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監察日誌:悲劇の行方4

***     そのまま監察室に戻ると、勢いよく扉を閉めて鍵をかけた。本当はいつ水野くんが来てもいいように、開けておかなければならないのだが――。 「鍵をかけたのは、あの日以来、か……」  俺は額に右手を当て、静かに目を瞑った。それは山上が水野くんと付き合うことになったと、告げられたあの日。  山上が去ってから直ぐに、デスクに置かれている書類をすべて、床に払い落とした。それだけでは気がおさまらず、扉に鍵をかけてから、本棚に綺麗に整頓されているファイルや本を、力まかせに次から次へと、足元に落としまくった。 「言葉にしないと、伝わらないことくらい……そんなことわかっているさ。でも俺は……くっ」  そのまま、床に散らばる本の上に跪いた。自分の弱さに呆れつつ、同時に怒りがふつふつと沸き上がり、うまく処理ができない。水野くんが好きだという気持ち以上に、自分がキズつきたくない気持ちが勝ってる時点で山上に負けているというのに、それすらも認めたくなくて。  山上が変な輩に追われたときも、水野くんはまったく悪くなかった。なのに、責めるような言葉を吐いてしまった自分。 「好きなのに……どうして、素直になれないんだろう?」  そして山上が、瀕死の状態の現在(いま)――俺の心の中でぶら下がった感情について、顔をしかめていた。その感情が、綺麗か汚いかなんていうのは言うまでもなく。 「自分がこんなに、卑しい人間なんて……ホント情けなくなるな……」  ギリッと奥歯を噛みしめて、横にある壁を拳で叩きつけた。次の瞬間、ポケットに入れたスマホが振動する。 「はい……関です。そうですか、わかりました」  平静を装い、そのまま通話を切った。頭が一瞬真っ白になり、なにも考えられなくなったのに、それでも体は無意識に閉じられた鍵を開けて、水野くんを迎える準備をする。  山上が死んだ――この事実を水野くんに伝えることが、俺にできるだろうか?  フラフラしながら椅子に座ると、両目から止めどなく涙が溢れてきた。俺は眼鏡を外し頭を掻きむしりながら、デスクに顔を伏せる。 「俺が……俺がこの仕事を、山上に頼まなければ……死なずに済んだのに。水野くん、済まない……」  泣いたところで山上が戻ることはないのに、自責の念やいろんな感情が相まって、涙が溢れて止まらなかった。 「もうすぐ……水野くんが…来るんだ。俺がしっかり……していないと」  気持ちを無理やり切り替え、頭を左右に振った。ポケットからハンカチを取り出して涙を拭っていると、ノックもなしに大きく扉が開く。その音に驚いて立ち上がった俺を、息を切らした水野くんが、目を大きく見開いて凝視する。 「……関、さん?」  俺のらしくない姿に、かなり驚いたんだろう。水野くんがとても小さい声で呼ぶ。  重たい体を引きずるように、やっと椅子から立ち上がり、水野くんの傍に向かう。 「取り乱した姿をして済まない。山上から話は聞いている。無事に届けてくれて、ありがとう……」  俺が右手を出すと水野くんはその手に、USBをそっと置いた。それをぎゅっと強く握りしめてから、傍らにある金庫に入れしっかり施錠した。 「一緒に……警察病院へ行こうか。山上が待っているから」  俺は水野くんの返事を聞かず、強引に左手首を掴むと足早に歩く。 「山上先輩……無事、なんですよね?」  その言葉に、すぐには答えられなかった。その代わり掴んでいる手首を、更に強く握りしめる。  俺の雰囲気を悟ってかそれ以上なにも言わずに、水野くんは引っ張られたまま車に乗り込むと、一緒に警察病院へ向かった。

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