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62・⑨ETOILE初舞台当日 Ⅱ
部屋に残った二人は腰掛けたまま、三人がいなくなった途端にどちらからともなくギュッと抱き締め合った。
葉璃は、聖南の首筋に鼻を擦り付けて甘えている。
「聖南さん……」
一週間ぶりの聖南との抱擁に、感極まってしまう。
夜も当然一緒に居られるのかと思ったが、社長からの通達によって離れ離れになってしまい、文句や不満などは無かったものの寂しかった。
ただ隣に居てくれたらいい、本番が心配なら愛し合わなくても構わない。
そう思っていても、昨日の聖南に我慢は無理だろうと誰もが悟り別室になった訳だが……この腕を欲していた身としてはツラいものがあった。
「ん〜♡ 葉璃も寂しかったんだな。みんなが居たら甘えらんねぇもんな」
「うん……」
目覚めた時、後ろから抱き締めてくれていたのが聖南だと知って心が弾んでしまったなど、今さら言い出せない。
葉璃が聖南を抱き締める強さで何もかも分かってくれていて、腕を解いて顔を覗き込まれると猛烈に照れてしまい、直視出来なかった。
葉璃のバスローブから覗くネックレスに触れた聖南が、嬉しそうに微笑む。
「これ、付けてくれてんじゃん」
「ずっと付けててほしいって言われたから……」
「似合ってる。俺もお揃い買おっかな」
「じゃあ、来年の聖南さんのお誕生日に、俺がプレゼントします」
「それも嬉しいけど俺はすぐ付けたいんだよ。意味調べて電話してくれたじゃん? そういう意味だからさ」
「すぐですか! うーん……」
聖南がくれたネックレスは、きっと葉璃にはかなり背伸びしないと買えない代物だ。
一年猶予があればお金を貯めて買おうと思ったのだけれど、すぐだと言われると困ってしまう。
まだ自分にそんな余裕は無いし、プレゼントしたくてもしてあげられないもどかしさが情けなさを生んだ。
下唇を出してムッといじけて見せると、両手で頬を包み込んできた聖南にふふっと笑われた。
「学生の葉璃に買わせる気ねぇよ。葉璃から物のプレゼントは貰えねぇ。別のもんちょうだい」
「別のもの? 何?」
「葉璃」
即答された答えに、葉璃は納得がいかない。
もっと予想外なものを期待していたのに、それはちょっと葉璃に甘過ぎやしないかと本人でさえも思ってしまった。
「いや、俺はいつも一緒に居るでしょ? 特別感ないと思いますけど……」
「特別感なんていらねぇって。俺の傍にずっと居てくれたら、それだけでいい」
「……聖南さん、もう旦那さんなんですよ。ずっと一緒です」
プロポーズしてくれた以上、葉璃が聖南から離れる事などあり得ない。
今さらそんな事を言ってくれなくても、葉璃はきちんとその意味を分かって言っている。
聖南にバレたら鬱陶しいと思われてしまいそうなほど、すでに葉璃も聖南にメロメロだった。
会えなくて寂しい、セックスしてくれないと不安になるからいつでも求めてほしい、などという恥ずかしい本音は、聖南にしか言えないのだ。
アキラ、ケイタ、恭也が居る前で、聖南に抱き付きたい衝動を葉璃はどれだけ堪えていたか、聖南は知らないし思ってもみないだろう。
「……っ、クソーーっ! 何でこの状況で葉璃を抱けねぇんだ!」
あえて「旦那さん」という単語で聖南を安心させてやろうとしたが、安心感を与えるどころか悶えて絶叫された。
腹から声を出してきたので、葉璃は咄嗟に両耳を塞いで笑った。
たまに見せる余裕のない聖南の雄叫びは耳をやられるが、必死な様相は見ていて心地良い。
「今日が本番、だから」
「……キスくらいはいいよな?」
「……アレ。したくなっちゃいません?」
「なる。絶対」
「じゃあやめときま……んんっ!」
真剣に頷いた聖南が可笑しくて笑っていると、我慢出来ないとばかりに唇を押し付けられた。
すぐに舌もやって来て、聖南が飲んでいたコーヒーの風味に笑みが溢れる。
にゅる、とした感触に追い回され、追われたくて逃げていた葉璃の舌は呆気なく捕まった。
聖南とのセックスはたった十五分では終わらない。
こんなキスをされたらその先もしたくなってしまうからやめておこうとしたのに、聖南も、そして葉璃も我慢など出来なかった。
「やめとかない。十分間キスしまくってやる」
「んふっ……ん、んんっ……」
「夜まで我慢な、葉璃」
「んっ……無理かも、しれない……っ」
「俺も。でも我慢。我慢できたら、夜……衣装着てやる」
「えっ……!♡」
ライブ後のアドレナリンとフェロモンを大量放出させている聖南が、あのキラキラな衣装のどれかを自分のためだけに着てくれるのかと、葉璃の瞳が輝いた。
いつどんな状況でも、聖南のアイドル姿は目を奪われてときめいてしまうから、そんな素敵な提案をされれば「我慢」などいくらでもする。
キスの合間の素晴らしい提案は葉璃を喜ばせ、その反応で聖南自身も嬉しくなった。
その歓喜の気持ちを頼りに、聖南も「我慢」を頑張るしかない。
「五着あるから。選んでいいよ」
「ほんとっ? ほんとにっ?」
「うん。葉璃も何か衣装着る?」
「や、やだ……聖南さんだけがいいです……」
「ふっ。……早えな、もう下りないと」
聖南の膝の上でのキスと視線の交わりは、これ以上ないほどに甘やかで、秘密事なせいか余計に興奮して時間など忘れ去ってしまっていた。
壁掛け時計を見た聖南が残念そうに一際強く抱き締め、葉璃もきゅっと大きな体にしがみつく。
これから初舞台が待っているというのに、その緊張を抱くよりも聖南と離れたくないという気持ちの方が勝ってしまった。
「もうですか……。でも聖南さん、今ので俺も元気貰いました。俺……がんばりますね」
「おぅ、頑張れ。直前まで緊張すんだろうけど、動きは体に叩き込んであっから葉璃なら大丈夫だ。俺も、みんなも、そう思ってる」
「はい。……聖南さんの背中を追い掛けたいですから、ほんとに、がんばります」
「まーたそんなかわいー事言って。我慢しようなって言ったばっかだろ? 煽るなよー葉璃ちゃん」
「ふふっ……俺はもう切り替えてますけど、聖南さんは……まだみたいですね」
今日のETOILEとしての初舞台は、怖くもあるが楽しみでもある。
さらにその後、聖南がコスプレセックスで葉璃をメロメロにさせてくれると聞けば、現金ではあるが今日一日それを糧に頑張れそうだ。
お互いに邪な思いを抱えていたけれど、分かりやすく反応している聖南のものが終始葉璃のお尻に当たっていても知らん顔していた。
「我慢」しないといけないからである。
「小悪魔 葉璃め……」
昨夜からの欲求がこれでもかと膨れ上がっているというのに、素知らぬ顔で笑顔を見せる愛おしい葉璃の頬に、聖南は苦々しく口付けた。
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