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Taylor Richardson家 in キッチン

※P434「Taylor Richardson家 in飛行機」とP522「Taylor Richardson家 in 新しい我が家」の間くらいの時系列です。 【side Padrick】 私たちは今、目を疑っている。 誰もいない広々としたキッチンにポツリ佇む大きな背中。 炊飯器3台を動かし、コンロの口もフル稼働。 慣れた手つきで包丁片手にサクサク動いている、あの男は…… 「……本当に、私たちの息子か…?」 それは突然。 休日で仕事もなく、妻と庭で仲良く遊ぶ兄妹を眺めていると、慌てたようにシェフが走ってきた。 『ヒデト様が〝今日の夕食は自分が作る〟と仰り、皆締め出されてしまいまして……』 (なんだと? あの子が料理?) そんなもの聞いたことがない。 いや、日本の学園では自立がモットーで寮内に食堂がなかったため、自分たちで作らねばならないのは知っていた。 だから多少なりとも料理ができることも。 だが、 『ヒデトは、自ら進んで料理をするような子だったのかい?』 『……いいえ、まったく作らない子だったわ。興味もなさそうな雰囲気で…』 幼い頃の様子とあまりに違いすぎる。 なんだ? 一体どうしたのだろうか。 まさかここでの料理が口に合わなかった? いつも残さず食べていたが、実はつらかったとか? しまった、私たちはまたあの子に無理強いしてしまったのだろうか。 シェフも心配しており、『ヒデト様へもっとヒアリングしていれば…夕食後にでもさせていただいてよろしいでしょうか』と許可をもらいに来たらしい。 『……私、キッチンへ行ってくるわ。 あの子がどんな顔してるのか 見にーー』 『私も行こう、心配だ』 『一旦私たちへ任せてくれ』と指示を出し、屋敷の者たちに兄妹のことを頼み そろりそろりと、覗きに来てみれば…… (楽しそうに、料理しているな) テキパキと動く体。 あまりに軽やかで鼻歌が聞こえてきそうだ。 ヒソヒソ…… 「あの子、あんなに料理できるのね……」 「学園内外のことはある程度監視から報告されていたが、寮内のことはまったくだったからな…知らなかった……」 「同室の子が教えてくれてたのかしら、あの…アキさん? ハルさん?」 「あぁそうだね、きっとそうだ」 にしても本当に無駄のない動き。 どの料理にどれくらいの工数がかかるからどこから作っていくとか、レンジやオーブンはどの順番で入れていくとか、コンロの口で何を煮たり焼いたりするのかなど、緻密に計算されている。 元々要領がいい子だと感じていたが、それをここにも応用できるとは。 ……だが、炊飯器が3台動いているのは何なんだ? 何をそんなに作っている? 日頃の量が足りなかったか? 育ち盛りだし、もっと多いほうがよかったkーー 「あの子、魚も捌けるのね」 「ほんとだな、手際がいい」 「内臓を取り出すの難しいのに…すごい…… 包丁もちゃんと専用のものを使ってるし、ヒデト本気で料理を学んだのね。 私も一緒にやりたいわ」 「やればいいじゃないか。 次にでも一緒にキッチンに立つといい」 「そうね、それとなく言ってみようかしら」 妻は一般の出で、料理は家庭的な味がして美味しい。なにより料理をするのが好きだ。 息子と料理できるなんて想像もしてなかっただろうから、きっと嬉しいだろう。 しかも、あのツンとしている息子とだ。 (しかし一体なにを作っているんだ……?) 見たところ恐らく日本食。 魚を多く捌いているし海鮮系か。 いい匂いのする鍋の中は、味噌汁だ。 日本食が食べたかったのだろうか。 やはりこちらの食事は合わなかった? それなら、今からでも日本人のシェフを雇ってこようか。 食は日々のコンディションに大きく関わるから、ここでストレスを抱かせるのはーー 「「おーにいーさまー!!」」 私たちがいなくなったのに気づいたか、幼い子どもたちがバタバタ走ってきた。 行き先はシェフに聞いたか…… 「ん、来たのか」 「いいにおーい!おにいさまが料理してるの?」 「あぁ、たまにやっとかねぇと忘れるって言うしな」 「すごい!おいしそー!!」 「ぁ、あ、ぼくにもみせてっ、だっこ!」 「今は手が離せねぇから後でな。 ほら、もうすぐできるから席座っとけ」 「はーい!……ってあれ、おとうさま、おさあさま?」 「おとうさまおかあさまっ?」 「ん? あぁなんだ、いたなら声かけろよ」 「い、いや…私たちは……」 「? まぁいい。 あのさ、屋敷の人たち呼んできて」 「は?」 「手巻き寿司パーティー、するぞ」 「うわぁ……!」 「これはこれは……っ」 集まってきた屋敷の者たちの、感嘆する声。 大きなテーブルいっぱいに並べられた皿には、色とりどりの溢れんばかりにのせられた具材。 綺麗に捌かれた魚介はどれも新鮮で、思わず手が伸びてしまいそう。 胡瓜や卵焼きなども縦に切られていて、巻きやすく考慮されている。 さくらでんぷんやイクラなどの色物もあり、本当に華やかだ。 「適当に席ついて、適当に巻いて食べてくれ。 海苔と酢飯は席に近い皿から取るといい」 「あ、あのヒデト…これは……」 「酢飯が無理って人は普通に白ごはんも炊いてるから、言ってくれれば持ってく」 「いやあのっ、ヒデト様…これは一体……」 「そもそも魚介が無理ってときは、唐揚げとかそういうもんも準備してるから」 「おにいさま…これ……っ!」 