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63・①必然ラヴァーズ

 フリートークにてETOILEの紹介を終えると、葉璃と恭也は大歓声の中ステージから捌けて行った。  それからCROWNとダンサーは五曲を披露し終え、衣装替えと打ち合わせのために葉璃達の待つ控え室へと一旦戻る。  ダンサー達も交えたその場で、聖南は舞台監督と話し合った内容を告げていた。  セットリストの変更箇所とカット部分の詳細を記した紙を全員に配り、それらを三分で頭に叩き込めと無茶を言う。  そして、指揮を取る聖南はふと顔を上げた。 「葉璃、恭也」  スタッフから衣装のままでの待機を命じられていた二人が、三部用の衣装に着替えている最中の聖南を見る。  三部はアイドルらしからぬ和装であった。  CROWN三人のそれぞれのイメージカラで、きらびやかな装飾が施されたゴージャスな袴である。 「silentの歌詞と振り、頭と体に入ってるよな?」 「……はい。……なんで、ですか……?」 「アンコールのラストはETOILEの新曲披露だ」 「え──っっ!?」 「聞いて、ないですよっ」  スタイリストの者から帯を締めてもらった聖南は、ヘアーセットのために驚いて目を丸くした葉璃の隣に腰掛けた。  恭也も、寝耳に水な話に驚きを隠せない。 「だから今言ったろ。二人がビビんねぇように内緒にしてたけど、元々そのつもりで今日のセトリ決めてたんだ。時間が押してもこれだけは譲れねぇ。……あーっと、じゃ三十分後よろしく」  アキラとケイタの支度が整い、すぐさま控え室を出て行こうとしていたので、セットが完了した聖南もそれに続いた。  唐突にデビュー曲披露を告げられて仰天したまま残された二人は、スタッフから詳しい説明を受けている。  葉璃が居なくなったと知って、聖南が即座に「中止だ」と豪語したのはこれがあったからだ。  今週からETOILEのデビュー曲である「silent」の予約受付が開始され、テレビやインターネットでCMも流れ始める。  そして来週からは各音楽サイトにて先行配信も決まっていて、本来ならCROWNのツアー最終日に予定していたETOILEのお披露目は、このタイミングがベストだと聖南が判断した。  ETOILEのデビュー時期とデビューシングルの発売日が、予想していたより二ヶ月も早かったのでそれに準じた形だ。  CROWNのバックアップである以上、二人のデビューは華々しくなくてはならない。  大きなトラブルに見舞われてしまい、かなりゴタついたライブになってしまっているが、佐々木の機転でmemoryが場を繋いでくれた事により、観客の熱はまったく落ちていなかった。  むしろ、人気急上昇中のガールズグループが別事務所であるCROWNのライブに駆け付け、聖南の容態回復(……という事になっている)まで全力でパフォーマンスを魅せてくれたと、すでにSNSにて情報が回りに回っている。  あんな事があったにも関わらず、葉璃のステージへの熱意に突き動かされたのは聖南の方だった。  周囲の全力の協力に、感謝しなければならない。  愛する人がステージ上で華やかに舞う姿をこの目で見られる幸せを、聖南はしみじみと噛み締めている。  緊張など微塵も感じさせない、小柄さを武器にしたダンスは本当に美しかった。  「葉璃とステージの上で一緒に踊りたい」という願いがついに叶った、約十分間。  何ヶ月もかけて練習し、その間、「分からない、体がついていかない」と嘆いて泣きべそをかいていた葉璃の面影は、もうそこには無かった。  聖南は客席を見回すフリをして、センターステージから何度も、葉璃がいる方のメインステージへ視線をやった。  葉璃がCROWNの振付を踊っている。  周囲を逸脱した存在感とリズムセンスは、やはり聖南が一目惚れしたあの日感じたままの感想をもう一度抱く事になった。  メインステージの両端を彩った葉璃と恭也に、CROWNのファン達も熱狂してくれていたのを見て、アンコールはもっと凄い事になると聖南はワクワクが止まらない。  ライブではいつも同じスタンスで、アキラとケイタが引くほど大興奮するのは毎回違わないのだが、今日は少し趣きが違う。  自らの出番に興奮するというより、ETOILEを送り出す意味合いが強い今日の日を、聖南は一生忘れないだろう。  心が追い付かない。  葉璃を想う途方もない熱に似た、最高の高揚感が聖南の体中を走っている。  和装で現れたCROWNの面々へ、全く勢いの衰えないファン達からの大歓声が心底心地良い。  袴を揺らしながら踊るのはなかなかに大変で、しかもかなり暑かった。  CROWNの三人は約三十分間、ほとんどトーク無しで六曲を披露し終えると、ステージ袖で葉璃と恭也が緊張の面持ちで待機しているのが見えた。  聖南達は和装から軽装に着替えるため、一度ステージから捌ける。  二人の前を通り過ぎようとすると、不安そうに瞳を揺らす葉璃と目が合って立ち止まらずにはいられなかった。 「五分で戻る」  葉璃の頭を撫でて、聖南は急いで控え室へ向かう。  CROWNとダンサー達が捌けてステージが暗転した瞬間から、すでに聖南達を呼ぶ手拍子と『アンコール!』という声が会場全体から轟いていた。  和装で踊りっぱなしだったので尋常ではないほど汗だくだったが、控え室内が冷房と扇風機で冷え切っていたのでわりとすんなり汗は引いていく。  ツアーTシャツとジーンズという軽装に着替えたCROWNは、アンコールの大合唱を漏れ聞きながら廊下を歩んだ。 「……いよいよだね」 「あぁ。なんか俺が緊張してきた……」 「セナが緊張したって聞くの初めてかも。驚くだろうな、ハルと恭也」 「ハル君と恭也の驚く顔、早く見たいなぁ!」 「コラ、あんま言うとバレんだろ。今まで隠してきたんだから、ラストまで絶対気付かれんなよ」 「はいはい」 「分かってるって」  三人はそんな意味深な会話をしながら、葉璃と恭也の待つステージ袖へやって来た。 「さーて、アンコールいかせてもらおうか」  聖南がそう意気込んだのを合図に、三人はメインステージへ向かう。  暗転していた会場内が照らされた瞬間、ドーム内の熱狂具合はこの日一番だった。  葉璃と恭也にとってはまったくの予想外であっただろうアンコールが、始まった ──。

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