66 / 533
side梅谷:〝小鳥遊〟という生徒について
「はぁぁぁ…疲れた……」
「クスッ、お疲れ様です。梅ちゃん先生」
「………」
寮監室にドタッと仰向けに寝転がって、深くため息を吐く。
元々、今回のクラス担任には自ら立候補した。
『………は? 見ず知らずの奴にお前の部屋の鍵を開けられる…だと!?』
櫻からされた話に、一瞬思考回路が停止した。
『そんな馬鹿なことがあってたまるかよ!!』
『で、ですがっ、既に理事長が決められてしまいまして…』
(はぁ? 阿保なのか!?)
エロガキ共の寮にこいつを住まわせることだって、譲りに譲ってやっと承諾したのに。
〝鍵を、開けられるだと? それも、いち生徒に?〟
んな馬鹿なことあってたまるかよ。
だが
その生徒は、あの噂の〝小鳥遊〟であるということ。
『その体が弱い小鳥遊に何かがあってはいけないし、もし万が一あった場合に負うリスクを考えると、やむ終えず了承するしかありませんでした…』 と、櫻は諦めたように笑っていた。
(……っ、なんで)
何で、俺じゃなくお前が犠牲になるんだよ……
守りたいのに、何故か上手くはいかなくて。
もう、これは覆せないのか? 決定事項なのか?
(ならーー)
〝俺は、そいつの担任になる。〟
学校では常に異常が無いか俺が見張って、寮に帰っても櫻には何も害が及ばないようにするから。
だから、もう1人で抱え込むな。
『俺たちふたりで、小鳥遊を何とかしよう』
『な?』と問いかけると、『…っ、ありがとう、ございます……』と消えそうなくらいに泣きそうな声が返ってきた。
そうして、緊張しながら今日を迎えた、のに……
「……………」
警戒していた小鳥遊は、予想とは遥かにかけ離れた奴で。
(寧ろ、)
いい子すぎて、こっちが困る程だった。
綺麗な顔立ちに華奢な体。
素直な性格に、純粋な瞳。
こいつは本当に外の世界を知らず、部屋の中で育ってきたのだと感じた。
準備室でも、かなり警戒されてたな。
俺が質問してるのに、こちら側を観察するようにじぃぃっと見つめながら1つ1つ答えていた小鳥遊を思い出す。
(多分、)
外の世界を知らないから、誰を信じていいのか誰を信じちゃいけねぇのかがわかんねぇんだろうな。
だから自分でじっくり観察して、ちゃんとその人のことを知っていって。
そして、一人一人信じていっているのだと思う。
佐古も、きっとそれに引っかかったんだな……
あの純粋な瞳と真っ直ぐな心に入り込まれたんだろう。
だから今、あぁしてあいつの隣にいるんだと思う。
(しっかし、まぁ)
「あの佐古がなぁ……」
「ふふふ、実際に見てどうでした? 私の言った通りでしたでしょう?」
机にお茶を持ってきてくれた櫻にクスクス笑われた。
「いやぁ、あんなに手を焼いた頃が懐かしいわ本当」
櫻だけにあんな不良を任せるのは御免だし危ないと、よく一緒に中学寮まで注意に行っていたのを思い出す。
「そうですね……もう私たちからも卒業でしょうか?」
「どうだろうな…まぁ、取り敢えずはあいつらに任せとけばいいんじゃねぇか?」
「クスッ、丸雛君も矢野元君もいい子ですもんね。
ーー小鳥遊君も」
どうでしたか? 私が初日に電話で話した通り、警戒しなくてもいい子だったでしょう?
ふふふと笑われて、ふんっと鼻を鳴らした。
「あいつは別の意味で危険だ。
ったく…今までどんだけ箱入りだったのか……」
「でも、その割にはとても礼儀正しく優しい子です」
「それが尚更危険なんだろうが」
此処は、普通の学校とは違う。
ここの連中にとっては〝小鳥遊〟は、〝龍ヶ崎〟と同じくらいにコネが欲しい家だろう。
(いや、下手すりゃ龍ヶ崎より、もっとだ)
あの大事な大事な小鳥遊のひとり息子が、やっと家から出てきた。
群がるのも、時間の問題……
「ーー大丈夫ですよ」
ふわっと頭を持ち上げられて、櫻が膝枕をしてくれる。
「きっと、丸雛君や矢野元君や佐古君が助けてくれますよ。これからもっとお友だちも増えていきます」
それに、寮には私が居ますし学校には貴方が居ますから。
優しく、優しく、髪を撫でられて。
「ね? 梅ちゃん先生?」
「………櫻」
頭を撫でる手をグイッと引っ張って、俺の上に覆い被せるように寝かせた。
「お前それ、俺に怒られたくてわざと言ってんのか?」
「ふふふ、さぁ…どうでしょう?」
楽しそうに笑うこいつは、本当に幸せそうで。
(まだ、やる事あんのに)
小鳥遊から聞いた体のことを、センシティブな部分は極力避けて書類にして各先生たちに共有して注意を呼びかけて。
食堂のコックにも食べれる物・NGな物の話をして。
風紀と生徒会にも教えとかないといけねぇのに……
「はぁー……」
「??」
俺の上で楽しそうにニコニコと笑っているこいつを、どうも退けることが出来ない。
「……なぁ。
いい加減、ちゃんと名前で呼んでくんねぇの?」
「ふふふ、私はもう暫く梅ちゃん先生と呼びたいですねぇ」
「だーめ、却下」
「えー」と笑うこいつの顔を、優しく笑いながら両手でフワッと包む。
「ほら、呼んで?
ーーケイスケ」
「っ………、今のは、反則です……」
至近距離で名前を呼んでやると、途端にボワァッと顔が真っ赤に染まる。
「ふっ、可愛いな」
「っ、」
「ほら、呼んでくんねぇの? お前から誘ったんだろ?」
「〜〜っ」
意地悪くニヤァッと笑うと、もっと赤くなってそのままガバッと抱きつかれた。
ポソッ
「…………シュン、ト……」
俺の耳元で小さく呼ばれた自分の名前に、キュッと胸が鳴る。
(嗚呼、愛おしいな……)
耳まで真っ赤になってるこいつに、優しくキスを送った。
ともだちにシェアしよう!