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62・⑤ETOILE初舞台前日 〜聖南&恭也 編Ⅱ〜
コーヒーのおかわりは、と聞かれたが、眠れなくなると困るので遠慮しておいた。
聖南は静かに腕を組み、ソファの背凭れに体重をのせる。
「ETOILEのリーダーはお前ら二人だ。後々入ってくる三人をまとめんのが葉璃と恭也だから、二人がどこまでの絆があるのか知りたかった。俺は今も昔もアキラとケイタに救われてっから、お前らにもそんな関係であってほしいって思ってる」
「俺達は、大丈夫です。葉璃は、俺にとって、かけがえのない存在なんです。CROWNの三人の絆も、そうでしょう?」
「そうだな。誰が欠けても機能しなくなる。精神的な面では大いに」
「分かります。俺も、葉璃に絶交って言われたら、死にます」
「死ぬって大袈裟だな」
「いえ、死にます。葉璃が俺に、笑い掛けてくれなくなったら、生きてる意味、ないです」
穏やかな口調とキラキラした澄んだ瞳でそう力説された聖南は、ぽかんと口を開けて呆気にとられてしまった。
たった今、葉璃への思いに恋愛感情はないと確認したはずなのだが、そんな事を堂々と言い募られるとどうしても疑いは払拭できない。
葉璃を心底大切に思っている事は重々伝わっているし、聖南の目の届かないところでは恭也に葉璃を託してももうヤキモチは焼かないかもしれない、そこまで考えられていたのに、だ。
空恐ろしいまでの執着心と愛玩心は、本当に友情の域を超えないのだろうか。
聖南は自分に置き換えて考えてみた。
たとえアキラやケイタが聖南に笑い掛けてくれなくなったとしても、生きている意味がないとまではさすがに思わない。
驚くべき事に、これを葉璃本人が知っても絶対に恭也を気味悪がらないだろう。
むしろ涙まで流して感激し、「俺もだよ」などと言いながらひっしと抱き合いそうである。
目の前の恭也は真っ直ぐに聖南を見てきていて、やましい恋心を抱えているようにはとても見えないからか、余計に理解に苦しんだ。
「……そ、そうか。友情には色んな形があるとは思ってたけど、お前ら二人のは異常だな。俺が妬くのもバカらしくなるくらい、異常」
この恭也を葉璃も、一生大切にしたいと願ってやまないのだろうから、結局は聖南が妥協するしかなかった。
まったくもって理解は出来ないが、葉璃が大事にしたいと思っている相手は聖南も大事にしたいのだ。
「ふっ……異常な友情、自分で分かってます。たまに抱き締めるのは、許して下さい」
「いや、ダメだ。……って言いてぇけど、葉璃が縋ってきたらそん時は大目に見てやる」
「ありがとうございます。……良かった、セナさん公認だ」
「おいっ。俺、葉璃の父親になった覚えねぇよ! ……てか恭也、女とはどうなんだよ。関係整理しろって林に言われたんじゃね?」
葉璃と恭也の異常な友情の話は胃もたれしそうで、もうお腹いっぱいとばかりに聖南は話題をすり替えた。
「あ……言われました。お別れ、しましたよ」
「マジで? あっさりだな」
「そうですね。今までも、彼女より、葉璃が最優先だったので。ETOILEに支障をきたすかも、っていう事なら、迷わず関係切れました。彼女に対して、情が無かったわけでは、ないんですが……迷いませんでしたから、そういう事なんです。葉璃の方が、大事です」
「……すげぇ。葉璃愛が止まんねぇな」
「セナさんほどでは、ないです」
「当たり前!!」
以前聞いた話では、恭也はその彼女と二年ほど付き合っていたらしいのだが、そんなにも簡単に関係を断ち切ったと知ってまた食傷気味だ。
コーヒーでは無く水を欲し、聖南は立ち上がって小さな冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。
冷たい水に口を付けていると、聖南を視線で追い掛けてきた恭也が言葉を濁す。
「それで……こんな機会滅多にないと思うので、折り行ってセナさんにご相談が」
「ん? 何?」
「……告白、されたんです」
「誰に?」
「…………春香ちゃん」
「ぶッッ!」
告白されたという相手のまさかの名前に、聖南は含んでいた水を吹き出した。
小さな冷蔵庫がびしょ濡れになってしまい、バスルームからタオルを持ち出して慌てて拭う。
「ど、どういう事だよ。春香が恭也に告白? 確認だけど、葉璃の姉ちゃんの春香だよな?」
「はい。……迷っています」
「……ま、……迷ってんの……?」
「春香ちゃんの事、好きか嫌いか、で言ったら、好きです。けど、それが恋愛感情なのかは、分からなくて。俺みたいな男は、ああいう気の強い子が、相手に相応しいと思ってるし、現に嫌いじゃないんです」
「……それ、葉璃は……知らないんだよな」
「はい。返事は、ETOILEとしての活動が、落ち着いてから、って事にしてもらったので……まだ葉璃には何も。一つだけ、最低な事がよぎってしまって、それで悩んでます」
「最低な事? ……もう怖えよっ。何だよ、俺何聞かされんの?」
「……もし、将来春香ちゃんと結婚して、子どもが産まれると、するじゃないですか……そうすると、その赤ちゃんは当然、葉璃に似……」
「分かった!! 言いてぇ事は分かった! 言うなよ、それ以上はダメだ。色々ダメだ!」
恭也がよぎったという「最低な事」の意味が分かり、またも慌てて話を遮った。
葉璃へ異常な友情を持つ恭也は恐らく、とてつもなくヤバイ事を口走ろうとしていた。
告白話ですら驚いたというのに、これ以上心臓に負荷はかけられない。
恭也の思惑を感じ取った聖南を恭也が苦笑いで見てきながら、温くなったコーヒーを飲み干している。
「……最低ですよね、俺。ETOILEとして、まだ走り始めたばかりだから、しばらく無理だよって、断ろうと思ってます」
「と、とりあえず仕事優先しろ、なっ? ETOILEが五人体制になるまでは確実に俺がプロデューサーやるから、せめて三年、他の事は何も考えるな」
はい、と素直に頷いた恭也は、「セナさんに聞いてもらって良かった」とホッとした表情を浮かべている。
聞かされた聖南の方はまだ動揺していて、心臓がうるさく高鳴っていた。
恭也の葉璃への友情が並大抵のものではないという事だけは分かった、何とも仰天続きの夜だった。
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