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第1話
こ、これは一体どんな幻か──!?
「ッ、みすず……っ」
街を歩けば誰もが振り返るであろう。
華やかな美貌を持つ男が一心不乱に自慰にふけている姿を、俺はただ呆然と立ち尽くして見ていた。
「みすず……くッ」
掠れた、低い声が俺の名前を口にする。
男の骨ばった綺麗な指先に白濁液が迸った。
甘く垂れ下がった双眸には似合わない、ギラギラとした光が獰猛さを宿していて、それを見てしまった俺の脳みそはついに考えることを放棄した。
だって、そんなまさか……。
俺を虐めている主犯格のリーダーが、俺でオナってるなんて一体誰が信じるって言うんだよ!?
*
こんな事になったのは、凍るような冷気が肌を刺すほどに冷え込んだあの日だ。
ぽたりぽたり、氷のような雫が頬を伝いおちる。
間違っても汗や涙なんかじゃない。
ただ言われた通りに教室のゴミ箱を持って、ゴミ捨て場へと向かっていた道中だ──空から大量の水が降ってきたのは。
「うっわ〜、ゴミ君がますます臭くなっちゃったねぇ」
ぶるりと体が震えた時、忌々しい声が聞こえた。
「わりーね! ゴミだと思って間違えちまったわ、ゴミスズっ」
「ギャハハっ」
「おいおいあんま虐めんなよ〜」
声の主は俺の同級生──とはいえ低脳な奴らだ。
どうせ女の前で腰を振ることしか出来ない糞犬だ。
相手にするまでもない。
それより、冬真っ只中だと言うのに寒空の下で水に濡れている俺可哀想すぎる。何気にピンチである。もう一度言うよ、俺可哀想すぎるっ。
水は雑巾でも絞った後なのか確かにちょっと臭っていた。
「おいっ! ゴミが無視してんじゃねぇぞ」
「いやいや、ゴミは返事出来ないんだって。だって耳も口もついてないじゃ〜ん?」
は? 誰がゴミだこの野郎。と言えたらどれだけいいだろう。
俺の名前は伊吾三鈴(イゴ ミスズ)だ。
れっきとした名前があるというのに苗字の最後と名前の最初二文字だけ取って「ゴミ」だとか、最近の小学生でもしないようなあだ名を付けてる馬鹿に要はない。と、言えたらどれだけいいだろう……。どうせ俺は弱虫で虐められっ子だよ。
「……はぁ」
着替えあったかなぁ?
思わずため息が零れる。未だ嘲弄する声を背中に俺はゴミ捨て場へと向かった。
「俺に力があったらあいつらみーんな不能にしてやる」
なんだってこんなについていないんだろう。
そうだ、正に今が生きてきた中で最高に最悪であり、史上最強についてない。
生まれてからこの方、不運は当たり前、幸運とは程遠く日陰を歩んでいた俺。
いやまったく自慢にもならないが、目立たず、静かに、息を殺してモブとなり生きてきた中で最大の間違いを起こしたのは二ヶ月前だろう。
「俺、異世界転生とかしたい。そしたら俺TUEEEEとかしちゃってさ、武勇伝作って、猫耳少女やエルフを囲ったりしちゃってさ」
ひとりごちた内容があまりにも切なくて。
俺の鋼の心も今のでぼっきりイッちゃいそうだ。
「せめてアイツの秘密でも握れたらなぁ」
そしたら俺のこと虐めないでってお願いする。
こんなに虚しいこと考えて涙なんて流さずに済むっていうのに……。
あ、いや、べつに全然泣いてなんか無いけどさ。
うん、全然、悲しいだなんて少しも思ってないけどね。
「畜生ー! 神様仏様っ、童貞の神様! ほんとに神がいらっしゃるなら憐れなこの童貞に力をください! アイツをギャフンと言わせる力を俺に、俺に──!!!」
血迷った挙句、校舎裏の中心で童貞を叫んじゃった俺なわけですが。
まさかほんとにこんなことになるなんて誰が思うんだよ。
いつも通り、眠っていたはずなのに気づけば幽体離脱していた俺。
なんだこれ夢か?
