだ」 「セナ優しいじゃん。うさぎちゃんはホテルに居んの? 夜はこっち来るんだろ?」 「あぁ、今ホテル。ライブも観に来るよ。ちなみに昨日はしてねぇ」  アキラはともかく、ケイタがニヤニヤしていた理由はそれかと聖南は苦笑した。  また聖南達の情事の話を聞けるとワクワクしていそうだったが、昨日は本当にキス以外何もしていない。  あのまま眠りについた聖南は、朝まで夢も見ないで爆睡していた。  ここ最近はほんの二時間寝れば充分だったためか、さすがに七時間も寝ると目覚めた直後は寝過ぎで体が少々痛かった。 「…………!?」 「……はっ? してねぇって……あれだけ興奮してた奴が言っても信じらんねぇんだけど……」  驚きの声を上げたのはアキラで、ケイタの方は目を見開いて持っていた箸をポロッと落としている。  そんなに意外なのかよ、と笑いながら、聖南は割り箸を折って空になった弁当箱に入れた。 「ほんとほんと。後からうさぎちゃんにも聞いてみりゃいいじゃん。……セックスしたくてうさぎちゃん呼んだわけじゃねぇし」 「な、な、な、なん、なんでっ!?! あのテンションだったら我慢すんの無理じゃない!?」 「若いな、ケイタ。昨日はまぁ色々あって。明日はする。全力で」 「明日はって……今日もしねぇの? 我慢出来んの?」  ここもいつ誰が入ってくるか分からないので、葉璃の愛称を使用した。  ゴミ箱に弁当殻を捨てた聖南は、歯磨きをしながら席へと戻る。  少し多めに付けた歯磨き粉が唇の端に漏れ付いていても、歯ブラシを動かす手は止めない。 「我慢っつーか、やりてぇって思うより抱っこしたまま寝たいーのが強かったんだよ。明日全力でやるために溜めときたいしな」  言いながら洗面台へ行って口をすすぐ。  なかなか弁当に手を付けられない二人は、信じられないという目で聖南の動向を追っていた。  私情を絡めて打ち上げを早々にお開きにさせた男が、人目も憚らず可愛いと叫ぶ対象を前にして手を出さないなどあり得るのだろうか。  再び二人の前に腰掛けた聖南は、長めの前髪を後ろで束ねている。 「セナ、お前は溜めるな。全力出したらうさぎちゃん壊れる」 「抱っこしたまま寝たいーか……。いいなぁ、羨ましい……」 「明日が仙台最終日で翌日移動前のオフだからか? やたらと明日って言ってるけど」  スマホをイジり始めた聖南が誰と連絡を取ろうとしているかなど分かりつつも、アキラの追及が止まらない。  聖南は葉璃にメッセージを送っていた。  お昼は恭也とルームサービスを取れよと言っておいたが、まだ眠そうだった葉璃は寝惚けて聞いていなかったかもしれない。  以前もそんな事があったので、腹ぺこのまま我慢しているのではないかと危惧していた。  返事を待つ間、スマホの壁紙を凝視する。  それは、自宅のベッドで明け方に盗み撮りした葉璃の寝姿だ。  今もまだあの真っ白で清潔なベッドの上でころんと横になっているかもしれない葉璃を想像すると、知らず笑みが溢れる。 「……明後日722、うさぎちゃんの誕生日」 「あ!? そうなんだ!!」 「そうか、誕生日なのか!」 「そ。俺の誕生日はうさぎちゃんに最高なお祝いもらったからお返ししたい。付き合って初めての誕生日だし、思い出に残るように」  起きていたらしい葉璃から返事が届いて開くと、『何を注文したらいいか分からない( ; _ ; )』と書いてあった。 「そういう事な。ん、でもハル、月曜はもう帰っちまうんじゃねぇ? 俺らも火曜から札幌だし」 「いや、月曜いっぱいハルと居るつもり。帰宅は火曜、俺達と同時刻に出発」 「林には話通してあんの?」 「もちろん。アキラとケイタは恭也連れて仙台観光でもして来たらいいよ」 「変装してもバレて騒がれるから遠慮したいな。っつーかセナ達も観光したら……」 「部屋から出れるか分かんねぇもん」 「あー……全力出すんだもんな。そりゃ無理だ」 「セナの全力怖え……。楽しみにしてるからね。アレの話」 「うさぎちゃんにバレたらめちゃくちゃ怒られそうだから、期待はするなよ」 「もう遅いと思うぞ、セナ……」  すでに色々と曝け出している聖南の発言に、アキラは脱力した。  この三人の中だけの会話だとしても、それを知った葉璃は顔を真っ赤にして怒り狂いそうだ。  怒っている顔もとても可愛いけれど、誕生日前に「アレ禁止令」を出されると非常に困るので、今まで二人に明け透けに話してきた会話の内容がどうかバレませんようにと聖南も肩を竦めた。  二人が時計を見てようやく弁当を食べ始めたので、昼食のメニューに困っている葉璃へ聖南は迷わず連絡を取る。

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