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第4話

 発情期のために身体を重ねるのは、もう何度目になることか。  その度にちらつく綾人の苦しい表情。どこか痛いのか、と訊くも、綾人は上気した顔で、目に涙を浮かべながら首を振った。 (なにをそんなに……なにか隠していることがあるのか?)  ある僅かな理性で考えながら、昂は最奥を突きあげた。  昂から言っても、恐らく口は割らないだろう。  大人しく言ってくれるのを待つか――それだと、いつまで経っても話してくれない気がする。 「っ、はぁ……あやと」 「ん……な、に?」 「俺に、なにかできることはあるか?」 「……」 「前にも言ったが、悩んでいることがあれば言ってほしい。言って少しでも楽になるなら……」  なにを抱えているのか、手助けできることがあれば協力したい。 「別に言いたくなければ言わなくていい。だが、言いたいときがくれば、いつでも聞くからな」 「……うん」  しかし、綾人のことだ。  これ以上、迷惑ばかりかけたくないと思っていることが目に見えている。  何度、学習したらわかってくれるのだろうか。  そんなことを思いながら、綾人と一週間を過ごした。  気になっていたことに声をかけてしまったせいか、発情期を終えた翌日から、綾人の様子がますますおかしくなっていった。  少しでも距離が近くなれば、そわそわして距離を取られる。わざとらしく一歩近づいてみたりもしたが、その分、綾人に距離を取られてしまった。 (……なんだ?)  明らかにおかしい。  こうも綾人が距離を取ろうとすることに、ますます疑問を覚える。  それでも、また次の発情期が来れば、肌を重ねるのだ。 「……綾人」 「なに?」 「俺、知らないうちになにかしたか?」  今まで散々「言いたいときに言えよ」と言いつつ、結局は我慢できていない。だが、綾人がなにを抱えているのか、引き出すにはこうするしか他なかった。  違う匂いが纏わりつくようになってから、関係が少しずつ変わりはじめている。 「昂はなにもしてないよ」 「そうか。なら――」 「でも、本当になにもないから。昂を心配するようなことは、なにもないから」  そう言った綾人の表情は、どこか諦めた笑みを浮かべていた。  ツキン、と小さな痛みが胸を刺す。  ――なにが、お前をそんな顔にさせているのか?  言葉を紡ごうとしたが、開いた口をすぐに閉ざした。  言えば、ますます距離が広がりそうな気がしたのだ。 「……これだけは言わせてくれ」 「昂?」 「俺は、お前の、そのなにかを諦めようとしている顔を見るのが、我慢ならない」 「……」 「どうしようもないとき、俺は綾人がどんなに嫌がっても、めちゃくちゃにして聞きだすだろうな」  身体を重ねることで、どうにかなるなんて思っていない。  それでも、これは最終手段。  ずっと、このままでいるのが嫌だからだ。 「ずっと言っているが、俺は綾人が心配だ。これは綾人のためでもあり、俺のためでもある」 「……昂」 「あの微かな匂いからおかしくなってきた。……本当は、心当たりあるんだろ?」  有耶無耶にしている匂いの行方。 「――……くせに……」 「綾人?」 「昂は……!」 「俺?」 「昂は、なにもわかってないっ!」  目に涙を浮かべながら叫ぶ綾人に、昂は目を瞠った。  眉根を寄せて、苦しそうな表情で訴えてくる綾人。 「……っ、昂は……」  綾人が言うのを、昂は口を挟まずに待った。 「俺が心配で、発情期のときだけ抱いてくれるけど、それが少しずつ辛くなってきた……辛いよ……」  辛い、という発言に、昂は「そうか」と呟く。  綾人が昂との関係に、「辛い」と感じているとは思いもしなかった。 「最初は、解消されたのもあって慰め程度しか考えてなくて、でもそれが徐々に事務的というか、義務的……というか……」  ――辛くなって、心が痛かった。  綾人の中で、大きく罪悪感が生まれていた。 「……なら、もう俺に抱かれるのは嫌か?」 「それは……」 「それとも、他の奴に抱かれるか? 発情期は死ぬまで続く。