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「しゃべらなくても良いから話しかけてもいい~?」  呆れてるか、怒っているか、少なくとも軽くドン引き位はされてるだろうと思っていたら、そんな雰囲気は微塵も感じられないような柔らかい声音で話しかけられた。  しゃべらないのに話しかけて楽しいのだろうか。 「話しかけてもいいよ~、って思ってくれたら頷いてほしいな~」  出来れば話したくない。  でもお箸を拾ってくれたり、電話に出てくれたり、色々と気遣ってくれた恩がある。  おまけにまだお礼すら言えてないのだから、ここで断ったら目どころか僕自身がろくでなしだ。  それでも勢いよく頷く気にはならず、気が向かないままほんっの僅かだけ頷いた。 「あ、頷いてくれた~」  気付かれないかもという淡い期待は消え去り、お弁当を挟んだ隣に座られてしまう。  それでも相変わらず近くも遠くもない距離は保たれていて、不思議とさっきまでの緊張感はなくなっていた。 「じゃあ、さっそく~」  何とも気の抜ける話し方だ。  人の雰囲気に効果音が付いたら、この人のは間違いなく“ほわほわ”で“ふわふわ”、下手したら“ぽやや~ん”だ。  ちなみに瑛士は“キーーーン”とか“シャキーン”みたいな感じ。  時々“ぐだーん”てなるけど。 「そのお弁当、美味しそうだね~。お母さん料理上手なの~?」  ――はい? 「うちはさ~、母さん料理下手なんだよね~」  ふふっ、と笑いながら続けられる場違いな話題。  これってこのタイミングで話すことなんだろうか。  本当に僕が喋らなくても気にならないのか、目の前の人はそのまま話続けている。  母親だけでなく家族そろって料理が下手だとか、食事の大半は出来合いかハウスキーパーさんに頼むんだとか、唯一作れるのはゆで卵だけど殻を剥いたら黄身しか残らないとか。  名前も知らないのに食事事情だけどんどん詳しくなっていく。 「その唐揚げ、絶対手作りでしょ~? 冷食でも出来合いでもこの辺じゃ見たことないし~」  何の目利きだ。  話はさらに続き、冷食の唐揚げはどこのメーカーが美味しいとか、この辺のスーパーとお弁当屋さんの唐揚げ比較にまで発展している。  よくもまぁこれだけ話せるな、と飽きれ半分、感心半分で聞いていると後ろから声が聞こえた。 「柚琉っ!」  屋上の入口からは死角になっているので姿は見えない。  けれど、何年も聞いている良く知った声は間違えようもない。  ――瑛士だ。 「お友達かな~?」  ちょっと見てくるね~、と立ち上がり入口の方へと向かうのを微かに頷いて見送る。  電話をしてから数分しか経っていないことを考えると、走ってきてくれたのかもしれない。 「柚っ、お前大丈夫なのかっ?!」  姿を見せると同時に、盛大に心配される。  目の前にしゃがみ込み、肩を鷲掴みにして前から後ろからとひっくり返す勢いで確認された。 「──怪我はしてないな」  一通り確認し終えたのか最終確認とばかりに尋ねられる。  軽く頷くと、盛大にため息を疲れた。 「はぁ…。 また何かあったのかと思っただろ」 「――ごめん」  あ、声出た。 「――いいよ。 一人で勝手に動いてんじゃねえよ、ったく」  いい、と言いながらも無茶な悪態を吐かれる。  それでも心配してくれたのだと思うと申し訳ない気持ちの方が大きくて文句を言う気にはならない。 「ごめんって」 「生徒指導に目付けられたらお前のせいだからな」  ジロリと睨みながら言われたが、やっぱり走ってきてくれたのか。 「あ~、声出るようになってるね~」  ぽややんが戻ってきた。  良く見ると上履きもネクタイも黄色なので先輩だ。  ぽややん先輩、かな。 「すみません。 電話、ありがとうございました」  僕に代わって、立ち上がった瑛士がお礼を言う。  普段とは違う節度ある態度と口調は、先輩であり僕に親切にしてくれた人への敬意の現れだろう。 「いいよ~。 それじゃあ、俺はもう行くね~」  ヒラヒラと手を振り立ち去ろうとするその人に、今度こそはっきりとした会釈を返す。 「じゃあ、またね。 ゆずくん」  さっきまでとは違うはっきりとした喋り方で、物凄く綺麗に微笑んだぽややん先輩は、あっという間に立ち去っていった。

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