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プロローグ(龍之介side)
バルコニーにもたれかかり、月を仰いだ。
恋の終わりとはひどく呆気ないものだ。
終わりにしたい……。
疲れた顔の恋人が、数日ぶりの情交の後、強風に煽られたロウソクの炎のように震える声で言った。
生徒会役員棟にある自室にはセキュリティー上、窓もバルコニーもないため、こうして一般棟の恋人の部屋のバルコニーから庭の緑を見渡すのが、いい息抜きになっていたのだが。
仕方ないから昔拾った仔犬の庭に紛れ込むしかなくなった。
受けた恩に忠実な仔犬は、深夜にも関わらずどうぞとドアを開いてくれた。
何がいけなかったのか、そう問うのは遠の昔にやめていた。
理由など知れている。
慣れた仕草でタバコを手に取ると、火をつけないまま無造作に咥え込んだ。
とあるミッションの小道具として必要で始めたタバコだったが、これが案外尾を引いた。
中毒するほど夢中になった覚えはないのだが、ないとどうにも口寂しくていけない。
煙草を吸う様が誰より似合うのに、もったいない……。
歴代の恋人達をはじめ、学園の生徒たちが口をそろえてため息をつくのには参ったし、独特の香りはもとより、紫煙が天に昇っていく様を見るのが好きだった。
だが、命を預け合う仲間から明らかな体力低下を指摘されては、さすがに止めざるをえなかった。
些細なことで容易に命を落とす世界を生きている。
欲しいのはギリギリのスリルだ。
魂がヒリつくほどの断崖絶壁を駆け上がらなければ、満たされない。
表の住人には話せない世界がある。
すべては明かさぬまま、もっと熱くさせてくれと相手の限界を無理やり煽れば、嫌気がさすのも当然だろう。
それでも生徒会副会長というブランドと権力のお陰か、誰もが耳にするだけで濡れるというこの声のせいか、それとも鍛え上げられた長身で筋肉質な身体ゆえなのか。
寄ってくる相手は後を絶たなかった。
それでいて惚れるのは決まって自分にはまるで振り向きそうもない、強く凛と自立した相手ばかりときている。
そんな彼らでさえ、最後には決まっておまえにはついていけないと口にした。
自分では大切にしていたつもりでも、それが相手の望む形と乖離していたのでは意味がない。
無理だと言われた瞬間に冷める自分にも、問題はあるのだろうが、恋に酔い、夢中になれる時間は本当にあっという間だ。
命を燃やし尽くすようにのめり込み、肌を重ね、毎回この男なら……そう思う端から崩れていく。
またかというあきらめと、痛みばかりが澱のように闇の底に降り積もり、温もりを奪っていった。
「……龍ちゃん? いいかげん風邪引くよ」
春先の夜風に震えながらバルコニーに出てきた克己の小さな温もりが、ピタリと背中に寄り添った。
同病愛憐れむ。
コイツもまたひどく壊れている。
壊されたい克己と惚れた相手だけを精神的に追い詰めたい自分の間に恋愛感情が生まれることは、永遠にないと断言できた。
依存度の高さが恋人としては致命的な上、男子ばかりが集う学園で姫などとふざけた呼び名が冠された少女のように愛らしい外見も、好みからは程遠かった。
本気で殴り合っても笑って酒を酌み交わせるような、屈強で骨のある、ちょっとやそっとでは甘えてこないような自立した男がいい。
折れそうもない男を屈服させ、思うがままに貪ることに、たまらない快感を覚えた。
そのくせ征服した果てに寄りかかられると早くも物足りなくなる。
いたずらにプライドをへし折られる側はたまったものではないだろう。
たとえ愛ゆえだとしても理解などされまいと、己を嘲笑った。
ギリギリまで耐えた魂が、もはやこれ以上はと悲鳴を上げる様はそれは鮮やかで美しい。
夏の夜に弾ける花火にも似た感動を残して、永遠の闇に消え去っていく。
そしてまた独りになった。
温もりが乾いた肌に染み渡る。
痛みは噛み殺して生きてきた。
行き場のないやり切れなさに、熱が上がる。
振り返り抱き寄せて、服の隙間から乱暴に肌をたぐれば、
「……またフラれたの?」
やわらかいアルトが仕方ないなぁと苦笑した。
「……慰めろ」
低くささやけば、腕の中の細い身体が震えた。
「その声、反則……っ」
昔からいい声だと言われてはいたが、声変わりして以来、この声に堕ちる者が格段に増えた。
耳にするだけで濡れるだの、悪魔のような美声だのと、好き勝手に祭り上げられ、正直面倒なことも多いが、ベッドでは何よりの武器になる。
濡れた声でささやけば、誰もがたやすく身体を拓いた。
たった1人を失えば、もはやどの身体も同じこと。
熱を吐き出す。
ただそれだけの行為に、意味などあろうはずもなく。
馴染んだ身体を手早く反転させ、バルコニーに押しつけた。
「ぁ……っ」
乱暴に制服の下と下着を引き下ろし、足をかけて完全に剥いでしまう。
狭間に唾液を垂らしただけで、手早く己の下肢をくつろげた。
粘膜が触れる。
狭いそこに己の猛った凶悪なものを、無理やりねじ込んでいく。
本当は意地悪くドロドロに溶かす方が好みだが、相手がそれを望んでいないのなら、仕方がない。
「ふぁ……っ」
克己が甘い声を上げた。
痛みが快感に変わる。
仕込まれ過ぎた身体が憐れで、無為に腰を振る自分が滑稽で、何だかなぁ……とやるせなく、再び彼方の月を仰いだ。
冴え冴えとした月明かりがやさしく夜の闇を包んでいる。
陽の光のもとで咲き誇る可憐な花より、月明かりに濡れて淫らに狂い咲く徒花がいい。
己のすべてを受け入れ、なおも熱く煽るような誰かに、こんな自分でもいつかは出会えるのだろうか?
欲望のたけを細い腰の奥深くに注ぎながら、性懲りもなく繰り返される淡い期待を、嘲笑の中、ひっそりと噛み殺した。
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