綾人の……運命の番と出会わない限り」  他の誰ともわからない誰かに、綾人が組み敷かれているのを想像したくない。元番にしろ、本当は自分以外の人間が綾人と一緒になるのが嫌だったのだ。 (他の奴なんかに、綾人を渡すなんてできない)  心の底から、そう強く思う。 「……前に、昂は好きな人がいるって言ってたよね」 「ああ」 「そんな昂に抱かれるのは辛い。でも、身体の熱は治まらない」 「俺の恋は叶わない恋だ。気にすることも、罪悪感を抱くこともない」 「それでも、昂に抱かれる度、辛いよ」  どうしたら、その辛い表情を笑顔に変えられるだろうか。  綾人が辛いと感じると共に、昂もまた、綾人の言われたことに胸を痛めた。 (拒絶……)  いや、完全に拒絶されたわけではない。  まだ「辛い」としか言っていない綾人ではあるが、ほんの少しは希望の欠片が残っている。 「なら、やっぱり止めるか? 身体の関係は持たない、ただの友達に戻る。ここには、このまま一緒に住めばいい」  綾人はどう答えるのか。 「ううん。……止めない。薬は効かない、発情期の度に他の人に抱かれるのは……運命の番以外なら昂だけがいい」 「綾人……」 「辛いって言ったのに、ごめん」 「本当にこのまま、俺に抱かれていいんだな」 「……ん」  綾人の頬を撫でる。  このまま、綾人に運命の番が現れなければこの関係は続くが、現れればこの関係に終止符が打たれる。  そして、綾人と昂は友達関係に戻るだけのこと。  果たして、そう簡単に戻ることなんてできるのだろうか。――かといえ、ずっと熱を慰め合うだけの関係だというのも、もどかしい気分でしかなかった。  あんなことを言い合ったのもあり、ぎくしゃくとしてしまうのではないだろうかと危惧したが、発情期を迎えれば綾人の理性は壊され、昂を求めた。  貪り合い、熱を鎮めていく。 「っ、あ……は、あ、あっ」 「く、……あや、……あや、とっ」  頭がくらくらする。  フェロモンが、ベータの脳を刺激してくる。  発情期を迎える度に、綾人のフェロモンが強いと感じてしまうのは、それほど発情期が重たいものなのか。  匂いも強烈で、このままだと理性が崩落しそうだ。 「こぉ……、こ、う……んぁ、ああっ」 「っ、あや、お前、なに、これっ……」 「んあ、わか、んないっ……あ、や、ああっ、そ、こお……ッ」 「ふー、ふー……は、っ」  心臓がざわざわするほど、心音が早鐘している。  腰を激しく動かしながら、挿入している剛直で内壁をごりごりと刺激していく。熱く、いつも以上にうねっている内壁は、剛直を奥へ奥へと誘い込んでくる。  昂の腕の中で、恍惚とした表情を見せる綾人はとても気持ちよさそうで、それを見ただけでブワッと気持ちが高揚した。  ――ドクン、ドクン。  それだけで、胎にある剛直はびくびくと脈打ち、体積を増す。 「んあっ!」 「は、はぁ……っ」  ぱちゅん、ぐちゅ、と卑猥な水音を立て、嬌声をあげる綾人の声を聴きながら、穿つ腰は止まらないでいる。 (可愛い……かわいい……好き、好きだっ)  言葉にならない想いを胸中へ吐き出す。  運命の番が現れるまでの関係だろうと、それでも綾人のことを変わらず好きでいることに関しては、幸せでもあり残酷だ。 「こお、こおっ……! んん、あっ!」 「っ、あや、と」 「こおっ……」 「……あや?」  名前を何度も連呼する綾人に、昂は上気で汗ばんでいる頬を撫でながら窺った。無意識なのか、頬を撫でている昂の手をギュッと軽く握りこんでくる。 「綾人?」  名前を呼ぶも、綾人は昂の手を握ったまま反応しない。 「こー……」 「ん、どうした」  返事も反応もしない綾人に仕方がないと苦笑しながら、容赦なく腰を穿った。手の温もりを気持ちよさそうに感じている綾人には悪いが、胎に収まっている剛直は待ってくれない。 「――……き、んはっ、あっ!」 「……?」  ずちゅ、と置くに剛直をはめたまま、腰の動きを止めた。  一瞬、なにか言葉を発した気がした。 「はあ、あっ……も、っと……もっとぉ……!」 「っ、あや、と……」  ギュ、と内壁の締めつけに、昂は眉を顰めた。  もっと、と強請る綾人に腰を穿ち、快楽の波へ溺れさせようとする。 