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第15話

 蜂巣(ハチス)に入るなり背後からぎゅうっと抱きついてきた青藍を、ちふゆは邪険に引き剥がした。  青藍が、犬を思わせる黒い瞳をきょとんと丸くする。 「ちー。なに怒ってんの?」  暢気に問われて、ちふゆは苛々と眉を吊り上げた。 「おっ、おまえがあんなトコであんなこと言うからだろっ!」 「あんなこと……?」  くるりと動いた目が、記憶を探るように左斜め上を向く。  数秒の後、「ああ」と青藍が手を打った。 「お父さんとお母さんの前でちーに好きだって言ったこと?」 「違うっ!」  咄嗟に叫んでから、ちふゆは、いや、それもあるかと思い直した。 「それもだけど、そうじゃねぇよクソバカっ。おまえ、なんでオレに言わずに母さんに先に言うんだよっ」  ちふゆは怒りのままに、青藍の青い色の着物の胸倉を掴んだ。  乱暴に揺さぶったせいで、袷がはだけ、襦袢も乱れた。 「ちー?」  本当に、なんのことかわかってなさそうな青藍を、睨み上げて。  ちふゆはツンケンとした声で男を責めた。 「おまえの名前っ! なんで先に母さんに教えるんだよっ。ああいうのはふつう、オレにだけこっそり言うもんじゃねぇの?」  思い出すだけで腹立たしい。  俺の名前、夏海(なつみ)です、だなんて。ちふゆにも話していないことをアッサリと母親に告げるなんて!     青藍の手が、胸倉を掴んでいるちふゆの手首を握ってきた。  その、火照ったてのひらの温度に、ちふゆはドキリとする。  ちふゆと視線を合わせて、青藍がくしゃりと笑った。顔全体で笑う、人懐っこい笑みだ。  怒られているくせになにが可笑しいのだ、とちふゆはますます不機嫌になった。 「ちー。それ、ヤキモチ?」 「はぁ?」 「お母さんよりも、ちーが先に知りたかったってこと?」 「……べ、べつに、そういうわけじゃ」 「ちふゆ」  青藍の声が、ワントーン低くなった。  あ、とちふゆは思う。  この声は、いつも、青藍のスイッチが入ったときに耳にするものだ。  ベッドの上で聞く、少しいやらしい声だ……。 「ちふゆ。俺の特別になりたい?」  男の黒い瞳が、とろりと熱を孕んで瞬いた。  青藍の纏う色香に、ちふゆの喉がごくりと鳴る。 「お、オレよりも……」 「ん?」 「オレよりも、おまえの方がなりたいんだろっ。お、オレの特別に、おまえの方がなりたいくせにっ」    青藍の特別になりたい、という素直な言葉は出て来ずに、代わりのように天邪鬼なセリフがポンポンと飛び出してしまった。  ちふゆは頬がカッと赤くなるのを感じた。  可愛げのないことを言ったという自覚が、焦りとなって胸の中に広がってゆく。  いい加減、嫌われてしまったのではないか、と俄かに不安になって、ちふゆは青藍をそっと伺った。  青藍は……青藍はひどく真顔でちふゆを見つめていて……。  青藍の手が、着物を掴んでいたちふゆの指を、強引に引き剥がした。  怒らせてしまったのだ……。  ちふゆが後悔に顔を歪めた、その直後。  ちふゆのてのひらに、なにか、ゴリっとした硬いものが当たった。  え、と思って視線を落として見ると、青藍がちふゆの手を自身の下半身へと誘導し、そこを押し付けていたのだった。 「な、な、な……」  パクパクと魚のように唇を開いたちふゆに、切羽詰まったような目を向けて。  青藍が低い声で答えた。 「なりたいよ。ちふゆの特別に、なりたい。楼主たちと話してたときから、たまらない気分だった。おまえが可愛すぎて……すぐに押し倒したいのをずっと我慢してたんだ」   着物のやわらかな生地で覆われていたから気付かなかったけれど……青藍のそこはすでに形を変えて、ちふゆのものよりも大きなそれが、硬く勃ち上がっている。  ちふゆのてのひらの下で。  青藍の性器がどくりと脈打った。  さらに硬度を増したそれに、ちふゆの劣情もたやすく煽られる。 「ちふゆ。おまえを抱きたい。俺を、おまえの特別にして?」  さらりと髪を揺らして、小首を傾げた青藍が、ちふゆを覗き込んでくる。  いつもは穏やかな大型犬のような印象の彼だったが、いまは肉食獣だ。  ぎらぎらとした欲望が全身から立ち昇るようで、ちふゆはその空気に()てられて、くらくらとしてしまう。 「ちふゆ」  甘く掠れた声で返答を急かされ、ちふゆはごそりと手を動かして、青藍の股間をおずおずと揉んだ。 「し、してやっても、いい」  最後の『い』という音を発声するかしないかのタイミングで、性急に唇を塞がれた。  ちゅ、ちゅ、と吸いついてくる青藍のキスに、ちふゆは翻弄された。  舌に舌を絡めとられ、ちゅばちゅばと(ねぶ)られ、膝が震える。  青藍に腰を抱かれて、蜂巣の奥へとキスをしたまま移動する。  途中何度も壁際に背を押し付けられ、深いキスの合間に一枚ずつ服を剥ぎ取られていった。  ベッドまでの導線に、点々とちふゆの衣類が落とされて。そこに、青藍の帯や着物、襦袢などが混ざっていた。  気付けばちふゆは、マットレスの上に全裸で横たえられ、同じくすべてを取り払った青藍に、組み敷かれていた。   ちふゆに圧し掛かってくる男の全身には、剣道で鍛えたというしなやかな筋肉が浮いていて。  体の中心には隆隆と天を仰ぐ欲望が息づいている。  それを目にした途端、ちふゆの後孔がひくりと蠢いた。  青藍の指で散々弄られてきたちふゆのそこが、逞しい牡を見て疼いたのだ。  ちふゆの体は、すっかり変わってしまった。  青藍に会って……彼の愛撫を受けるようになって、すっかり変わってしまった。  以前のちふゆなら、男に抱かれることなんて考えたこともなかったし、後孔に感じる場所があるなんて思ってもみなかったし、乳首だって……こんなにすぐにぷくりとしこることだってなかった。  ぜんぶ青藍のせいだ。  ちふゆは、青藍によって変えられてしまった。 「ちー。ちふゆ」  普段よりも低いその声に、ちふゆの背がぞくりと波打つ。  まだ触れられてもいない性器が、ふるりと勃ち上がった。 「おまえを抱くよ。今日、最後までおまえを抱く」  青藍の黒い双眸が隠し切れぬ欲望で潤んでいた。    ちふゆは真っ赤になって……。  頷く代わりに、男の背中へ腕を回した。 「お、オレのことも、おまえの特別にしてくれるなら……最後までしても、いい」    青藍をぐいと引き寄せて、その耳に唇を近付け、ちふゆはそう囁いて。  照れ隠しのように、ぐりぐりと頬ずりをした。  青藍の手が、ちふゆの後頭部に添えられ、ふぅ、とため息のような息遣いが聞こえる。 「まったく、ちふゆは……可愛すぎて困る」  そう言って笑った青藍が。  ちふゆの首筋に噛みついてきた。    痛みはない。  甘噛みだ。  犬のようにガジガジと歯を立てた青藍が、べろりとちふゆの首を舐め上げて。 「愛してるよ、ちふゆ」  蕩けそうな笑みとともに、愛の言葉をちふゆへとくれたのだった。        

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