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きっと。

「きっと君は来ない~。ひとりきりのクリスマス・イ~ヴ……」  ぶるっ。通りの向かいのイルミネーションをぼんやりと視界に入れながら、寒さに首を竦めてロングコートの襟を立てる。天気予報ではいつものお天気お姉さんが、珍しくホワイト・クリスマスになるかもしれない、なんて言っていた。ついクリスマスの定番曲が口を突いたのは、恋人たちの行き交う街角で君を待ち始めて、一時間が経ったから。  クリスマス・イヴに、恋人……というか、一夜の相手に不自由した事のない僕が、もう一時間も望み薄の君を待ってる。はは。皮肉だな。俯いて、己の女々しさと空しさを自嘲する。  語弊を恐れず言えば、僕は生粋の女好きだった。初恋の心地を知らぬまま大人になり、散々女性を食い散らかしてきた。この世に愛なんか、神なんか居ないと思ってた。だけど。今だけは、神に祈りたい気分だ。  いつからだろう。ツンデレの『ツン』の部分が多い君が、時々ふっと『デレ』た時の微笑みが、酷く綺麗だなんて思うようになったのは。初めは、同僚としての友情だと思ってた。何しろ君は、お世辞にも女性っぽいとは言えない、体育会系の逞しい男性だったから。でも女遊びでイく瞬間、君の微笑みが脳裏を掠めるようになって、僕は酷く混乱した。それがちょうど、去年のクリスマス・イヴ。一年かけて、僕はようやく自分の気持ちにケリをつける気になった。生まれて初めて、クリスマス・カードってやつを書いた。シンプルな真っ白いカード。白い紙面に、浮き彫りで雪の結晶と雪だるまが刻印されたカードだった。 『佐藤へ。メリー・クリスマス。突然だが……と言っても、僕は一年前から考えてたから、けして遊びじゃないんだが……冗談じゃないと思って読んでくれ。君が好きだ。初恋なんだ。君から見れば、僕なんか遊び人かもしれないが、本気なんだ。広場で待ってる。返事がOKなら来てくれ。吉田より』  クリスマス・イヴに、いきなり同性から告白されたって、困るよな。きっと、君は来ない。ふうっとひとつ白い溜め息を吐いて、僕は棒のように冷たく固くなった膝で屈伸をする。きっと、君は来ない。僕は、生まれて初めてひとりきりのクリスマス・イヴを迎えようとしていた。踵を返す。その時、背後から軽やかな足音がした。 「さと……!」 「待った?」 「ううん。今来たところ」 「待たせてゴメンね」 「さあ、行こう」  隣で待ってた男性の元に、小柄でグラマラスな女性が駆け寄りキスしていた。期待したあとの落胆は大きい。初恋をした事がなかったから、失恋の心地も初めて知った。 「あ゙~……」  やりきれなさに思わず呻きながら、目を瞑って前髪をがしがしとかき乱す。 「お前は相変わらず、おっちょこちょいだな」 「……え?」 「何処の広場か書いてなかったから、一時間も寒空の下、探す羽目になったじゃねぇか」  瞳を開けて目に入ったのは、期待してた君だったけど、表情はぷうと頬を膨らませて三白眼で睨んでいた。佐藤? 本当にお前か? 幻じゃなくて? 思わず頬に触れて確かめようとしたら、思いっきり甲をつねられた。 「いたっ!」 「あのなぁ吉田、聞いてるのか? 俺、一時間走り回ったんだけど!」 「あ、ああ、悪かった。埋め合わせはする。クリスマスプレゼント、何が欲しい?」  夢かうつつか惑乱して、そんな俗な言葉しか出てこない。君の機嫌は直らない。 「その前に、何か言う事があるんじゃねぇか?」 「え……あ、その……愛してる」  瞬間、サッと君の男性らしく整った頬に朱が差した。決まり悪そうに視線が泳いだあと……君は、僕の肩に片手をかけ少し背伸びして、僕の頬にキスをした。 「え……え!?」  僕の取り乱しように、ようやく君が笑う。貴重な『デレ』だ。 「お前ひょっとして、自分が立ってる場所に気付いてねぇのか?」 「立ってる……場所?」 「ヤドリギだよ。クリスマスにヤドリギの下に立ってる少女には、キスして良い、っていうやつ」 「いや待て。僕は少女じゃないだろ」 「ふふ、少女みてぇに慌ててたくせに」  ああ……いつもの君が、機嫌の良い猫みたいに気紛れに笑う。僕は一瞬、それに見とれてた。 「で?」 「え?」 「何処に行くんだ? デートに誘ったからには、プランはあるんだろう?」 「あ……」  しまった。きっと君は来ないと思っていたから、そんな事さえ考えていなかった。君が呆れたように、形の良い眉尻を下げる。 「全く……本当におっちょこちょいだな、お前は。じゃあ、いつものバーに行こう。クリスマスプレゼントに、ちょっと高いシャンパン、よろしくな」  そう言って、僕の手を取って歩き出す。引っ張られて、僕は慌ててあとを追った。輝く街並みを歩きながら、じわじわと実感が、繋いだ手から五臓六腑に染み渡る。 「……佐藤」 「ん~?」 「愛してる」 「馬鹿。そういうのは、大事な時に取っておくもんだ」  モノクロだった景色にパアッと、グリーンとレッドのクリスマスカラーが色付いた。愛してる。佐藤。何でもない時だって、何回だって、君にそれを伝えたい。きっと。 End.

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