「ぁあああッ……! あ、ああっ、いい、いい、よおっ……!」  過ぎる快感に酔いしれながら、乱れていく綾人。  なにか言葉を発したのは気のせいかと思いながら、昂は綾人の最奥へ熱を噴射した。 「――……はあ、はあ……っ」 「大丈夫か?」 「……んー……」  生返事はしてくれるものの、意識が別の場所へといっている。  激しく身体を求め合い、熱をたくさん吐き出したのだ。  それなりに、身体も疲れているはず。 「……俺が、アルファだったらよかったのにな……」  ぽつりと、小さく言葉にする。  今まで何度も思ったことだ。  ベータではなくアルファであれば、元番と出会う前に告白をして将来を誓い合い、番にしたかった。 (俺だったら、お前を捨てたりなんかしないのに……)  ベータだから故の切ない恋心。  切ない想いを胸に抱きながら、あらかじめ用意しておいた水の入った洗面器にタオルを濡らし、綾人の身体を綺麗にしていく。  ん、と小さく喘ぐ綾人に、昂はくすっと笑みを浮かべた。 「――……き……」  寝言だろうか。どんな夢を見ているのだろう。夢の中だけでも、今は幸せな夢であってほしいと願う。 (俺では、綾人を幸せにしてあげられない)  ベータだから――を理由に、綺麗事ばかり並べてしまう。  本当は綾人を誰にも渡したくないはずなのに、触れさせたくないはずなのに、「ベータだから」を言い訳にしている。  なんて情けない話なのだろうか。 「……綾人」  眠っている綾人の頭を優しく撫でる。  もしも、綾人がオメではなくベータであれば、こんなにも苦しまずに済んだだろう。番を気にせず、発情期とは無縁に、自由に、平凡に生きられたはずだ。  あくまでも、「もしも」の話だ。  だが、神様は綾人にオメガ性を与えた。  額にかかっている前髪を左右に分け、そこへ唇を寄せる。触れるだけのキスを落として、唇が離れようとした瞬間――。 「――……す、き……」  たった二文字の言葉に、ドキッとした。  ――誰を?  それとも、元番のことが、実は忘れられなかったりするのだろうか。もしくは、昂の知らない間に新しく好きな人を作ったか。 (……いや、好きな人ができるほど、そんなに外出はしていない)  そうなれば、やはり思うことは元番の存在。 「……好きな奴を、自分の手で幸せにできないのは辛いな」  その言葉は、己の胸の痛みを抉る。 「俺が幸せにしてやりたかった」  昂の切ない想いは、眠っている綾人の耳には届くことはない。  翌日、朝から怠そうにしている綾人に、昂は「おはよう」と声をかけた。 「おはよう、昂」 「昨日、寝言を言っていたぞ」 「え!?」 「いったい、どんな夢を見ていたんだ?」 「お、覚えてないけど、……その、へ、変なこと言ってない? もしかして聞いた?」 「……いや。なに言ってるのか、さっぱり聞き取れなかったな」 「そ、そっか」  そこまで焦る必要はないのに、聞いていないと言えば安心する綾人。  ずき、と小さな痛みが走る。 「……息、荒くなってきてるぞ」 「ん……」  頬に手を当てれば、はっ、と熱い吐息が綾人の口から零れる。 「あ……あっ、……あ、つい……」 「……きたか」  少しずつ綾人の身体が熱に蝕まれ、支配されていく。  そんな綾人を、昂は優しく抱きしめた。 「大丈夫……大丈夫だ」 「あ、あっ、あ……」  発情期がくる度、熱に怯える姿。その怯えた途中から快楽へと変わり、欲塗れになっていく。  果てても、果てても、熱は次々と襲ってくる。  理性を崩し、無我夢中で相手を求める。  発情期における、底なしの欲。 「んく……ん、んぁ、ぅ……」  腰を抱き寄せたまま、柔らかい唇を食べる。隙間から舌を差し込み、熱い口腔内を貪り、くちゅ、と唾液の音を立てながら舌を絡め合う。キスをしているだけなのに、ふー、ふー、と獣じみた息が零れた。  酷く興奮している自分がいる。 「あ、んっ、んっ……こ、おっ……!」 「っ、はぁ……んちゅ、ふっ……あや、……あやと……」 「もっと、……たり、ない……ちゅー、した……――んふっ!」  綾人の両耳を塞ぎ、肉厚のある舌が口腔内で暴れだす。  