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第1話
今日はクリスマスだって言うのに、楽しくも何ともない。理由は簡単。付き合っている奴と喧嘩したからだ。
取っ掛かりは何だったのか。それはケーキだ。
「何でそんなことで喧嘩するかなっ……」
思ったが、それは所詮後の祭りで……。だけどこれからすぐに引き返して「ごめんね」とは素直に言えなかった。男の名前は鈴村黙(すずむら もく)・二十五歳。意地っ張りの欲張りで甘えん坊の我がままさんだと自覚もしている男だった。見た目はどちらかと言わなくても可愛いほう。茶色の柔らかな髪に筋肉もあまりないような細身の体は、未だにまだ学生かと思われるくらいだ。
街は今日どこか上の空で、キラキラ光出したイルミネーションに心癒されながら歩道を歩く。
言い合いになってしまい家を飛び出してきたはいいが、このままでは非常に帰りにくい。一緒に住み始めて三カ月。クリスマスは結構ビッグイベントだった。だから当初から色々しようと思っていたのだが、お互い仕事に追われて結局何も出来ずに当日を迎えていた。共にこの日に休みを取ると言うのも大変なことで、イブには取れなかったので嬉しかった。だからケーキを買いに行こうと言ったのは黙だった。
『ケーキ、買いに行こうっ』
『ぇ…当日?!』
『予約してなくても買えるケーキあると思うっ!』
『……お前、もしかしてワンホール買おうと思ってる?』
『クリスマスケーキと言えばホールに決まってんじゃんっ!』
『誰が食うんだよ、それ!』
『俺ら以外に誰がいるんだよっ!』
『そんなに食えるかっ!』
『小さいの、あるだろっ!』
『そこまでして食いたくないって』
『……』
『ぁ、それならアイス。アイスケーキ買いに行こうぜ。それならあるんじゃないか?』
『アイス?』
『アイス、アイス』
『この寒いのに?!』
『部屋の中は暖かいだろうがっ』
『溶けるじゃん!』
『アイスだからなっ!』
『俺はイチゴのケーキが食いたいっ!』
『俺はアイスケーキがいいっ!』
『じゃ、個々好きにしようぜっ!』
『そうだなっ!』
「うううっ~!」
街中の音楽が浮かれていればいるほど暗くなる。歩く足取りも重いな……と感じながら行くあてもなくトボトボと歩いた。時間はまだ午前中。本来なら楽しんでいるところだろうが、今全然楽しくない。
「寒っ……!」
考えてみれば勢いで飛び出してしまったので上着さえ満足に着てないのに気がついた。黙は自分で自分の腕を抱くと寒さをしのぐためにカフェを探して入り込んだ。室内は暖かくて、いかに自分が寒さの中にいたかを思い知らされる。ラージサイズでホットコーヒーを頼むと歩道が見えるカウンターに腰掛ける。カップを握り締めて一口飲むとほんわかした気持ちになった。そしてカップの半分ほど飲んだ時にポケットに入れていたスマホがブルッと鳴った。取り出して内容を確認すると黙は画面を見たままどうしようかと考えた。
『どこにいる?』
「うーん…………」
返事をしないまま考えていると、すぐに『迎えに行く』とラインがきた。仕方ないから居場所を教えると、あっと言う間に彼・会田平司(あいだ へいじ)がやってきたのだった。彼は黙よりもひとつ上の二十六歳。ついでに学年もひとつ上だったりする。黙とは違って背が高く、黙が白なら平司は黒と言った感じの印象を持つ男だった。彼とは職場で知り合ったわけではなく、たまたまよく行く食堂で目が合って話をして酒を飲むようになり体も重ねた。最初は遊びのつもりだったのに徐々に本気モードになり、ついに同居までたどり着つた相手だ。黙が我がままな分、相手には迷惑かけてると思ってる。思ってるけど甘えてしまう。今だってそうだと思った。
