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Ⅰ ーー八月某日ーー

ETOILE初歌番組♡① 出番前は何をやってもダメだ。 緊張して手も足も震えて、立っていられないから座るんだけど、座ったら座ったで落ち着かなくて水をたくさん飲んで催す。 本番を迎えてしまえば、自分でも驚くくらい無心になれるのに…。 俺は、先月の終わりからETOILEとして動き始めていた。 デビュー会見後がちょうど夏休みだからって、来た仕事を目一杯受けてスケジュール帳が真っ黒になってたものを、一つ一つこなす日々。 最初は様々な媒体の雑誌取材やインタビューが多かった。 ポーズを指定されて何枚も何枚も大きなカメラで写真を撮られたり、矢継ぎ早な質問を次々とこなしていったり。 その合間に、デビュー曲である『silent』を引っさげてのサイン会や握手会を全国各地のCDショップで行うとの事で、挨拶回りにもかなりの日数をかけた。 俺も恭也も新人で、マネージャーである林さんも入社二年目の新人さんで。 三人で四苦八苦して、事務所の色々な人から助けられながら半月ほど経った今日、ついにそのデビュー曲が発売される。 テレビやネットでCMが流れていたおかげか予約受付は絶好調で、大塚事務所と契約している音楽サイトで『silent』が先行配信された二週目の今も、ダウンロード数一位をキープしてるらしい。 「おめでとう!」って言ってもらえるにはまだ早過ぎるのに、事務所のスタッフさん達は顔を合わせる度に笑顔を向けてくれた。 ETOILEとしての責任感が僅かながら生まれた俺も、売り上げどうこうの話はあんまり分からない。 実のところ、俺は「売れたい」よりも「踊りたい」「歌いたい」の方が先行しちゃってるから、「おめでとう」にピンときてないのかも。 こんな事、大人達の前では絶対に言えないけど…ね。 今日は『silent』発売に合わせて歌番組での出演が決まっていた。 ハルカとして聖南と出会った、あの生放送の歌番組だ。 今日を皮切りに、来月中旬にかけて歌番組も徐々にこなしていかないといけない。 だから今日、こんなに狼狽えてちゃダメなんだ。 少しずつでいいから、この出番前のドキドキを減らす努力をしていかないと……って、さっきから頭で考えてるんだけど。 全然、うまくいかない。 ヘアメイクも衣装も整い、前室に呼ばれるまで待機を命じられた俺と恭也は、控え室にこもってジッとしていた。 「葉璃、今日はCROWNも一緒だから、良かったね。 心強いね」 「……………………………」 「葉璃ー? 聞こえてる? ……ダメか」 立ったり座ったりを落ち着き無く繰り返してる俺に、恭也はいつも通り冷静に寄り添ってくれてる。 恭也が何か言ってるのは分かってるんだけど、返事するだけの余裕が今の俺には皆無だ。 人という文字を飲み込むアレは、もうやらないって決めた。 だって全然効かないんだもん。 聖南って文字を書くといいって恭也は教えてくれたけど、これ書いちゃうと聖南に会いたくなってたまらなくなるし、余計に緊張が募る気さえした。 ツアー真っ最中のCROWNが、俺達の出演と被ってたのは偶然だ。 というより、CROWNの方が先に出演が決まってたんじゃないかなと思う。 あれからツアーには三回、同行した。 デビュー曲披露もその都度させてもらって、聖南達も毎回バックダンサーとして踊ってくれている。 轟く声援とキラキラした眩しい世界を体感する度に、俺は「ダンスが好き」「もっとうまく歌えるようになりたい」この気持ちが芽生えてきてて、ほんとに、緊張なんかしてる場合じゃないのに。 いつもいつも思うけど、ステージに上がるまでのこれは一体なんなの。 なんでこんなにガクガクしてしまうんだろう。 絶対に慣れる日がくるから安心しろ、って聖南もアキラさんもケイタさんも言ってくれるから、「はい」って返事はしてみるものの…そんな日がほんとにくるのかな。 「ETOILEさーん、前室待機お願いしまーす!」 「……はーい」 「っっ!!!」 呼ばれちゃった。 どうしよう、もうそんな時間…っ? 壁掛け時計を見ると、確かに時間は進んでいた。 ……目が回りそうだ。 「葉璃、トイレ行って、それから前室行こうね」 「…………っうん、…うん……」 広さのない控え室を挙動不審にウロウロしていた俺を捕まえて、恭也がトイレに連れて行ってくれた。 道中、膝が笑ってどうしようもないから恭也にしがみつくと、ちょっとだけ笑われた。 「これ、いつ頃なくなるのか、楽しみだな。 …なくなっちゃうのは、寂しいな」 ふふっと笑う恭也を見上げるといつも、ちょっとだけ裏切られた気持ちになる。 去年まで似た者同士だったでしょ、俺を置いてキラキラな世界に慣れていかないで。 足並み揃えて緊張を分かち合おうよ、恭也…。 「…恭也……緊張しないの?」 洗面所で手を洗いながら、喉が閉まっちゃってたから掠れた声で鏡越しに恭也へ問う。 「してるよ、すごく」 「嘘だっ。 余裕だぜって顔してるよ…!」 「緊張、してる。 でも葉璃が、いるから。 大丈夫。 何にも怖くない」 「……………恭也……」

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