両耳を塞いでいることで、脳へ刺激が強く伝わり、頭の天辺から蕩けさせられていく。  脳に響く、唾液の絡む音。 「ぅん、ふっ……ん、んぁ、っ」  激しいキスを交わしながら、昂の真似事で綾人も両耳を塞いできた。  今、お互いの思考回路がぐちゃぐちゃだ。  絡まる舌に、濡れた水音、全てが脳を蕩けさせていく。  ぞくぞく、と腰にも響く。 「ん、あや……ちゅ、……あや、とっ」 「んー……ん、んっ」  満足するまで、二人はくちづけを止めなかった。 「――……は、……気持ちよかったか?」  尋ねるも、綾人はスンスンと昂の匂いを嗅ぎながら、まだ物足りないといった様子で顔を寄せてきた。 「こら。キスはまたあとでしてやるから」 「こう、こうっ」 「ったく……」  苦笑しながら綾人を押し倒し、後孔へと触れた。まだ柔らかい後孔は、昂の指を難なく呑み込んでいく。  同時に、奥から少しずつ溢れてくる蜜。  オメガが発情期になったときだけにできる、甘美な蜜。 「……聞こえるか? ぬちゅ、ぬちゅ、言ってるぞ」 「あっ、あっ」 「……って、聞こえてないか」  挿れている指を動かし、中で膨らんでいるしこりを腹側に向けてグッと押した。 「あひっ……!」 「気持ちいいな、ここ」 「い、あっ、ぁあっ……!」  ぐ、ぐ、と押したり、引っ掻くように刺激すれば、綾人は腰をびくびくと跳ねさせながら啼いた。 「あ、ああっ……!」 「もっと気持ちよくなろうな」  柔らかいとわかっていても内壁を解しながら、綾人の耳を責めた。耳殻を食み、舌で舐め上げる。  そして、耳の中に舌を差しこんで、くちゅ、くちゅ、と犯した。 「ぅあ……あ、ぁあっ、あ……!」 「んふ、……はぁ……」 「こー、こうっ……あ、あっ」  耳と前立腺の同時責めに、綾人は歓喜の声をあげる。  この二点責めで、この感度。これで、胸にある小さな果実を弄ればどうなってしまうのだろうか――と考えると、ごくり、と唾を飲み込み、喉を鳴らした。  そして、そのぷっくりしている小さな果実に、ソッと触れた。 「ひ、ぁあああッ……!」 「っく、ゆびっ……食いちぎる気かっ」  想像以上の反応に、昂は眉を顰める。 「あ、ああっ……!」  がくがくと大きく腰を跳ねさせ、綾人の性器からはパタタ、と精液が零れていた。  絶頂に達してようと、昂はそのまま愛撫を続行する。 「あ、あああっ、あ、あっ!」  啼き叫ぼうが、動かしている指は止まらないし、耳舐めも止まることはなかった。  むしろ、もっと乱れた綾人が見たい。  全て暴いて、快楽に狂わせ、堕としたい。  ぞくぞくと芽生える気持ち。 (――……めちゃくちゃに、したい)  後孔に挿入している指を引き抜き、すでに臨戦状態になっている熱を、綾人の胎へ勢いよく挿入した。 「んぁああああッ……! あ、あっ……!」 「っは、……はー……、あや、とっ……」 「びく、びく……してゆっ……」 「……っ」  普段、言わないような言葉を、ベッドの上では羞恥心もなく平気で口にする。 「ひ、あ、あ、あっ」  穿ちながら、ふる、と元気を取り戻している綾人の性器。竿の部分を握りしめ、緩急をつけて扱きはじめた。鈴口からは、気持ちいい証拠に、とぷ、と玉を作って出てくる蜜が零れて、昂の手を汚していく。 「っはあー……、ふー……」  はじめから激しい抽挿に、綾人は昂の下で乱れていく。たん、たんと、腰を打ち付けるひとつひとつが強い。カリ首で膨らんでいる前立腺を掻くように擦り、そのまま最奥へと亀頭がごちゅん、とキスをした。 「あ――――……は、ふっ……あ、あっ……」  強い快楽に酔いしれている綾人をよそに、最奥と亀頭がキスしたままの状態で、昂は更に追い打ちをかける。竿を持って緩々と扱いた手はそのまま、綾人の腰に手をやっていたのを亀頭へ移動させて擦りはじめたのだ。 「ひいっ……!」 「……大丈夫だ。気持ちよくなるだけ」 「あ、ああっ、ひぅ!」 「ん、いいこ」  欲に忠実で快楽に弱い今、これからやってくるであろう大きな波が綾人を襲いかかった。

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