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─ 葉璃 ─  聖南はカッコいい。  誰もが思わず三度見四度見してしまうくらい、カッコいい。  桁の違う高級なお店に飾ってあるマネキン人形みたいに顔が整ってるし、髪はツヤツヤのサラサラでおまけにいい匂いがする。  背が高くて手足はすらりと長く、体に纏ったしなやかな筋肉はゴツゴツしてなくて、マッチョってほどじゃないとこが好きだ。  無表情だとまさに長身のマネキン人形だから近寄りがたそうだと思われがちだけど、屈託なく笑った頬にはえくぼをほがすし、ヤンチャな八重歯までお目見えする。  カッコよくて、可愛くて、美しくて、気高くて、外見はまさしく非の打ち所がない。  あの恵まれた全身と芸歴にも関わらず、驕ったところがまったくない聖南は、頭の回転が早いからどんな番組でも盛り上げ役として重宝されている。  歌を歌わせれば一流で、ダンスもうまい。  俺の事を「天性のセンスがある」と褒めてくれる聖南の方にこそ、それがあると思う。  芸能界という華々しくも過酷な世界でトップを走り続ける心情と覚悟を持ちながら、聖南自身の心の成長が伴っていないと昨日知って、胸が苦しかった。  俺が聖南を成長させてあげられるなんて大層な事は信じてないけど、俺の前でだけ甘えてくる大きな子どもみたいな姿を見たばかりだから……目の前の光景がとても信じられない。  現在繰り広げられているCROWNのステージは、何度も生唾を飲み込んでしまうほど壮大で、昂然たる三人のダンスと歌に瞬きさえも忘れて見入っていた。  鼓膜が破れそうなほどの周囲の大熱狂も頷ける。  荒々しくも色気ある振付に魅了させられたかと思いきや、フリートークでは客席のファンがキャーキャー言っちゃうような甘い台詞が飛び出したり、会場全体が揺れるほどの笑いを提供してくれたり、聖南もアキラさんもケイタさんも心の底からライブを楽しんでる。  その三人の後押しをしている九人のバックダンサーのお兄さん達も活き活きとしていて、前半のフリートークでは彼らも巻き込んで歓談していた。 「すごい……すごいね、恭也。CROWNってほんとにすごい……!」 「うん。カッコいいね」  アンコールの二曲目の終盤、俺はこの時ようやく恭也を見て感想を言った。  ライブが始まると恭也も、激しく動き回る彼らに釘付けだったから少しも見逃すまいと息を呑んでいた。  ……すごい、って言葉しか思い付かない。  俺達は来週からのツアー同行のイメトレのために招待されたはずなのに、ただただ圧倒されて、一観客として楽しんでしまった。  序盤から何度も聖南と目が合ってる気がして、ファン心理を掻き立てられた内心ではみんなと同じく「キャーッ♡」と叫んでいる。  ポジションチェンジやフリーの動きの度に傍に寄ってきて、何度も何度も、俺に視線を送ってきていた。  勘違いなんかじゃない。  プレゼント大会以降はTシャツを脱いでる聖南が、上半身裸で俺に手銃を向けて片目を細めてきたり、気障に投げキッスをしてきたりするから、俺の後方のファン達はのぼせ上がっていた。  叫び過ぎて喉が渇れてしまってる子も居る。  アンコールラストの三曲目を大熱唱して踊りまくった後、聖南がイヤモニを外し、下方のスタッフさんからマイクを受け取った。 『仙台ー!! ありがとなー!!』 『ありがとー!!!』 『ありがとー!!!』  聖南が大きく手を振って一礼すると、アキラさんとケイタさんもそれに続いて勢いよく礼をした。  割れんばかりの拍手と歓声が、外のずっとずっと遠くまで聞こえていそうだ。  CROWNのテレビ収録は何度も見てきたけど、ライブはそれとはまったく違った。  躍動感、高揚感、そして会場に居るファンとの一体感は目で見て体で感じないと言葉では言い表せない。  生で見ないと損。生きてるうちにこの感覚に触れないと勿体無い。  そこまで心酔した。  あのステージに立つ自分なんてまるで想像出来ないけど、── 聖南と踊ってみたい。  あの輪に入って、たくさん笑ってみたい。  客席から歓声を浴びたいんじゃなく、CROWNと、そしてダンサーのお兄さん達と並んで一つの曲を輝かせてみたい。  上がり症の俺にここまで思わせてしまうCROWNのライブは、最初から最後まで圧倒的な幸福感をもたらした。  大音量の音楽に乗せて歌って踊る眩いアイドルの姿が頭から離れなくて、CROWNがステージから捌けてしまっても立ち上がる事さえ出来なかった。  ── 早く帰れよ! 昨日も言ったんだけど、この時間だから出待ちしてたら怒るぞ!  ……と、捌ける寸前に聖南が俺様な口調で言い放った通り、ファンのみんなはスタッフさんに誘導されて早々と退場している。  俺達は昨日の聖南の興奮状態を懸念して、成田さんが先に打ち上げ会場まで送ってくれる事になってるから、早く現実に戻らなきゃいけないのに……。 「葉璃ー? 関係者入り口、今なら行けそうだよ」 「……あ、あ、うん。うん、分かった」  恭也に顔を覗き込まれてやっと我にかえる。  ついさっきまでそこに居たはずのCROWNの姿が無いだけで、何だかステージが寂しそうだ。  スタッフさん達が最短時間での撤収を試みていて、忙しなく動き回る姿を名残惜しく見詰めてしまう。  会場が暗転して、CROWNが再登場して、あの最高のライブがまた始まればいいのに。  このまま帰ってしまうなんてイヤだ。  心にぽっかりと穴が空いてしまったかのような空虚さを覚えながら、俺は恭也と共に成田さんの車に乗り込んだ。  俺の恋人は、ほんとに、正真正銘のアイドル様だった ──。

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