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Ⅰ ーー七月二十九日ーー
〜聖南の手作り朝食〜
葉璃ママが淹れてくれたコーヒーは格別だ。
この温かい雰囲気と開け放されたカーテンから溢れてくる朝の陽の光の心地良さ、テレビから流れてくるワイドショーの司会者の声………これがいわゆる一般家庭の朝というものか。
「んーっ。 美味い。 葉璃ママ、コーヒー美味いです」
「あ、あら、そうっ? ありがとう! セナさん、朝ご飯は…っ?」
「食べたいっす。 俺作りましょうか?」
「そんな! いけません! 葉璃、て、て手伝ってちょうだいっ」
「う、うん!」
聖南は半裸のままリビングのソファに陣取り、オタオタしている葉璃と葉璃ママ、そしてさっきからずっとクスクス笑う春香を眺めていた。
愛しい恋人はリビングの入り口に立ったまま、優雅にコーヒーを啜る聖南を物言いたげに見詰めていたが、母親に助けを求められてどうしたらいいか分からないらしい。
目を丸くし、動揺したまま作業する母親を気にしている素振りも見せていて、聖南の元へ行こうか、それとも言われた通り母親を手伝いに行こうかとオロオロしている。
「葉璃ー、俺作ろっか? そんなんで火扱わせらんねぇよ」
「セナさんはゆっくりしててちょうだい! な、なんだかよく分からないけど、私の息子になるんでしょっ?」
聖南がコーヒーの入ったマグをテーブルに置くと、葉璃ママは何を思ったか冷静さを欠いて何度となく手を洗っている。
朝のワイドショーに乗せられてふわりと暴露してしまったが、葉璃ママは異常に受け入れが早かった。
「葉璃ママ、理解早過ぎ。 春香じゃなくて葉璃と、なんだけど。 その辺気にならないんですか?」
「なったわよ! ちょっとだけ! でも、でも、でも、葉璃の気持ちが第一……あっ、葉璃! 包丁持って動き回らないで!」
「えっ? でも野菜切らなきゃ…」
「それ持ったまま動いたら危ないでしょう!」
包丁など持った事のない葉璃が、それを持ちキッチンをウロウロしていて葉璃ママに窘められている。
料理というものを一切した事がない様子の葉璃と、聖南達の交際を受け取めたいがまだ驚きが勝っている葉璃ママには、キッチンは任せられない。
聖南は笑いながらおもむろに二階へと上がり、ハンガーに掛けておいた黒のカッターシャツを羽織ってキッチンへと舞い戻る。
すると葉璃は、まだ葉璃ママから怒られていた。
「ぷっ…! 葉璃、貸してみ」
朝からヤイヤイ怒られてぷぅと頬を膨らませている葉璃の手から、無理やり包丁を奪う。
葉璃は右利きのはずなのに、なぜか左手にそれが握られていてまた可笑しかった。
「えっ、あ!」
「セナさんにそんな事はさせられないわ!」
「いいからいいから。 冷蔵庫開けちゃっていいですか?」
「え、えぇ、構わないけど…!」
「んじゃ遠慮なく。 ここにいる四人分の朝メシ作ってやるから、座って待ってて下さい」
聖南は言いながら腕まくりをして、炊飯器の中や冷蔵庫の中身をテキパキと確認し、必要なものを取り出してシンクに置いた。
手洗いしてから片手鍋に湯を沸かし、早速味噌汁の具材を切り始めた聖南は驚くほど手際が良い。
誰もが黄色い悲鳴を上げるCROWNのセナにそんな事はさせられないと、葉璃ママは未だ聖南と葉璃を交互に見て動揺を抑えきれていなかった。
「で、でも…!」
「母さん、聖南さん料理上手だからもうお任せしよ? 俺もだけど、母さんがそんなだと包丁握らせるの心配だよ」
「葉璃には言われたくないわ! まったく…っ、こんなふつつか過ぎる息子とセナさんが……だなんて…っ」
「そこがまたいいんすよ。 何でも出来る子にはそんな魅力感じねぇし。 ……葉璃パパは? 仕事行ったんですか?」
座ってなどいられないのか、オープンキッチンの向こう側から離れない葉璃ママと、調理を続けながら会話を楽しむ。
自らのコミュニケーション能力が高い事をこんなに感謝した日はない。
家族の居ない聖南にとって、葉璃の家族は我が家族も同然だと思うと親しみもひとしおだった。
「えぇ、支店が変わってから毎朝早いの。 お父さんの支度して送り出したら、私もう一度寝ちゃうからこの子達の朝はいつも大慌て」
「そうなんだ。 葉璃ママも仕事してんなら大変ですね。 て事で四月から葉璃引き取っていいっすか?」
「……えぇ、いいわ………え!?!」
「ちょっ…聖南さん!!」
お玉で味噌汁の味を確認しながらポロリと言ったその一言に、またしても葉璃ママは固まった。
葉璃は葉璃で「暴露が過ぎますよ!」と文句を言っているが、どうせ交際をバラすのなら同棲の件も言っちゃえと思った。
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