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紫陽花の詩

 バス停で見かける彼は、いつも文庫本を片手で開いて、黙々とそれを読んでいる。  内容なんてさっぱり分からないけれど、彼が読んでいるというだけで、興味すら湧いてしまう。  つい最近、制服で俺の通っている高校の近くにある進学校と名高い私立高校に通っているらしい事が判明。俺には遠い次元の人、なのだと思う。  背がすらっと高くて、脚が長い。横顔は、形の整った鼻や顎のラインがとても綺麗で、しょっちゅう見惚れていた。  真っ直ぐな背筋とか、文字を追う目とか、彼の一挙一動を目に焼き付けたくて、俺はいつも彼を見ているのだ。  多分、俺は彼が好きなのだと思う。  目の前を俺が乗る予定だったバスが、無情にも通りすぎていった。間に合ったら奇跡だとは思っていたが、現実になるとこうも凹む。 「あー……」  次のバスまでだいぶ時間があり、俺がため息を漏らすと、誰かの落胆の声が重なった。  振り向くと、あの彼がいた。 「君も、乗り遅れた?」  苦笑しながら彼が――おそらく、多分俺に――尋ねた。 「は、はい」  心臓が爆発しそうなくらいドキドキしている。 「いつも一緒にバス乗るけど、話すの初めてだよね」 「そ、うですね」  にこやかに言う彼は、やっぱり格好いい。  本当はもっとスムーズに話したいけど、緊張やらパニックやらで何を話せばいいのか分からなかった。 「わ、雨降ってきちゃったね」 「え…うわ。傘ない!」  ぽつりぽつりと大きな水滴が空から落ちてきて、すぐに勢いが増した。  途端にワイシャツが肌に貼り付く感触がする。あまり心地好いものではない。 「雨宿りしようか」  彼はそう言うと、学生鞄を頭の上にかざして傘の代わりにして、俺の手を掴み、走りだした。俺も真似して、鞄を頭の上にかざした。  夢かと思った。手を繋いで一緒に走るだけで、こんなに幸せだ。 「今日は図書館休みなんだね」  着いた場所は、バス停のすぐ近くの図書館だった。定休日のようで、中には入れなかったが。  図書館の屋根の下で、雨が止むのを待つけれど、雨足は強くなる一方だった。 「……雨、止みそうにないね」 「そうですね……」  一緒にいられる時間を無駄にしたくない。  なにか共通の話題があれば、と考えを巡らせるが、残念ながらまったく思い付かなかった。  ―――緊張、する。  顔がとても熱くなっているのが自分でも分かる。 「いつも……さ」 「え?」 「……いつも、バス一緒だから、ずっと話してみたかったんだ」  ふわふわと笑う彼の言葉が、俺の心を躍らせる。  期待してもいいのだろうか。喜んでも、いいのだろうか。 「……お、俺もです…」  語尾が自然と小さくなった。  俺は自分の紅い顔が恥ずかしくて、自分の爪先を見つめていた。  それきり会話が続かず、雨が地面を叩く音だけが耳に入る。  自分がもっと話上手だったり、話題が豊富だったら、もっとたくさん話せるかも知れない。だけど、実際の俺は口下手で話題も乏しい。 「……雨、早く止むといいですね」  止む気配のない雨。  彼と一緒にいられるのなら、この雨すら愛しいけれど。  ―――本当は、止んでほしくはないのだけれど。 「……雨が、止まないで欲しいと思うのは、やっぱりおかしいのかな」 「え」  ぎゅ、と、手を握られた。 「……ごめんね、おかしいよね、僕」  ぱ、と離そうとする彼の手を無理やり握った。 「俺もっ……雨、止んでほしく……ないです」

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