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第2話
割と。
どうかと思う対応をした自覚は、ある。
施設に帰り夕食を食べ風呂に入り、中学入学と同時に貰った1人部屋でベッドに飛び込んで早々に俺は自己嫌悪に勤しんでいた。初対面の人にあれはどうなんだ。いやでも、多分もうニ度と会わないし。気にしても仕方がない、とは思うけれど。
枕に顔を埋めて、放り出した手のひらをぼんやりと眺める。全部が終わってしまったあの夜から形だけは大きくなったこの手は、きっとその実なにも成長していないのだろう。彼はたまたま通りがかっただけの人で、偶然聞こえたピアノの音に興味を惹かれただけなのだ。こちらの事情を知っている訳もなく、本気で声をかけたということでもないだろう。もしかしたら伴奏者に欠員が出て取り敢えずの代役が欲しかっただけかもしれない。なんにせよ色々と可能性は考えられて、だからあんなにムキになることもなかったのに。
怖くなった。
懲りもせずまた思い上がろうとしている、自分が。
期待されているなんて勘違いをしそうになることを、恐れたのだ。
それはそれとして。
……やっぱりただのやつあたりだよなぁ。
思わず声を上げそうになって、なんとか耐える。さすがに隣室の奴に迷惑をかける。あぁそういえば、早く部屋も探さなくちゃならないんだった。考えたくない。何も。
深く深くため息を吐いて、途端に疲れが出たのか湧いてきた眠気に眉を顰める。こういう時は大体夢見が悪い。眠るなら気分を変えてからが良い。
手探りでスマホを掴み、ミュージックのアイコンを押して1番上に出てきたプレイリストをシャッフルにし再生する。軽やかなギターの音。音漏れしないぐらいまで音量を下げ、スマホの画面を消して耳元に置く。
自分だけに聞こえるように。
そうして俺は、目を閉じた。
夢を見る。
すべてが終わった、あの夜の。
準優秀賞と刻まれた盾が、父の手から滑り落ちる。俺は思わずそれを目で追って、床に叩きつけられた衝撃で表面を飾る装飾が壊れる瞬間を見た。いつも繊細な動きで鍵盤の上を疾る綺麗な父の手は、続いて力強く俺の頬を叩いた。ぱん、という乾いた音が響く。
痛みの直後に熱を持った頬を片手で押さえ、俺は父を見上げた。
父は酷く怒っていた。泣いているようにも見えたし、苦しんでいるようにも見えたけれど、やっぱり怒っていたのだろう。
呆然としている俺の耳に、父が怒鳴り喚いている内容は半分も入ってこなかった。だけどたった1つ。その中の1つだけ。
お前には才能が無い。
その言葉だけは、出来の悪い俺の頭でも理解出来た。
理解してしまった。
それは死刑宣告だった。
どれだけ頑張っても、どれだけ願っても、俺の欲しかったものは絶対に手に入らないのだと。思い知らされる、言葉だった。
視界の端で、悪魔が笑っている。
目が覚めた時の気分は最悪だった。
夢の中ではずっと"これが悪い夢なら早く覚めて欲しい"と願っていたのに結局顛末を見届けてしまった。
きっと久しぶりに、人に音を聴かれたからだろう。
否。もしかしたら、ピアノを弾くのが楽しいなんて感情を抱いてしまったからかもしれない。
情けなくも溢れていた涙を乱暴に擦って、両手で自分の頬をぱんと張った。あの日と同じ、けれどずっと弱い痛みで、意識を覚醒させる。
忘れてはいけない。
思い上がるな。
音楽は楽しくなんかないし。
お前に才能は無い。
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