「ごめん……」
「何で謝るんだよ」
「とにかくごめん。ほらこれ」
渡されたのは、黙のいつも着ているジャケットだった。
「ありがとぅ……」
「俺もコーヒー飲もうかな」
「ぁ、うん……」
ふたりして窓辺のカウンターでコーヒーを飲む。外の寒さが木の枝の揺れで分かる。
「イチゴのケーキ、探しに行くか」
「アイスのケーキは、いいのかよっ」
「ケーキじゃなくてもアイスならいいからいい。お前の言ったケーキは、やっぱり今日食べたほうが有り難みがあると思うしな」
「ふふふっ」
勝ったとは思わなかったが、嬉しいとは思った。だから店から出るとケーキ屋に行ってみるのだが、あいにくクリスマス当日は予約ケーキの引き渡しだけで売り物のケーキは置いてなかったのだった。
「どうする……」
「どうするって言われても……。って! ケーキ自体が買えないじゃん!!」
「コンビニのケーキくらいか?」
「嫌だっ! それじゃあ嫌だっ! たとえあったとしても嫌だっ!」
「じゃあもう一軒回ってみるか」
「うんっ!」
そしてケーキ屋を五軒ほど回ったところでちょっと脱落。昼食も取っていないのに気づいたふたりは近くのファミレスに入ると机に突っ伏したいた。
「こんなに難しいとは思わなかった…………」
「当日ケーキ買いたいとか欲しいとか思うのは駄目なのか?」
「そもそもこんなにケーキがないなんて……」
「もうどこ行けばいいのか分かんないっ!」
「…………」
「…………」
「どうする……。他どこに行けばあると思う?」
「分かってれば行ってる」
「諦めるか?」
「嫌だっ! 絶対ケーキ食べるっ!」
「ここにだってケーキはあると思うぞ?」
「ホールで欲しいんだっ!」
「何で?」
「意味はないっ!」
「……だったら、もうちょっと回ろうな」
「ぅ…うん…………」
肯定されるととたんに素直になる。平司は自分の黙らせ方をよく知っていると思った黙だったが、正直ちょっと心が折れそうだった。
こんなことならちゃんと予約しておけば良かった…………。
食事をしてから六軒目を目指して歩いていると駅前百貨店の前を通った。
「黙。ここ、入らないか?」
「え? 百貨店?」
「そう。ここならあるような気がする」
「…………いいよ」
あるのかないのか分からなかったが、せっかく彼が誘ってくれたので『なくても怒らない』と心に決めて中に入る。一階は化粧品コーナーが幅を利かせていて、食品は地下となっていた。ふたりはエスカレーターで下に降りながら見えてくる階下の様子に目を凝らした。
「ぁ…あれっ……!」
「ん?」
「あれ、そうじゃないか?」
「……そうみたいだな」
壁に沿った店は確かにケーキ屋だった。しかし買えるかどうかはまだ分からないので安心は出来ない。そっちに足を向けながらその店のショーウィンドウを覗くと通常の商品が並べられているようだった。
「買えるかな……」
「ホールはあるのか?」
「どうだろう……」
店の前までくるとショーウィンドウの中を隅から隅まで眺める。
「ぁ…あった!」
「おぉ……」
それは一段目に鎮座していた。ホールの大小のケーキと普通のロールケーキ、それから切り株のロールケーキが並べられてあった。ホールのケーキは大小とも黙が思っていたイチゴのショートケーキのホール判にクリスマスっぽい飾りが乗せられているものと、チョコレートがかけられているものの二種類があった。大きいのよりも、ここは小さいのだろうなと思って平司を振り向くと「どっちでもいいよ」と言われて考える。考えてから黙は大きいほうを買っていた。
「食べれるのか?」
「食べれるんじゃなくて、食べるんだよ」
「クリスマスだから?」
「そうっ!」
「じゃあチキンは買わなくていいのかな?」
「ぁ……」
「それはコンビニでもいいだろ?」