そう思って、好き勝手さまよった後にふと思いついたのが俺の大嫌いな男──轟龍也(トドロキ リュウヤ)を覗き見て弱みを握ってやろうという考えだ。
俺の体は自室のベットの上。
俺の精神? 魂? よく分からないが、とにかく誰にも見えていないことは確認済みだ。
今ならなんだって出来るぞ! やっほー! だなんて、念じてみれば気づけば見知らぬ部屋にいた。
そして目の前に居るのは紛うことなく憎き轟。
だけど様子がおかしいと思えば、あらやだ俺を虐めている男も右手が恋人のようですよ、奥さん。ぷぷぷ。
なんてニヤニヤしながら轟の元に向かった俺は目の前の光景に息を飲んだ。
ついでに聞こえてきたのが俺の名前だと気づき気絶寸前である。
そしてトドメを刺したのは轟ジュニアがジュニアじゃなかったからだ。
ジュニア──だなんて冗談でも言えない程にビックボーイだった。いや、ビックジェントル?
お陰で俺はショックのあまり気絶したらしい。
そして目覚めた時には朝で、俺の肉体と魂は元通りだ。何もない平凡、よりはちょいブサな不運の日常が戻ってきた。
夢かとも思ったが何もかもがあまりにもリアル過ぎて。
轟の匂いや、筋肉の隆起。息遣い、あの低い声──。
そして何より。
「轟の野郎ッ、あんな所までイケメン仕様かよ! なんなんだっ、なんなんだあいつ! なんでちんこまでデカいの!? どうして俺のはピックポークなの!?」
どこ一つも欠点がないなんて。神様どうかしてるよ。
性格は最悪だが、見た目はパーフェクトだ。学校一のモテ男だ。地域一番のモテ男だ。
おまけに喧嘩の腕っ節も強くて誰もかなわない。一番の不良とくれば無いものなんてあるのだろうか。
そりゃあモテるよな。名前も龍也とかイケメン仕様だし。
いやでもさ、俺どうしたらいいの。これからどうするべきなの?
──大嫌いな男が俺の写真見てシコシコしちゃってるなんて、一体誰得なんですか!?
◇
轟の事件を知ったからって何かが変わるわけじゃない。相変わらず小突かれてはパシられ、笑いものにされる毎日。
だけどなんだか最近、心の奥が酷く重くどうにも無気力だ。
あーあ、なんで俺なんだろ?
どうして誰も見ないふりするのかな。
虐めってこうして行われていくのか。
俺の心は徐々に壊れていく。
そんな俺を見て、あいつが仄暗い笑みを浮かべていたとは気づかなかった。
「どけ」
いつも通りの風景。
帰り支度をするにものろくて。とぼとぼと廊下を歩いていたら背中を蹴られた。
無様に吹っ飛んだ俺が「ぐえぇ」と呻き声を漏らす。
その横を通り過ぎたのは轟だった。
「……」
どうして俺ばっかり。
確かにあの日、俺は轟のズボンに牛乳を零したけどさ。
やばいと思って急いでハンカチ取り出して綺麗にしたじゃん?
股間にモロかかって触りたくもないのに涙目で必死にゴシゴシしたのに……
「なんで、俺なんだよ」
「……」
「お、俺は確かにダメなことしちゃったけど、謝ったし拭いたし、轟が嫌ならクリーニング代だって出すって言った!」
「あ? 喚くなうるせえぞ」
気だるそうに立ってこちらを見る轟。
俺は怖くて緊張してて、手が玩具のようにブルブル震えて今きも吐きそうだ。
なのに怯えている俺の前に、轟は悠然と立つ。虫けらのように俺を見る。
嫌そうに眉を顰め、低い声でただ一言を言うだけ。
窓から差し込む陽光が、轟の赤髪を照らした。赤く赤く燃え上がる焔のように──俺の全部を蹂躙する獣のように。
「お、お前なんて……」
もういいや。どうせ虐められるなら言ってやるよ。
「お前なんて俺をズリネタにしてる変態のくせに! 俺を見てイッちゃうド変態のくせにぃ!」
腹の底から出た声は誰もいない廊下に反響する。
轟の顔が微かに驚きに染まる。
涙目のままじゃうまく見れないけど、あいつ、確かに今驚いた! やったぜ、俺! 轟の間抜け面を拝めた!
