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監察日誌:山上と新人2

***  ピンクのウサギくん、もとい水野くんがやって来る日。山上は予想通り、そわそわしていた。  俺は前日から仕事が超多忙で、かまう暇なんて全然ないというのに、仕事をしているそばにわざわざやって来て、ひとりで喋り倒し、勝手に出て行く始末。  同じ署内にいるんだから、その内会えるだろうと、ゆったり構えていた俺。その後、山上からもまったく音沙汰がなかったので、いつものように逃げ出したのだろうと思った。  山上と音信不通になった六日後の夕方、煙草を吸いに喫煙所に行くと、煙草も吸わず俯いて座ってる、気落ちした山上を発見。  ――予想どおりピンクのウサギくんが音をあげて、逃亡でもしたのか…… 「お疲れ。珍しく、ふさぎこんでいるじゃないか?」  隣に座って肩を叩くと、ゆっくり顔を上げて、ぼんやりしたまま俺を見る。その瞳には、悲壮感が漂っていた。 「水野に……ファイルで頭を叩かれた……」  その言葉に何もしていない、俺の眼鏡が自然とズリ下がった。 (――この山上を、ファイルで叩いただと!?) 「水野くんっていうのは、随分とやんちゃするヤツなんだな」  山上の家の力を断ったり、叩いたり……芯が強いとかの問題じゃないぞ。 「水野はいいヤツだよ。今回は僕が悪いんだ……」  そう言って、寂しげに天井を仰ぎ見る。自分の非をあっさりと認めるなんて、山上らしくない。いつもなら、ぶーぶー文句を言い続ける場面なのに―― 「他のヤツが水野に触ったのを見て、何かイラッとしたんだ。それでソイツの手を、叩くように払ったんだ。そんな僕の態度がなっていないって、水野が怒って叩いたんだよ……」  長い台詞を言い終えると、手にしていたコーヒーをあおるように飲み干す。ズリ下がった眼鏡をやっと元に戻し、しげしげと山上を見た。  今の台詞を総合的に判断すると、オソロシイ答えが導き出されてしまう。この男は他人の機微に関して、敏感に反応するが、愛情のない家庭で育ったせいで、自分のことには無頓着な奴だった。  だから尚更、この答えを言っていいものだろうか―― 「山上は、何が一番ショックなんだ?」 「ん~……。水野に叩かれて、嫌われたことかな」 「他の人間が、水野くんに触っただけでイラついたのは、どうしてだと思う?」  天井を見上げていた山上が、俺の顔を不思議そうに見つめる。 「どうしてだろ……?」  ――その答えを、言っていいものだろうか。  眉間にシワを寄せ、しばし考えてみた。だが、当の本人としたら遠まわしでもいいから、答えを知りたいだろう。 「お前の行動は水野くんに対して、独占欲が表れた結果だと思う……」 「独占、欲?」  呟くように言った俺の台詞を、ゆっくりとリピートする。 「だって、最初から変だったからな。水野くんを、ピンクのウサギくんって呼んでみたり」 「…………」 「水野くんのことが、好きなんじゃないのか?」  俺がしぶしぶ口を割ると、山上は目を見開いて、形のいい口をぽかんと開けっ放しにした。いくらイケメンでも、その顔は締まり無さすぎだぞ。 「僕が、水野を好き?」 「先輩が後輩に叩かれたくらいで、普通はそんなに、ショックは受けないだろう?」  山上は胸に手を当てて、何か考えてる様子だった。やがて―― 「関、ありがとな。何かスッキリしたかも」  涼しげな一重瞼の下にある瞳に、じわりと熱が宿る。 「悪いが不毛な恋愛を、俺は応援しないからな。相手を大事に思うなら、出来る限り突っ走るなよ」  無駄と知りながらも、一応牽制しておく。山上が恋愛に関して暴走すると手に負えないのは、今までの経験上、目に見えていたから。  大学時代は組長の息子と駆け落ちをしたり、その後付き合った彼女が浮気をした際には、ボコボコにしたりと、親友として裏工作し苦労したのは、この自分なのだ。 「分かってるよ……」  口ではそう言った山上。 「俺はお前のように、繊細じゃないから。大丈夫だから……その、頑張るわ」  飲み干したコーヒーカップ片手に、背を向けて出て行くその後ろ姿は、いつもより小さく見えた。  愛に飢えている山上に、俺は何もしてやれない。友人として相棒として、どうすればいいのだろうか……   しかし俺の予想に反して、この日の内に水野くんが山上に襲われるなんて、思いもしなかった。  俺が言ってしまったことが、原因で――

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