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── 五月某日 ── ♡新たな任務③

 別のグループと…兼任……?  兼任って、掛け持ちするとかそういう意味だよね?  え? え…っ? えぇ……っっ?  無理だよ無理だよ無理だよ無理だよ! 絶対無理っ!  学生さんがバイトを二つも三つも掛け持ちしてます、っていうのとはちょっと違うよ!?  ましてや半年間も、ETOILEと別のグループとを行ったり来たりするの!?  軟弱な俺はETOILEの活動だけで毎日ヘトヘトなのに…!  しかも俺みたいな新人の中の新人が、そんな大役引き受けても何も会社の得になんかならないよ!  誰がどう考えても、俺にはそんな大きな仕事、無理だ!  実力も知名度も心持ちも、何もかも伴ってない俺がやっていい仕事じゃない!  ……口を開けばこんな事をベラベラ喋ってしまいそうで、俺はさっきから手のひらで自分の口を塞いでる。  言いたい事だらけだったけど我慢して、信じられない事をサラッと言った社長を見詰めていると、声色の変わった聖南が社長に険しい表情を向けた。 「兼任……? 葉璃が?」 「そうだ。 事情があって半年かそれ以上の期間離脱するメンバーの代わりに、ハルに入ってほしいと。 あちらから内々に打診してきた」 「ハル君名指しなんだ? でもあちらからってどういう事? 他事務所って事?」 「あぁ、SHDエンターテイメントだ」  社長が事務所名を出すと、聖南、アキラさん、ケイタさん、成田さんの四人が「え!?」と一斉に声を上げた。  ……めちゃくちゃ驚いてる……どこなんだろ、知らない事務所だ。  って、俺はこの大塚事務所と、春香が所属する相澤プロしか知らないんだった。  まず兼任の話自体に恐れ慄いている俺は、心の中で「そんなの無理だよ…」と聖南の横顔に視線で必死に訴える。  気付いてくれたのか頭をポンポンとはしてくれたけど、突飛な話に聖南もしばらく黙り込んでしまった。  そんな聖南の代わりに、アキラさんとケイタさんが社長と会話を続けてくれる。 「SHᎠ? 待てよ、あそこって女性グループしか居ないだろ。 ハルをどうするつもりなんだ」 「私もな、なぜハルなんだと言ったんだよ。 一人離脱者が出ても、あそこは事務所の規模は小さいながらレッスン生徒を数多く抱えていると聞いた。 自社で何とかした方がいいと説得してみたんだがな…」 「当然でしょ。 なんでハル君を指名するんだよ。 女性グループの中に「ETOILEのハル」君が居るなんて、浮いてしょうがないよ」 「何考えてんだ、SHᎠは」 「それがな、ハルにはSHᎠのレッスン生を装ってもらい、女性の格好をして、ETOILEのハルである事を隠してパフォーマンスをお願いしたいと…」  ちょっ、ちょっ、ちょっと待って! それって、俺が過去に春香と入れ替わってたみたいな、影武者をするって事!?  聞いた事がある話に過去を懐かしく振り返られるはずもなく、口を塞いだままの俺は、恭也と聖南を交互に見て静かに動揺した。  ギョッとしてる俺の隣で、今まで黙って聞いていた聖南が勢いを付けて立ち上がる。  「はぁ!?」と怒りを顕にした聖南の声に、俺は耳を塞いだ。 当の本人である俺よりもブチギレ始めるのが必至だからだ。 「んな事出来るわけねぇだろ! 葉璃は去年大塚でデビューしてんだぞ!? CROWNの一年目より確実にETOILEは売れてんのに、他事務所のためにそんなリスク背負わせて影武者みたいな真似させるわけねぇじゃん! 葉璃を過労死させてぇのか!? どこのどいつだ、そんな打診してきやがったアホは!」 「………セナ、落ち着け」  思った通りの大激怒に、耳を塞いでてもその怒鳴り声が聞こえた。  アキラさんが「座れ」って動作を聖南にしていて、渋々と俺の隣に戻ってきてもまだ鼻息荒くしている。  でも聖南…、ありがとう。 ちょっと言葉は悪過ぎだったけど、俺には無理だって事ちゃんと分かってくれてて、しっかり代弁してくれた。 「んーでもセナが怒る気持ちも分かるなぁ。 全部SHᎠに都合の良い無茶苦茶な打診じゃない? 社長が出る幕もない話でしょ。 てかハル君がそんなのOKすると思ったのかなー」 「だよな!? SHᎠのトップは頭イカれてんじゃねぇの!? なんで葉璃の身分隠して向こうの要望聞かなきゃなんねぇんだ! くだらねぇ!」 「まぁまぁ、セナ。 そう言うな。 SHᎠのレッスン生徒を教えているのは、昔大塚で長く講師を担当していた者なんだ。 だからな、完全に繋がりはないとは言えないんだよ。 十年前、レッスン講師、三宅、……お前達三人はこれらで思い出すだろう?」  息巻く聖南に社長が静かにその名を語ると、CROWNの三人ともが明らかに驚愕の面持ちになる。 「三宅先生!?」 「三宅先生!?」 「………三宅…!」 「お前達はかなり世話になった人物だろ。 引き抜きという形でSHDに移ったが、奴は義理堅い男だ。 退社しても、年末のパーティーにも記者班と同じ時間帯からだが必ず参加してくれている」  その名は俺にはまったく馴染みがないけど、三人には違ったみたいだ。  さっきまでの勢いが嘘のように、聖南の興奮がみるみる削がれていく。  眉を寄せて考え込み、社長室が静まり返ったその時、聖南が社長へ核心を問うた。 「……そのグループってちなみに…誰だ」  それはこの場に居る全員が知りたかった事で、引き受ける引き受けないは別にして俺も聞いておくべきだ。  大集合したその場の全員の視線が、社長に注がれる。 「去年セナも関わった事があるからよく知っているだろう。 ───「Lily」だ」  グループ名を聞いた瞬間、聖南と恭也は大きな溜め息を吐きながら顔面を両手で覆って項垂れた。  その他のみんなは頷く程度だったのに、俺の両隣の二人だけ何故か溜め息が止まらなかった。

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