「てめぇ殺す」
「えっ」
「来いよ、そのド変態に鳴かされて狂えばいい。お前も俺と同じ変態に成り下がって犬みてえに鳴けよ。──なあ弥鈴?」
「ひっ」
轟のニヒルな笑みは凶悪なほど美しい。
◇
やっぱり俺は馬鹿なんだと思う。
あんなことしなければ、こんな酷い目に合わなかったのだから。
「ぁうっ、や、やだっ」
「黙れ。腰上げろよ」
「んんッ! あっ、あァっ、いやだぁっ」
誰もいない教室で、俺だけが身ぐるみを剥がされて。
背後から轟がありえない力で腰を突き上げる。その度に俺の中にいる轟のアレが、ごりごりとしこり擦るから。
俺はあられもない悲鳴をあげて懇願してしまう。
いつも授業を受けている平凡な教室で、こんな非日常なことをしてしまっていいのだろうか。
誰かに見られたら俺はどうしたらいい。
「やめれっ、あうっ、うぅ」
ぱちゅん、ぱちゅん、と肌がぶつかる度にあがるいやらしい音が耳を犯す。こんなエッチなこと俺は知らなかった。
こういうのは大好きな女の子としたかったのに。轟に全部全部奪われていく。
「とどろきっ、こわい、こあいよっ」
「……ちっ」
えぐえぐと涙が止まらない。
どうしよう。どうして?
俺は嫌なのに、体は気持ちいいって悦んでしまう。
ポタリと糸を引いて零れた精液は透明で色がなかった。
「ひゃあっ」
ずるりと性器が引き抜かれて背中が弓なりに反る。
体力はとっくに底をついていて、轟の大きな手で支えてくれないとぺたりと床に突っ伏してしまう。
そんな俺をひっくり返すと、轟は再びその凶悪なものを挿入した。
「あぁっ……ぅ、んっ、はっ、はっ」
轟が俺の顔を見て腰を振る。
一心不乱に俺を抱く。轟の額から流れた汗が俺の口元に落ちた。
ぺろりと、轟の汗を舐めとる。
そんな俺を見て轟が顔を歪ませた。あまりにも凄艶な姿に腰が痺れた。
「……弥鈴」
「んっ、ふ、んう」
屈んだ轟がキスをする。俺の口を食べちゃうみたいに大きな口で塞いで、厚い舌で俺を絡めとる。逃げても逃げても絡め取られて吸われて──二人の間を銀糸が繋ぐ。
「弥鈴、俺の名前を呼べ」
「り、ゅ……りゅあ、りゅうやぁっ」
「上出来だ。ご褒美やるよ」
傲慢な轟の不敵な笑みは全てを支配した。
理解の追いつかない頭でぼんやり見上げていると、どくどくと脈打つ性器が俺の中で弾けた。
「アァ──っ中、なかぁっ」
初めて感じる他者の精液。
それも俺の中で弾けた熱。信じられなくて目を開く。
こぼれ落ちた涙は、轟の赤い舌に舐め取られた。
「お前が悪い」
気絶する前に聞こえたのはそんな酷い台詞だった。
◇
あの日以来、轟の気分で呼び出されては抱かれてる。前みたいに表立って俺を虐める人はいなくなった。
でも、全てがなかったことになんてならない。だから俺は今でも一人だし、こんなの虐められる代わりに性処理を強要されているのと同じだ。
俺は一体なんなのかな。轟のなんなんだろう。
「りゅうやっ」
「お前は乳首が弱いんだな」
「うぅ、や、そこばっか」
轟の家に呼ばれて、膝の間に座らされて、ひたすら乳首を弄られて。
なんなの俺。いつからデリへルに所属したの?