「そっちにこだわりはないんで大丈夫」
「大丈夫で良かったよ」
そして帰り道の途中にあるコンビニに寄るとチキンと『しろくまアイス』を買って帰る。
「ごめん」
「何が?」
「アイス、しろくまじゃん」
「別に俺はこれでもいいんだけど?」
「うーん。でも……」
「それよりさ、クリスマスはあたふたしたけど、年末の年越蕎麦くらいはちゃんとしような」
「ぇ、それって蕎麦粉から作るってこと?!」
「じゃなくて。蕎麦買ってきてちゃんとふたりで作ろうなってこと」
「ぁ、ああそっちね」
「そう。そっち」
「うん。年末は絶対休みだしな」
どこにも行かないで、ふたりでのんびりしようと決めていた。だからイチャイチャし放題なのだと思うと自然に口元が緩む。黙はケーキを手に、平司はチキンとアイスを手に家路に着いたのだった。
〇
「ハッピーメリークリスマスっ!」
「はいはい」
「ローソク、消しまーすっ!」
「どうぞ」
イチゴの乗ったホールのケーキに誕生日のようにローソクを立てて火をつけた黙は、嬉しそうにその火を吹き消した。そして照明を付けに走ると包丁片手にケーキの前に戻る。
「平司さ、小さい頃こんなことやらなかったか?」
「まあ……そんなようなことはやったかな……」
「俺、好きなんだよな、こういうのっ」
ニコニコしながらケーキを切ると皿に移す。
「んっ」
「ああ、ありがとう。それで、か」
「何が?」
「ケーキ。イチゴとかホールとか」
「そうと言えばそうだし、そうじゃないと言えばそうじゃない」
「素直に『そう』って言えよ。怒らないから」
「じゃあ『そう』」
「もしかしてお前ん家、毎度『不〇家のケーキ』だったりして」
「当たりっ! あ、『不〇家』探せば良かったかなっ?」
「この辺ないだろ」
「ないかっ。まあいいや。食べよっ」
「ああ」
〇
食べるものを食べてしまえば後は通常に戻ってしまう。別にお互いに何かプレゼントを用意しているわけでもなく食器を片付けてソファで寝転ぶとなんとなくテレビの画面を見て過ごす。
「今年のクリスマスは何だか大変だったな」
「ごめん」
「攻めてるわけじゃない。ただ……」
「ただ何だよ」
「もっとちゃんとお膳立てしておけば良かったなって思ってる」
「それはお互い様だ。また来年……」
言ってから来年があるんだろうか……と不安がよぎる。それを察したように平司が手を伸ばしてきた。
「ぇ……?」
「今、ちょっと来年なんてあるのかな……とか思ったろ?」
「ぇ……っと…………。ごめん、ちょっと思った」
照れ隠しの笑いをすると引き寄せられて抱き締められてキスをされる。
「んっ……んん…………ん……」
「来年まで持ちますように。今からちゃんと繋ぎ止めておかないとなっ」
「んだよ、それっ……」
「さて、それじゃあそれを実行しますかっ」
「は?」
ガバッと抱き上げられて寝室へと移動する。
「していい?」
「……いいよ。俺、満足させられるかなっ」
「大丈夫。いるだけで満足だから」
「んだよ、それっ……」
クスクスッと笑いながら彼に抱き着く。互いに互いの服を脱がせ合って下半身だけ脱がせると早々に事は始まった。
「んっ…んっ…んっ…………」
舌と舌を絡ませながら互いの髪に指を差し入れる。そして角度を変えながら腰を密着させると脚も絡ませる。モノが擦れ合ってコリコリと音が鳴りそうなくらいお互いに高ぶっていた。
「んんんっ……ん……んんっ……ん…………」
彼の指が黙の尻の割れ目に入り込んでソコを探し始める。だけど潤いがなくて、ただ場所を確かめるだけでそれから先がなかなか進まない。彼の手がベッドサイドの引き出しからチューブのジェルを取り出して黙の秘所に塗りたくりながら指を差し入れてくる。
「んっ…んんんっ……んっ……」
「苦しい?」
