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「ーーーーっ、ぁ………」 ドクンと心臓が大きく音を立てて、一気に周りの音が消えていく。 「ぁ……はっ」 自分が今どこに立っているのかもよく分からなくて、カクンと足の力が……抜けて。 「っ、アキ!!」 誰かが、崩れ落ちる俺を必死になって支えてくれた。 逆側からも知ってる体温が力強く支えてくれてるのが分かる…けど。 「はっ……ぁ、っ、は」 (息が、うまくできない) 吐きたいのに吐けなくて、苦しくて苦しくて思わずぎゅぅぅっとネックレスの玉を握りしめる。 「過呼吸だ……っ、何か、紙袋みたいなのはねぇのか!」 「直ぐに持ってまいります!」 バタバタと周りが騒めき出す。 でも、俺にはそんなの全然聞こえなくてーー 冷たい目と、冷たい声。 何度も何度も繰り返し頭の中に響く、その言葉。 『貴方なんか、産まなきゃ良かったのに』 「ーーっ、ぁ、」 (ねぇ、母さん) そんな事言うならさ、どうして俺を産んだの? どうしてそんなに…俺の事を嫌うの? 俺、貴方に何かしたかな? それとも、何もしてない? 何が……いけなかったんだろう。 ふわりと暖かいものに体を抱きしめられて、背中を撫でられる。 「アキ、アキっ!」 (ぁ……レイヤだ) 誰かわかった途端、涙がボロボロ出てきて 泣き始めた所為でもっと息ができなくなる。 「はっ、ぁ、っは…はぁ、は……っ」 「っくそ、苦しいな。もうちょっとだから」 片手で抱きしめてくれて、背中を撫でてくれて。 (レ、イヤ…レイヤ、レイヤ、レイーー) パシンッ!! レイヤの事で頭の中を一杯にしようとした俺の耳に、乾いたような強い音が聞こえた。 「ーー母さん、最っ低」 「ぇ、ハル…?どうして………」 「貴女は…今、母として1番言っちゃいけない事を、言ったよ」 涙てぼやけた視界の中で、ハルが母さんに平手打ちをしたのが見えた。 (ハ、ル) 「貴女に何があったのか、どんな事で苦しんでいるのか…僕には分からない。 でも、それでも、言っていいことといけないことはある」 周りの音が中々耳に入ってこない中、凛としたハルの声だけは…ちゃんと聞こえてきて。 「母親はね、1人しかいないんだよ。どんなに嫌われてもどんなに蔑ろにされても、母さんは母さんなんだ」 カツンと、ハルが一歩前に出る。 「それなのに、母さんは今、1番言っちゃいけない事を口にした。 〝産まなきゃ良かった〟なんて、責任のカケラもない言葉を…口にした……っ!」 キッ!と、母さんを睨んだのが分かった。 「僕たちがどうして貴女を選んで生まれて来たのかなんて、まるで分からない。でも、それでもきっと…母さんの事が好きだから、僕らはこうして貴女の元に来たんだ! それなのに、そんな言葉口にするなんて、最っ低だ!!」 ビクリと、母さんが震える。 「アキが…一体何をしたの? ねぇ、何したのか教えてよ。あんなにいい子、他にいないよ? ーー僕とって、アキは自慢の弟だ」 (っ、ハル……) 「それなのに、いつもいつもアキにばかり冷たくあたって…怒って……挙げ句の果てにこれ? ハッ、笑えないんだけど。 ーーーーねぇ、謝ってよ」 「ぇ?」 「貴方のその言葉の所為でこんなにも傷付いてあぁなってるアキに、謝ってよ!!」 「ーーっ!」 「なに泣きそうな顔してるの? 泣きそうなのは僕らの方だっ! 早く、早くアキにあやまrーーっ、 ゴホッ!」 急に、ハルが苦しそうに口を押さえながら咳をした。 「ゴホッ、ゴホゴホッ、っ、ゴホッ…!」 「っ、ハル様」 直ぐに月森先輩が寄り添い、優しく背中を撫でながら口から手を離させて……絶句する。 「ハル、様………血が」 「ゴホッ、ゴホゴホッ、コホッ…っれくらい、へいきです、だいじょうぶ」 苦しそうに胸を抑えヒューヒュー肩で呼吸をしながら、それでも一歩も譲らずに母さんを睨んでいた。 「さぁ、あやまって……ねぇ!!!!」 俺も初めて聞く、ハルの大きな大きな声。 母さんも、目を丸くしてハルを見ていた。 やがて、 ポツリ 「……め、なさ……ぃ」 「はぁっ…なにっ、聞こえない、んだけど?」 「ご、めんなさぃ、ごめんなさい、ごめんなさい…ごめん、な、さ……」 崩れ落ちるように地面にこうべを垂れて、ブツブツと…母さんはまるで譫言のようにそれしか言わなくなってしまった。 そんな母さんを冷たく見下ろして、ハルの体がふらりと傾いた。 「っ、ハル様!!」 咄嗟に月森先輩がハルを受け止めて、顔色等を確認する。 「ーーっ、これは……、 丸雛くん矢野元くん!急いで救急車を!! 佐古くんは早く櫻さんたちに連絡を!」 文化祭での失敗を繰り返すことの無いよう迅速に動いて指示を出してる先輩に、安堵する。 (ハ、ル……) 先輩の腕の中に抱かれているハルはぐったりとしていて、苦しそうに顔が歪んでいて。 「ぁ……、ハ、ル」 「っ、ア…キ」 苦しい中、なんとかハルに手を伸ばす。 でも、その手は届くことはなく。 「おい、アキ!」 ガクンッと一気に体が重くなって、レイヤにもたれかかってしまう。 目の前がぐらぐらと揺れていて、だんだん視界が暗くなってきて…… (っ、レイヤ、ハル………) 遠くから聞こえるサイレン音と、慌てるような沢山の足音と、名前を呼んでくれる必死な声と。 全てを微かに聞きながら、意識が遠のいていったーー [反撃編]-end-

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