「あぁ、お前らにはこれと別に寿司ケーキとかいうのも作ってみた。 冷蔵庫で冷やしてるから、後で取ってきてやrーー」 「「「ヒデト・ヒデト様・おにいさま! 一体どうして……!?」」」 「………あー、なんだその、引越し祝いと いうか……」 「……は」 こっちに越してから、全然ゆっくりできなかった。 アイツは俺のせいで溜めた仕事に大忙し。 お袋は兄妹の世話をしたり兄妹のぶんの荷物整理もしてやったりでバタバタ。 屋敷の人たちもいきなり帰ってきた5人に日々大慌てで。 「そんなこんなで、そういえば引越し祝いしてなかったなと思って。 せっかく海外に越したんだし、息抜きも兼ねてやっときてぇなと。ほら、今日お前も仕事休みでゆっくりしてるし。 …いや、元はと言えば俺が原因でこうなってんだからお前が言うなって話だけど、なんつぅか…その……」 ……いま、私たちは何を言われているんだろうか。 (これは、現実か?) あのヒデトが。 沢山きつくあたってしまった、あの子が。 辛い目に遭わせてしまった、あの子が。 こんなにもーー 「っ、う、うぅ……ぅっ」 ハッと隣を見ると、両手で顔を覆いながら大粒の涙を流す妻。 「は!? おい泣くなよ、なんだ一体」 「あ、り…がと……ありがとう、ヒデトっ。 今度一緒に、料理しましょう…?」 「あ? あぁ…まだそんなにはできねぇけど……」 「え!? 何言ってるのよ、完璧じゃない!ひとりでこれだけ作れて…… 息子の作った料理を食べれるなんて夢みたい…あ、写真!撮ってもいい!?」 「別にいいけdーー」 「ヒデト様わたしも!わたしも撮ってよろしいでしょうか!?」 「わたしも!」「自分も!」「私も!」 「あぁ………?」 妻と同じように涙を浮かべる屋敷の者たち。 嬉しいのだ。当たり前と思っていた仕事に、こんなにも素敵な感謝がもらえて。 「……ヒデト…」 「…お前は泣くなよ、おっさんが泣くとかキモいだけだ」 「あぁ…だが、自然と目の前がぼやけてしまうよ……」 「それが泣くってことだろ…ハリウッドスター怖ぇよ、表現……」 「ヒデト、ありがとう。 料理だけじゃない、こうして私たちのことを考えてくれたこと。 その心が、私には嬉しい」 「そ、かよ……っ、あぁもうまどろっこしい!さっさと食うぞ、鮮度落ちんだろ」 照れたように頭をガシガシ掻きながら、席につく姿。 こんな息子を妻からもらえて、私はなんて幸せ者なんだろうか。何故あの頃の自分は気づかなかったのか…この後悔は生涯かけて背負っていく。 天国のヒデトの父親へ感謝しなければならない。 私は、あなたから抱えきれないほどの幸福をもらっている。そちらへ行った際には、ぜひ話を聞いてほしい。 まぁ、見守ってるだろうからもう知っているかもしれないが。 席へ着き改めて見ると、食べるのが勿体無いほどの綺麗さ。 まるでーー 「宝石みたいねっ!キラキラー!」 「ほら、んなこと言ってねぇで包むぞ、やり方わかるか」 「わかんない!教えておにいさま!」 「ぼくもっ!」 「じゃあ海苔持て、そこにあるだろ」 「「はーい!」」 「ヒデト様、手巻き寿司は初めていただきます。 楽しいですね、このような料理が日本にあるとは」 「こっちでも新鮮な魚があるんだな、普通に刺身で食えそうでびびった」 「お望みでしたら常時冷蔵庫へ入れておきます」 「あー、いや、いい。 それより、ここの地域の料理…伝統料理? とかあれば知りてぇんだが」 「勿論です、ご教示いたします」 「あぁ」 「学園のお友だちに教えるの? いいわね」 「色々習ったからな。こっちのこと教えてやりてぇし」 わいわい わいわい 大きなテーブルを囲みながらあちこちで聞こえる会話。 そのどれもが楽しそうで、みな笑顔で。 この空間を作り上げたのは、間違いなく あの子で…… 「………っ、」 仕事はもうすぐ片付く。 それが終わったらもっと家族と過ごす時間をつくろう。 子どもたちの学校の手続きも速やかに。きっと友だちが早くほしいだろうから。 長期の休暇には旅行したい。みんなで他の国へ行こう。 そうやって新しいものと触れ合い、成長し、大きくなっていってほしい。 (あの学園の子たちの成人式のスーツは、うちでも最高級のものにしなければ) 本当に感謝してもしきれない。 ーーあとは、私が 覚悟を決めて着いてきてくれたヒデトを、私が 精一杯育てあげてみせる。 (私も、ヒデトが継ぎたいと思うような会社づくりを、もっと……) 夢のような時間。 それに浸りながら、妻や子どもたちの笑顔・屋敷の者たちの楽しげな声に耳を傾けて ひとり、頭の中で思考を張り巡らせた。 (ねぇおにいさまっ!わたしも料理したい!) (ぼくもぼくもっ) (そうだな……じゃあ料理教室やるか) (うわーい!) (なにつくるの!?) (豆乳クッキーならできるだろ、今度好きな型抜き買いに行くか) (豆乳なんて珍しいわね。普通のクッキーのほうが簡単なのに) (……あぁ、俺にはこっちのほうが簡単なんだよ) fin. 佐古いい男になったな、巡り巡って自分も料理教室するんだな、豆乳クッキー思い出がいっぱいあるもんね、書きながら情緒がくぅぅ…となりました笑 BLではなく申し訳ない

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