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第14話

 扉を出て行く瞬間に振り返ったキリヤ様の眼差しが無性に思い出される。抗えない運命に諦念を覚えながらも、どこか縋るものを求めたような眼差しの切ない煌めきのような気がしてならない。  比べるのも畏れ多いのかもしれないが、ファロスも割と贔屓にしていた男娼が今を時めく大商人に身請けが決まった時にもあんな表情を浮かべていた。彼には意中の男性が居た――しかし、その人は身請けに掛かる莫大な金子を用意出来ない身の上だったらしい――のは娼館での語り草だったので、あらましは知っていた。  その男娼が浮かべていたような切なそうな眼差しをキリヤ様も間違いなく深々として謎めいた煌めきの中に間違いなく浮かべていたように思ったのはファロスの気のせいとはとても思えない。  今頃、エルタニアの宰相にも禊という名であのしなやかな肌身を許しているのだと思うと焦燥感とか嫉妬の念で居た堪れない。大切な神事だということは頭で分かってはいても、感情は燻る思いの火に焼かれているような感じだった。  ただ、間近に迫っているファロスの参謀という初仕事を遺漏なく成功させるにはキリヤ様が得る最新情報も必要ではあったが。  一刻がこれほど長いとは思ってもいなかった。普段ファロスの頭の中では考えるべきこととか分析すべきこと、そして学んだり新たな知見を得たりするための読書のことなどで一杯だったので。  何も手に付かないという自分の状況そのものが信じられない。しかも戦は目の前に迫っているというのに。 「遅くなって済まなかった」  キリヤ様が夜の闇にも眩い月の光にも似た純白の絹の衣装を纏った姿で扉を開けた。  ファロスは壁の地図に見入っている振りをしつつ、実は何も目に映していないのを上手く取り繕って平静な笑みを浮かべていることを自ら確かめておもむろに視線を転じる。  キリヤ様は先程と全く変わらない笑みを浮かべている。神事として肌身を許すという行為が日常だからだろうか。 「いえ、約束の一刻は未だ経っておりません。その上、このお部屋には興味を惹く物が多すぎて時間があっという間に過ぎたような気も致します」  己の嘘を暴くかのようにキリヤ様の月の額飾りがより一層の眩さで煌めいていた。

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