「大丈夫…っ……」
だから進めて。と苦しい中、笑って見せると、彼の指はもっと奥へと入り込んでくる。
「うううっ……ぅ…」
「黙の中はいつも熱くて……柔らかい…………。まずは指で慣らして……それから……」
「それから……?」
苦しい中、それでもほほ笑もうと口の端を緩ませてみる。だけどそれは相手にどう見えていたのかは分からない。秘所に指を入れられながら頭を抱えられて「好きだ」と言われる。
「そ……んなのっ…………」
分かってる。
「黙っ……」
「俺だって同じだって……」
ギュッと頭を抱き抱くと切れ切れな息で相手にキスをする。余っているほうの平司の手が指が、脱いでいない上半身の服の中で素肌を滑る。背中や肩甲骨、腰のくびれ辺りをサワサワと触られると体がゾワゾワする。それは嫌な感じじゃなくてイイ感じのゾワゾワだ。
指を何本も入れられてソコを緩くされると自ら入れるかたちを取る。黙は平司に跨がると彼の顔を見ながら挿入を開始した。
「んっ…んんっ…ん…………。ふぅぅっ…………」
ゆっくりと腰を沈めると根元までちゃんと自分の中に彼を埋め込む。両手は彼の体について息を整えてから腰を動かす。
「ぅ…ぅ…ぅぅっ…ぅ……んっ…………」
「いいねっ……」
「そぅ?」
「うん。下から見るのもいいもんだね」
「俺はっ……下からのほうが多いけどな……」
「だな。でも俺はどっちでもいいよ」
「ふふふっ……ぅ……たまにはこんなのもいいよね?」
「ああ。今度また新しい方法考えとくっ……」
「うんっ……」
それから黙は彼の上でひたすら腰を動かした。彼の手が上の服の中や腰や太ももを触り中心のモノをしごいてくる。互いに激しくはなくゆっくりと確かめるような行為になかなか果てない。その揺れに満足すると体位を変えて後ろから激しく突かれて満足しあった。
○
「あのさっ……」
「ん?」
「こういうのってどう思う?」
「こういうのって?」
裸で抱き合って脚を絡ませて肌を密着させる。
「だから、ゆっくり、じっくり、じゃ物足りないんじゃん? やっぱガンガン攻めないと満足しない。満足しないから果てない。だろ?」
「いいんだよ。それは最終的な到達点だ。最初はゆっくりでも全然大丈夫。だろ?」
「…………ぅん」
「納得してない?」
「別にそういうわけじゃない。そういうのって、よく分かんないなって思って」
「いいんじゃん? 果てるまですれば。するんだし、したんだし」
「それは……そうだけど…………」
「こういうのはさ、あんまり深く考えちゃ駄目だと思う。どんどん新しいことやっていけば新鮮。すれば俺たちも新鮮」
「それってずいぶん楽観的ってか、何て言うか…………」
「これで三カ月来たんだ。これから先もたぶんこれで大丈夫。まっ、未来は分からないけどなっ」
「…………とどのつまり、犯ること犯るんなら楽しくしようってこと?」
「そうそう。せっかく知り合ったんだからさっ」
言いながら平司が頬にキスをしてくる。その唇が頬から耳に、耳から首筋、鎖骨に移動して胸へと降りてくる。
「ふふふっ……。そういうとこ、好きだな」
「俺も。お前がちょっと不安がるとこ、好きだな。未来はない、みたいなとこ」
「……未来がない…わけじゃない。未来が見えないんだよ。見えない未来は、俺はちょっと怖いからさ」
「話、ループしてるぞ?」
「なら話させなければいい」
「そうだな。ならもう一回。話せないくらい、しようかっ」
「……いいよっ」
笑いながらそれに答える。黙は、明日はちょっと何か特別なものでも買ってこようか……などと考えていた。
終わり
20181223
タイトル「カタチにならない愛」
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