ご指名ありがとうございまーすとでも言えばいいのかよ。
轟は美形だ。
それも驚くほど端正な顔立ちをしている。だから俺なんて抱かなくても轟ならいくらでも相手がいるんだ。
なのに──
「も、やだぁっ」
乳首の頭をカリカリ引っかかれて押し潰される。根元から強く引っ張られると、腰がゾクゾクして女のような嬌声があがった。
逃げ惑う俺の首筋に轟が噛み付く。捻られた乳首は哀れなほどに赤くぽってりと腫れていた。
イキたい。イキたいっ。
「りゅうや、お願いっ、ほしい、これ」
息継ぎの合間に龍也にねだる。
腰をグリグリして、既に勃っている性器をスラックス越しにさすった。
「俺のモノになるか?」
「……っうぅ」
耳元で囁かれた台詞に体が止まる。
轟はずっと俺にそう言う。でも俺は絶対頷かない。
だってもう、なんとなく分かってる。
抱かれて以来、轟が俺をどうしたいのか。
分かってしまってる。
だから絶対に頷くなんて嫌だ。
俺が頷かないことがコイツにとって最大の罰になるのだ。
ざまあみろって気持ちでいっぱいだ。
俺は轟のものにならない。
でも、轟は多分、俺が欲しいんだ。
心も全部自分のものにしたいんだ。
◇
体の関係が始まって1ヶ月も過ぎて、もうそろそろ2ヵ月になろうかという頃。
今度は俺自身が分からなくなった。
轟は最低だ。
たかが牛乳を零されたぐらいで俺を虐めて高みの見物をして。そのくせ今度は俺をオカズに。今では俺の体は轟に抱かれないと満足できない。
眠る時に人肌を恋しく思ってしまうし──轟の体温を知ってしまった。
俺を虐めることが出来なくて、面白いことを奪われた轟のグループは影では相変わらず俺を小突く。
轟にバレたら殴られるから。
それもまた面白くない理由だから、俺はどんどん孤立していって、一人でいると危険な程には学校の生徒から疎まれていた。
理由なんて轟のせいだ。
轟が女の子を相手にしなくなって、俺を構うようになったから。女子は女子でなんで俺が?って態度だし、男子は「あいつホモなの?」って面白がってる。
ホモなのは轟だ。
そう言ってやりたいけど、何されるか分からなくて怖くて言えない。
俺は本当に卑怯だ。
俺を虐めてたのは轟なのに、轟が他のやつから俺を庇うと優越感に浸ってしまう。
他の人より俺を優先する轟を見ると、満足してしまう。
まるで愛されているようだなって。こんなの不健康だ。浅ましい。
俺は轟のことを愛していない。愛しちゃいけない。
勘違いしちゃダメだ、刷り込まれた愛情だということを忘れるな。
なのに、どうして。
轟が女の子を連れて自宅に帰ったと朝のホームルームではお祭り騒ぎだった。
他人が女の子を連れ込むことの何がそんなに面白いのかって思う。
でも、俺に構ってばかりで周りもきっと思ってたはずだ。
俺よりも轟の異常さを。
誰かが俺に話しかけるだけで、轟は不機嫌になる。
体育の授業中、俺の顔面にボールを当てた奴を轟は問答無用で殴った。
まさに狂犬だ。赤い髪をした狂った犬。
俺の周りをグルグルも徘徊して、誰一人として近づけさせない。
だから皆、喜んでいる。
そして轟が俺から離れた暁には今までの鬱憤の矛先はきっと俺だけに向けられるんだ。
放課後になった。
轟の姿は見ていない。いつもなら五月蝿いぐらいに入ってくる連絡だってない。
スマホを開いて、なんの通知もないことを残念に思って、怖くなった。
轟って本当に最低な野郎だ。
あいつから離れるにはちょうどいいじゃんって、気持ちを切り替えてみる。
学校はもう諦めよう。
いじめが酷くなったら、ボイスレコーダーを常に持って証拠を抑えるんだ!
それを学校に提出しても、何も変わらなかったら、ネットに流してやれ!
けけけと笑いながら俺は帰宅した。
一人の帰り道は虚しくて堪らなかった。
◇
夕御飯を食べ終えて一人でぼんやりと天井を眺める。今、轟は何してるのかな。
もう俺の事飽きたんだろうか……。
でも俺、散々振り回されてばかりであいつに何一つ文句言ってない。ポイ捨てとか最低だぞ轟っ。
思い出してきたら腹が立ってきて、一言でもいいから文句を言ってやりたくなった。
そう思ったら気づいた時には轟のマンションに向かっていた。
……違う。本当は確かめたかったんだ。
俺が本当に捨てられちゃったのか。
いても立って居られなかったんだ。
だからって、アポ無しはないだろぉ……!
インターホンを押してから俺は気づいた。
なんで来てんだよ俺! インターホン押すまえに気づけよ俺!
どうしよう、逃げるか?
そう思った刹那、扉が開く。
出てきたのは轟じゃなくて女の人だ。
シャツを1枚だけ羽織った綺麗な女の人だった。
「あ、君噂の子だ」
「……え?」
目の前に綺麗な女の子がいて挙動不審にならない男がいるだろうか?
俺は思春期で、童貞で、後ろは処女じゃないけどでも殆ど経験ないのだ。
無理ー! 助けて誰か!
俺、女の子と話せないんですけど?!
あ……、だとか。うぁ……だとか。
言葉にならない音をパクパク口にしていると、彼女は俺の手を取って中に入った。
そして見慣れた寝室にたどり着くと俺をベッドに座らせて、俺の膝に跨る。
「君としてる龍也ってどんな感じなの?」
「えっ」
「今更嘘つかなくていいよ。あんたも龍也に抱かれてるんだよね? あのふっといのでお尻の中沢山さ……」
彼女の言葉に頭の中はパニックだ。
もうわけが分からない。
ただ彼女と轟がそういう関係なのかと、その事を悲しく思うだけだ。
俺、なんでここに居るんだろう。
どうして彼女に押し倒されてる?
ショックで視界がグルグル周りだした頃、悲鳴が聞こえた。
「……何をしていた」
「轟……」
「何してんだって聞いてんだっ、答えろッ!」
轟の拳が壁に叩きつけられる。
ものすごい音がして、俺も彼女も震え上がった。
轟が射殺すかのように俺だけを見る。
動けず怯んでいる俺の服をあっという間に脱がすとうつ伏せにしてシーツに押し付けた。
何かを確認するかのように体中をまさぐる手が氷のように冷たい。
「俺以外のやつと遊んだらどうなるか教えたよな?」
「ひっ、ちが、やめろ!」
「俺がいない間になにをしてたんだ? あ?」
「な、んもしてないっ! ほんとに何もしなかったッ」
いくら否定をしても轟は聞いてくれない。
轟が俺の項に噛み付く。引っ張りあげられて、膝立ちにさせられる。足を開かされたその先には彼女がうずくまっていた。
嫌な予感が全身にかけ走る。
「おい」
轟に声をかけられた彼女は可哀想なほどに怯えてこちらを見上げた。
「お前が手を出そうとしたのは俺のものだ。俺がどうやって抱いているのか見てぇなら好きなだけそこにいろ」
まさか、嘘だろ。
嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ!
そう思った刹那──轟の熱が俺の中を突き破る。
「ヒアアアッ!」
まともに解されていないせいで襲いかかる痛みと熱に体が痙攣した。
一番太いカリ首が後孔を拡げて押し進む。額に脂汗が浮かんだ。
「やらぁっ、ごめなさっ、うう、りゅうやぁ」
彼女に見せつけるように轟が俺の脚を持ち上げて腰を揺らす。ブラブラと揺れる足の間で、慣れた刺激に俺の性器は緩やかに勃起する。
前立腺をこれでもかと擦られ押し潰されて、感じたくないのに、俺の体は轟の熱に喜ぶ。
呆然と俺達を見上げる彼女の目の前で、俺は女のように嬌声をあげて乱れた。
乳首を弄られて中を犯されて、ビクビクと痙攣しながら後ろだけで達する。
泣いて轟を呼ぶと、声に応えるようなキスが降ってくる。それが心地よくて、あんなに嫌だと思っていたのに、この部屋に他の誰かがいることなんか忘れて轟を求めた。
起きた時にはもう、彼女はいなかった。
俺を抱きしめて眠るあどけない顔をした轟だけがそこにいた。
◇
轟の部屋を一人出た頃には時刻は既に昼前をさしていた。一応学校には来たけど、授業なんて受ける気分じゃない。
屋上に来た俺は、日向ぼっこでもするかと横になる。
腰も痛いし体中がヒリヒリしてる。昨日の轟はもう手のつけられない荒れようだった。
何度も何度も噛んで……マーキングのつもりだろうか?
「俺、どうしたらいいの」
手で顔を覆う。
最悪だよ。なんで俺喜んでいるんだ。
轟がまだ俺に執着しているのを知って、心が震える。
噛まれたあとをなぞるたび、恍惚なため息が零れる。
フェンス越しに見えた校庭にはクラスメイトが体育の授業を受けていた。
校庭を走り回る彼等に大声で叫んでやりたい。
『お前達のリーダーはただのバカ犬で変態だー!』って。
人の前でセックスするとかありえない。AVかよ!
轟って本当に頭おかしい。
そんな轟を憎めなくなってしまった俺はもっと──
「弥鈴ッ!」
「え、なに、ちょ!」
大声に振り返ったら青ざめた顔の轟がタックルするかのように飛びついてきた。
ちょ、ちょっ!
落ちるから! フェンス諸共落ちるから!
逞しい腕の中にぎゅうぎゅうになって抱きしめられた俺の耳元で、轟が安堵のため息を零す。
「勝手に死のうとしたら殺すぞ」
「……死のうとしてないし、というか、それだと結局死ぬじゃん」
「あ? じゃあなんで、あんな所で突っ立ってんだ」
「…………叫びたいなって」
「なにをだ」
「……轟が頭のおかしい変態ワンコだって」
白状したら俺に巻き付く腕に絞め殺されそうになった。
ちょ、ギブ……自殺するより、お前に殺されそうだよ?!
でも轟は俺を抱きしめてるから満更でもないのか、ご満悦だ。
その気分の良さそうな顔を見て、もういい加減に名前のないこの歪な関係を終わらせたいと思った。
「轟さ」
「ん?」
「……俺の事好き?」
「……」
見上げた顔が顰められる。
あれ? 違ったの?! 俺、間違えた感じ?
「だったらなんだ」
「ほぇ?!」
「俺がてめぇを好きなら、なんだってんだ」
「え、え! やっぱり轟って俺の事好きなの?!」
「ちっ、うるせえぞ! 調子に乗るんじゃねえっ」
そういうなり、轟が噛み付くようなキスをしてくる。
俺は言いたいことが沢山あったのにフガフガと訳の分からない言葉を発して、最後はとろとろに蕩けていた。
「やっぱり、バカ犬じゃないか……」
「ふっ。さっさと俺のモノになれ」
「……嫌だ」
嫌だね。どうして俺だけ差し出すの?
そんなの嫌だ。
不機嫌そうな顔をした轟を見上げて言った。
「轟が俺のモノになって」
「──っ」
そうしたらこの勝負、俺の勝ちだよ。
俺は永遠に轟のモノにはならない。
でも手放したくないし、今更棄てられたら本気で俺自殺しちゃう。
もうだって、全部が轟に作り替えられてしまった。これはもう責任とってもらおう。
だから、
「俺のモノになってよ──龍也」
呆然としている龍也の顔を見て心がスカッとした。
「ああ。てめぇのモノになってやるよ、弥鈴」
ああ、龍也の後ろに尻尾が見えたよ。
こんな頭のおかしい駄犬を持って俺、大丈夫かな?
喜びのまま、俺を裸にひん剥いて青姦しようとする龍也を必死に止めるけど、無駄だと知っている。
全身にキスをおとして舐めて、噛んで、これ以上キスマークつけられたら俺の体おかしくならないか?
青い空を見上げて、あの日のことを思い返した。
神様、俺分かったよ。
待てと言って、キスをしてくる馬鹿な龍也の最大の弱点って、俺なんだってね。
龍也はずっと何故俺が知っていたのかを不思議がっていた。でも、それの答えを俺は口にする日はない。
だって、言ってしまったらこの魔法のような日常が消えちゃいそうだから。
だから今日も俺は──
「待て!」
「いやだね」
「ギャァァ! 待てっ、っあ、んぅ」
言うことのきかない駄犬に噛みつかれています。
◇ 10 years later ◇
「もう! このバカ龍也!」
「うるせえ」
高校、大学を卒業して、お互い社会人になっても、俺達は一緒にいる。
同じ部屋で生活をして、一緒のベッドで朝を迎えて、隣合わせで夕御飯を食べる。
あの時の選択を後悔したことはない。
龍也が俺のモノになってから、驚くほど献身的でズブズブに愛されている。
相変わらず嫉妬深いし、執着も前より酷いけど、それでも幸せには違いない。
でも、たまにものすごく腹が立つこともある。
「俺のプリンだった! うわあああん!」
「ちっ。いい歳して泣くな」
「龍也のバカ! 龍也なんてエッチは下手くそだし、絶倫遅漏なだけのくせに!」
「……アァ?」
あ、ヤバい、しまった。
売り言葉に買い言葉。
深い意味はないんですよ〜と後ろ足に逃げ出そうとしたが敢え無くとっ捕まり、ベッドへ。
「いやいや、世の中思わず言ってしまう言葉もありますし?」
「思わず言うほど思ってたってか」
「違う!」
龍也のエッチが下手くそとか思ったことないさ!
腹が立つほど気持ちよくさせてもらってるし、憎いほど俺の体を知り尽くされている。
だからなおさら言葉で傷つけたくなるというか……
「ごめんなさいっ!」
「駄目だ、許さねえ。もう一度調教し直してやるよ」
「ひいっ」
俺が調教されるの?
逆じゃないのそれ。
だって龍也の飼い主って俺だよね?
そう尋ねた俺に、龍也のたれた瞳が甘く蕩けた。
「ああ。だからいっぱい鳴け──俺だけの可愛いご主人様」
極上の不良ワンコはいつだって俺を溺愛する。
END
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